Tori et Lokita(2022 ベルギー、フランス)
監督/脚本:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ
製作:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ、デルフィーヌ・トムソン、ドゥニ・フロイド
撮影:ブノワ・デルボー
編集:マリー=エレーヌ・ドゾ
出演:ジョエリー・ムブンドゥ、パブロ・シルズ、アルバン・ウカイ、ティヒメン・フーファールツ、シャルロット・デ・ブライネ
①感情移入度が高いドラマ
ベルギーのリエージュで暮らす幼い少年トリと十代の少女ロキタ。アフリカからの難民ボートで出会った二人は、ビザを得るため姉弟を装っています。しかしビザは降りず、二人は生活のためドラッグ密売の危険な仕事に関わることに…。
カンヌ映画祭の常連、ベルギーの名匠ダルデンヌ兄弟による、「未成年の難民」のシビアな実情を描くドラマです。
ダルデンヌ兄弟の映画の特徴は、音楽がないこと。
作為的な盛り上げを排し、淡々としたドキュメンタリーのようなタッチで、厳しい現実をスケッチしていきます。
シリアスな社会問題とままならない現実の中で疲弊する人々の姿を、情緒的でないクールな視点で客観的に描いていく。
…という作風なので、観ていてしんどいことが多い作り手なのですが。
本作は主人公が少年と少女なので、感情移入度が非常に高い。
この監督の作品の中でも、とても観やすい映画だと思います。
トリとロキタを演じた二人は、これが演技初経験。
ほぼ「素のまま」の印象で、実に自然に、あるがままのように見せてくれます。
だから、二人が理不尽で危険な状況に巻き込まれていくのが、もう本当に気が気じゃない。
ハラハラしながら見守ってしまう。サスペンスとしても見応えのある、引きつける力のある映画になっていました。
②理不尽な世界で、迷子のような2人
トリとロキタの二人が、本当に魅力的です。
何者でもない難民の子供たちで、作為はなくリアルなのだけど、思わず好きになってしまう魅力に満ちているんですね。
故郷の母親に送金するために…というかそれ以前に、そのために普通に働けるようになるために、必死でトリと姉弟であることを装い、ビザを得ようとするロキタ。
でも、上手く嘘がつけないんですよね。嘘のたびにわかりやすく目が泳いでしまう。
本当に善良な、十代の、まだ何のズルさも持ち合わせていない少女。でも、生きるために汚い仕事をせざるを得ない。
懸命に頑張るロキタは、時々いっぱいいっぱいになって、パニックのようになってしまう。
そんな時に支えになるのが、トリなんですよね。
互いの存在だけが、心安らぐ隙もない厳しい生活の中での、唯一の安らぎになっている。でも、違法難民を排除するために構築された社会のシステムは、それを許してくれない。
ロキタは割と体格良くて、ずんぐり大きいのだけど、でも表情は子供のそれなんですよね。
背丈は大人と変わらなくて、でもメンタルはまだまだ子供で、理不尽な大人の世界に放り込まれて、いかにも居心地悪そうに、所在なくぽつんと佇んでいる。
そんな心細げな迷子のような、ロキタの佇まいがとてもリアルです。
まだまだ子供だけど、もっと幼いトリを守らなくちゃいけないし、故郷のお母さんに送金しなくちゃいけないし、入国を仲介した組織にも金を払わないといけないし。
こんな幼い少女が、なんでそこまで背負い込まなくてはいけないんだ…と思うけれど。
でも結局、難民問題とか、ドラッグ事情とか、社会の上手くいっていない側面がシワ寄せとして向かっていくのは、いちばん弱い人たちに対してなんですよね。
③サスペンスと、甘くない現実
本作には、ドラッグ取引をめぐる犯罪サスペンスとしての側面もあります。
トリとロキタがドラッグ密売の運び屋として、大人たちに利用されていく。
二人は別に不良でもなんでもなくて、本来ならそんな世界に縁なんてないはずなのに。
ただ、まともに働きたいだけなのにね。それが許されない以上、生き延びる手段は違法で危険なものになって行かざるを得ない。
社会のもっとも暗部、危険な領域に、見るからに場違いな二人が巻き込まれていく。
だから、観ていて激しくドキドキ、ハラハラするんですよね。心配でしょうがないからね。
手に汗握る犯罪サスペンス映画としても、本作は一級のものだと思います。目が離せないスリルとサスペンスがあります。
でもそこはエンタメ映画とは違って、本作の辿る運命はシビアなものになっていくのですが。
エンタメ映画なら、ヒーローが現れて、弱い人をこそ救ってくれるんですけどね。
現実には、ヒーローはいない。
弱い人から順番に、犠牲になっていく。
非常に厳しい現実を、まざまざと突きつけられる。本作は甘くない映画です。
やりきれない。しんどい。でも、こういうことは今も刻々と起こっている現実なんだ…ということ。
深く考えさせられる作品です。強烈な余韻が残ります。
音楽はない…と書いたけど、本作のエンドロールには歌があります。
通常の劇伴音楽ではなくて、劇中でトリとロキタが(切実な小遣い稼ぎとして)歌った歌。
これがね。また、胸に迫るんですよね…。
社会的な問題を観るものに突きつける厳しい映画だけど、サスペンス要素であったり、心に響くこの歌のようなところで、とても映画らしい、ドラマチックな作品になっていると思います。
強い映画、でした。地味で目立たない存在ですが、機会があればぜひ。
Discover usという映画マガジンでも「トリとロキタ」について書いています。よかったらどうぞ。