猫は逃げた（2022 日本）
監督：今泉力哉
脚本：城定秀夫、今泉力哉
製作：久保和明
製作総指揮：佐藤現
撮影：平見優子
編集：岡崎正弥
主題歌：LIGHTERS「don't cry」
出演：山本奈衣瑠、毎熊克哉、手島実優、井之脇海、伊藤俊介、中村久美
①ユニークなコラボ企画の後編
映画監督の城定秀夫と今泉力哉がコラボして、R-15+指定のラブストーリーを共作する企画である「L/R15」。
城定秀夫監督／今泉力哉脚本による「愛なのに」に続いて公開されたのが、今泉力哉監督／城定秀夫脚本による「猫は逃げた」です。
「街の上で」「かそけきサンカヨウ」の今泉力哉監督。風通しのいい、心地よい会話劇が持ち味です。
城定秀夫監督はピンク映画で多くの作品を発表しているわけですが、本作ではむしろ今泉監督らしい会話劇が前に出ているように思います。
この企画のミソはR-15+措定であること。
なので、かなり露骨なヌードやセックスシーンがある…のは「愛なのに」と同様なのですが、比べてみるとこちらの方が「やや控えめ」な印象でした。
「愛なのに」はセックスがそのまま作品のテーマに直結していて、そのシーンがないと作品が成り立たない…というものだったのですが、本作に関しては必ずしもセックスシーンがなくても、成立してたんじゃないかと思います。
ピンク映画得意な城定監督の脚本の方が「一般映画的」で、今泉監督の脚本の方が「ロマンポルノ的」というのも、面白いですね。
②愛すべきだらしない大人たち
レディコミ漫画家の亜子(山本奈衣瑠)と雑誌記者の広重(毎熊克哉)は離婚しようとしていましたが、猫のカンタをどちらが引き取るかでもめて、離婚に踏み切れずにいました。広重の浮気相手であるカメラマンの真実子(手島実優)は、早く2人を別れさせるため、カンタを誘拐します。編集者の松山(井之脇海)は亜子との密会現場を真実子に撮られ、カンタの世話を手伝うことになります…。
登場するのは1組の夫婦と、そのそれぞれの浮気相手との2組のカップル。
夫婦それぞれが浮気していて、もうお互いに承知している…という修羅場みたいな状況。
亜子と広重はまだ離婚してなくて、真実子と松山も承知の上だから、これはだらしのない不倫関係ではあります。
ですが、既に離婚することは決まっているので、互いにサバサバしている。
愛憎渦巻くドロドロした人間関係は、ここにはないんですね。いつもの今泉映画のような、カラッとした風通しのいい関係になっています。
だから、非常に見やすい。
考えてみれば、そもそもは広重の亜子への裏切りから始まったわけだし、それに当てつけのように自分も浮気する亜子もどうかと思うし。
相手が結婚していると分かっていて、あくまでも略奪しようとする真実子もひどいし、松山は亜子の誘惑に簡単に流されちゃうし。
クズ…とまでは言わないけれど。みんなダメな大人ですね。
ダメなんだけど、そのダメさが嫌味なく、言い訳なく描かれているんですよね。
愛すべき人たちとして、共感できるように描かれている。そこはやっぱり、上手いなあ…と思いました。
③4人のキャストの魅力
「愛なのに」と同様、役者さんたちはみんな魅力的でした。
亜子の山本奈衣瑠はモデル出身で、映画はこれが初主演。
レディコミ漫画家という佇まいがなんかしっくりくる。いるよねこんな人…と思えるようなリアリティを身にまとっていました。
カラオケで「あなたに会えてよかった」を歌うシーン、良かったですね。
広重の毎熊克哉は「愛なのに」にもちらっと出てました。
いろんな映画で見かけた気がするけど、メインキャストで見るのは僕は初めてでした。
優しげでいい人の佇まいだけど、やってることは実のところクズ…というこの感じ、でも憎めない、悪人ではない…という視点があるかないかで、大違いになる。
この映画にしても「愛なのに」にしても、あるいは「アネット」とか観ても、決して両成敗にはならない「男のクズ性」みたいなものをどう捉えるかは今の時代結構難しくて、本作は上手いことそれを扱ってると感じました。
真実子の手島美憂も、健気でいじらしく見えるけど、でもやってることは不倫で略奪愛…という。
嫌われてもおかしくない役どころだと思いますが。嫌いにならないのは、あちこちでとぼけた動きを見せてくれるから…でしょうか。
彼女がいちばん、コメディ的な動きをしているんですよね。かき回して、自爆する…という。
松山くんの井之脇海は「ミュジコフィリア」がありましたね。今回は多少煩悩の深い役だけど、やっぱり爽やかに見える。
ハーブティーが得意だったり、妙に女子力が高いのもリアルだったりします。
④細かなエピソード、過程の面白さ
全体を通して、大きなことは起こらない。上に書いた4人の人間関係がほぼ全部で、なおかつそれが展開して変化いく…わけでもない。
最初から最後まで、それぞれの立場は変わらないんですよね、実は。
亜子と広重は実は最初っから別れたくないし。
真実子も、内心そのことは分かってしまってる。だからこそ、彼女は猫泥棒なんて手段に走ってしまうわけで。
松山くんは…分からないけど。
本作で描かれるのは、ただみんなが最初から変わらない気持ちを確かめるだけの過程。
その過程の描き方が、本当に上手いと思います。小さなエピソードの選び方が、どれも絶妙で。
漬け物とか、カレーとか。
キャットフードとか、猫アレルギーとか。
グミとか。タバコとか。
4人が揃って、気まずさの極地のような１カット長回しが展開するのが本作のクライマックスになります。緊張感と、それと裏腹のおかしさが見事です。
揃って会話をするだけのシーンが見事にクライマックスになるのも、そこまでの過程の描き込みが確かだからですね。
⑤そして猫と…
で、あとは猫ですね。猫がベストアクト。
すごく細かい演技してます。
日本にもパルムドッグみたいに、ベストドッグ賞とかベストキャット賞とかあってもいいと思うけどな。
あとキャストでは、オズワルドの伊藤俊介が出てます。なかなか面白い役どころです。
お笑いからの枠では、最近では「ちょっと思い出しただけ」のニューヨーク屋敷裕政という極めて秀逸な例がありました。
あ、関係ないけど。レビューの時書き忘れたので、ついでに触れました！
同じく「L/R15」の姉妹作。こっちの方がエロ多め。
今泉力哉監督の前作。
緊張とおかしさの会話の妙が味わえる傑作青春映画。
