ルパン三世 カリオストロの城(1979 日本)

監督:宮崎駿

脚本:宮崎駿、山崎晴哉

原作:モンキー・パンチ

製作:藤岡豊

プロデューサー:片山哲生

作画監督:大塚康生

音楽:大野雄二

出演:山田康雄、小林清志、井上真樹夫、増山江威子、納谷悟朗、島本須美、石田太郎

 

①同時上映「ルパンは今も燃えているか?」

「ルパン三世アニメ化50周年記念」とのことで、「カリオストロの城」が4Kで上映されています。

第1シリーズ放映が1971年…「ゴジラ対ヘドラ」も50周年でしたね。

第6シリーズがもうすぐ放送で、そこへ向けてのイベントでもあります。

 

宮崎駿監督作品の中でも、ジブリ作品でないために、割と上映機会の多い作品です。

2017年にはMX4Dでの上映もされてます。宮崎駿作品で唯一4D版が存在する映画ですね。

4D版も面白かったですよ。塔から塔へピョーンと飛ぶところで椅子が連動して動くのがクライマックス、って感じの控えめな4Dでしたが。

「ナウシカ」4Dとか「ラピュタ」4Dとか観たいなあ…。

 

今回は4K版、7.1chという仕様で上映です。

同時上映として、「ルパンは今も燃えているか?」という短編がついています。

これは2018年のOVAで、「ルパン三世PART5」のブルーレイの限定特典として収録されていたものだそうです。

原作者のモンキー・パンチ自らが総監督。第1シリーズ第1話の「ルパンは燃えているか?」をベースに、第1話登場のミスターXや第13話登場の摩毛狂介が再登場して、ルパンたちに復讐しようとする…という話です。

ルパンがタイムマシンで過去に送られて、第1シリーズや第2シリーズの名場面に立ち会っていく、楽しい展開になっています。

ある程度ルパンの初期テレビシリーズを観てる…そして覚えてる…方がより楽しめる短編だと思います。

 

「ルパン三世」第1シリーズはモンキー・パンチの原作通り、ハードボイルドな雰囲気とお色気描写が持ち味の大人向けアニメとして始まりました。

しかし視聴率が振るわず、途中から宮崎駿と高畑勲が呼ばれて、よりコミカルで子供受けもする路線へ、テコ入れが行われたのは有名な話です。

 

本作では、峰不二子にお色気拷問をする第1話のミスターXと、SF的なタイムマシンを使う第13話の摩毛狂介が共演していて、原作&初期路線と、宮崎高畑の娯楽路線があえて融合されたような構成になっています。

「カリ城」の人気だけにとどまらず、多様な路線が今も受け入れられ、生き続けているのが、「ルパン三世」がいまだに新作として作られ続ける理由なのかもしれません。

 

②アニメならではの表現の追求

「カリオストロの城」の面白さは、今さら語るまでもない…って感じですね。

これも、絶対に面白いことが確約された映画。

もう何回観てるか分からないくらい観ていて、セリフも何もかも覚え切ってる映画ですが。それでも、何回観てもやっぱり面白い。

 

宮崎駿監督作品としては、本人も言ってる通り、これまでの東映動画での仕事の集大成…という印象があります。

特に「どうぶつ宝島」のような、「まんが映画」の破天荒な面白さ。「アニメーションにしか出来ない表現」の徹底的な追及。

勢いさえあれば車が垂直な崖を登り、思いっきり助走すれば何十メートルもの距離も一息に飛び越え、空中で平泳ぎすれば先に落ちた相手に追いつく。そんな、アニメーションならではの表現の圧倒的な面白さと説得力。

 

「未来少年コナン」での、無茶な壁登りとか、無茶な距離の落下とか、無茶な飛行機の使い方とか。

シチュエーションはまんが的だけど、描写される細部や動きや重力の表現がとことんリアルで真に迫っているので、本当に実感を持って感じられる。

宮崎駿の真骨頂である表現ですね。「ナウシカ」以降はよりリアルな表現になっていくので、まんが的に誇張された破天荒な面白さは「カリ城」が最後であるとも言えます。

 

③ルブラン「カリオストロ伯爵夫人」

「カリ城」上映時はテレビの「ルパン三世」は第2シリーズがヒットしていて、みんな赤ジャケルパンに親しんでる時だけど、一切忖度せずに第1シリーズの緑ジャケルパンを描くのが宮崎駿らしいですね。

(その意地悪さは「さらば愛しきルパンよ」で更に発揮されるのだけど)

それでいて、第1シリーズ初期のハードボイルド・ルパンにもまったく興味は向けていない。

アウトローでなく義賊としてのルパン、騎士道精神でお姫様を助け、古城の伝説の秘宝に挑むルパン。

これはモンキー・パンチのルパン三世でもなく、そのもう一つ前のオリジナル。つまりモーリス・ルブランのアルセーヌ・ルパンへの接近ですね。

 

本作の登場人物の名前は、ルブランのルパンもの中期の作品「カリオストロ伯爵夫人」(1924)から取られています。

「カリオストロ伯爵夫人」はルパン若き日の最初の冒険という設定。まだ名をなしていない20歳のルパンことラウールが、女盗賊カリオストロ伯爵夫人と愛しあったり、敵対したりしながらお宝の争奪戦を繰り広げる物語です。

 

映画のカリオストロ伯爵はカリオストロ伯爵夫人から、クラリスはラウールの若い恋人であるクラリスから、名前が取られています。

まあ、基本的には名前が引用されているだけではありますが。宮崎駿は普通に少年時代にルブランのルパンものに親しんでいるはずで、いろいろと引用っぽいところは散りばめられています。

 

ルブランの小説に出てくるのはカリオストロ伯爵夫人ことジョゼフィーヌ・バルサモだけで、カリオストロ伯爵は登場しません。

映画の元ネタがルブランの小説ですが、小説には更に元ネタがあって、カリオストロ伯爵は18世紀のフランスに実在した山師です。魔術師を自称する伯爵は各地で貴族に取り入り、多くの詐欺行為を働きました。

カリオストロ伯爵の名前は半ば都市伝説的な存在として有名で、ルブランがルパンを創造する時にヒントにしたのが、他ならぬこのカリオストロ伯爵だとも言われます。

ジョゼフィーヌはその名声を利用してカリオストロの娘を自称し、数百年変わらぬ美貌で生きている…という怪異を演出しています。

 

有名な伝説上の人物の子孫を自称して、自らの悪名を高めるキャラ…。

これはまさしくアルセーヌ・ルパンの孫を自称するルパン三世、あるいは十三代目石川五ヱ門の元ネタですね。

 

「カリオストロ伯爵夫人」のヒロイン、クラリス・デディーグは18歳の清楚な美少女で、悪女であるジョゼフィーヌと対照的に描かれます。

また、それでいてただか弱いだけでなく、あえて危険な場所に戻ってきてルパンを助けたり、その際に敵も助けることを主張するような、意思の強いところも見せます。

その辺り、確かに映画のクラリスのイメージと共通するところがあります。

 

映画では最後、「泥棒も覚えます!」とすがるクラリスにルパンが「やっとお日様の下に出られたんじゃないか」と(泣く泣く)突き放す、という名シーンがありますが。

本ではジョゼフィーヌが若いルパンに別れを告げて、「私なんかに関わっていてはろくなことにならない」と諭すシーンがあります。

ルパンは言うことを聞かず、ジョゼフィーヌと共に行動して、「泥棒のやり方を覚える」ことになります。ここもちょっと似たところがありますね。

④江戸川乱歩「幽霊塔」

2015年、三鷹の森ジブリ美術館で企画展「幽霊塔へようこそ展 通俗文化の王道」が開催され、宮崎駿が展示用の漫画を書き下ろしています。

この漫画を口絵として収録した単行本「幽霊塔」も出ています。

その帯には次のような宮崎駿の言葉が掲載されています。

「今から60年前、僕は「幽霊塔」に出会った。ものすごく面白かった。怖くて、美しかった。歯車やロマンスにあこがれ、それが種となり、僕は「ルパン三世カリオストロの城」を作った。」

 

「幽霊塔」は江戸川乱歩が1937年(昭和12年)に発表した小説です。

大正時代、九州の片田舎に建てられた、時計塔を持つ洋館。惨殺された老婆の幽霊が出ると噂されるそこは、幽霊塔と呼ばれていました。その家を相続した若く勇敢な青年が、謎の美女と出会い、恐ろしい陰謀に巻き込まれていく…という筋立てです。

 

「カリ城」に受け継がれるのは、秘密の仕掛けが隠された時計塔の部分。

時計塔の機械室には歯車を利用した仕掛けが隠されていて、暗号を解くことで秘密の通路の扉が開き、地下に広がる巨大迷宮へとつながることになります。そしてその闇の奥には、財宝が隠されています。

 

「幽霊塔」と「カリ城」は時計塔の設定を除けば、ストーリー的にはあまり似てはいないのですが、やはりそのファーストインパクト、「ものすごく面白かった」「怖くて、美しかった」という印象が、確かに繋がっているのだと思います。

 

ところで、「幽霊塔」は乱歩のオリジナルではなく、黒岩涙香が1899年(明治32年)に発表した小説の「翻案」です。

さらに、黒岩涙香のもまた、海外小説の「翻案」です。当時は著作権なんて概念はなくて、著者に断りもなく勝手に訳して日本風に書き換えて出すことが普通に行われていたんですね。

オリジナルの海外小説は長らく謎でしたが(涙香が書いた原書名は存在しないものだった)、長年の研究の成果で、アメリカの女流作家アリス・マニエル・ウィリアムソン「灰色の女」(1898)が原作だったと判明しています。

宮崎駿は後になって「灰色の女」を読んで、「自分が知らずに原作の方へ戻ろうとしていたと知った」と語っています。「カリ城」はむしろ「灰色の女」に近いのかもしれませんが、こちらは僕は未読です。

 

ところで江戸川乱歩といえば、アルセーヌ・ルパンが登場する小説も書いてます。フランスから来たルパンが明智小五郎と戦う「黄金仮面」(1930)です。

もちろんこれも、上記「翻案」と同じで著者には無断ですね。

この小説の発表当時、ルブランはまだ現役ですから、勝手に他人の小説のキャラクターを使っちゃうのは、今でなら許されない話ですが。

でも当のルブランにしても、他人のキャラクターを勝手に登場させた「ルパン対ホームズ」を書いたりしてますから、もう同じようなものですね。

(さすがにルブランはコナン・ドイルの抗議を受けて、別名に変更していますが。日本で出てる「ルパン対ホームズ」は伝統的にそのままの名前になってます。)

 

ちなみに、「黄金仮面」には不二子というキャラクターが出てきます。不二子は富豪の令嬢なのですが、黄金仮面ことルパンに恋をして、その悪事の助手になってしまいます。いろいろと「繋がっている」印象です。

⑤ルブラン「緑の目の令嬢」

ルブランのルパンもので、「カリオストロ伯爵夫人」の次の作品「緑の目の令嬢」(1926)は、「カリオストロの城」終盤の展開の元ネタとされています。

ラウールことルパンは、街で緑の目の令嬢オーレリーと出会い、その窮地を救います。しかし、オーレリーは殺人の嫌疑をかけられ、悪党と警察の両方から追われることになってしまいます…。

 

物語の最後に明かされる、オーレリーが相続した財宝は、湖の底に眠っていた古代ローマの遺跡でした。

洞窟に閉じ込められ、流れ込む水によって大ピンチになったルパンとオーレリーが、そのピンチをなんとか切り抜けた翌朝に、水が引いてその姿を現した遺跡を見るシーンは、文章だけでも非常に印象的です。

「カリオストロの城」ラストでは、この鮮烈なシーンを見事に映像化しています。

ルブランのルパンもののエッセンスに「幽霊塔」や「緑の目の令嬢」の読書で得た強いイメージをプラスして、宮崎駿が「カリオストロの城」を構築していったことが伺えます。

 

ちなみに、「緑の目の令嬢」にはジョドというキャラクターが出てきます。オーレリーをつけ狙う凶暴な悪党です。

これは、カリオストロ伯爵の腹心のジョドーの名前のもと…かもしれません。

 

 

 

 

ルブランのルパンものは、偕成社のこのシリーズがオススメです。児童書コーナーにありますが、完訳で全作品を網羅しているのは、このシリーズが唯一です。児童書だけど高学年向きなので大人も読みやすいし、ハードカバーでも値段も控えめです。

 

宮崎駿の口絵付きの幽霊塔。

 

幻だった「幽霊塔」の原作。

 

ルパン登場の乱歩作品。不二子も登場。

 

 

カリオストロの名前を冠した作品は実はもう一つあります。ルパン最後の冒険が意図されたルブラン晩期の作品です。