子供はわかってあげない(2021 日本)

監督:沖田修一

脚本:ふじきみつ彦、沖田修一

原作:田島列島

製作:筒井竜平、吉田憲一、佐藤美由紀、久保田傑

撮影:芦澤明子(J.S.C.)

編集:佐藤崇

音楽:牛尾憲輔

出演:上白石萌歌、細田佳央太、千葉雄大、古舘寛治、斉藤由貴、豊川悦司、高橋源一郎、湯川ひな、坂口辰平、兵藤公美、品川徹、きたろう

 

①映画館で体験できる素敵な夏休み

アニメ「魔法左官少女バッファローKOTEKO」に夢中な水泳部員の女子高生・美波(上白石萌歌)は、学校の屋上でKOTEKOの絵を描いていた門司くん(細田佳央太)と出会い、アニメの話題で盛り上がります。KOTEKOを見るために門司くんの家を訪ねた美波は、書道家である門司くんの父が書いたお札に気づきます。それは、幼い頃に母と別れて去っていった実の父が送ってきたものでした。探偵であるという門司くんの兄・明大(千葉雄大)に父探しを依頼した美波は、水泳部の合宿を利用して、新興宗教の教祖だったという父・友充(豊川悦司)に会いに行く決心をします…。

 

「南極料理人」「モリのいる場所」「おらおらでひとりいぐも」沖田修一監督作品。

漫画が原作。女子高生を主人公にした、爽やかな青春恋愛ドラマです。

 

これは、とても面白かった! 非常に気持ちいい、軽快な青春映画ですね。

沖田修一監督の持ち味である、柔らかな笑いが全編に散りばめられていて。

監督の作品中ではもっとも若い世代を描いた映画になると思いますが、高校生たちの描写も生き生きとして、躍動感に満ちていました。

 

タイトルだけ見ると、大人の世界の欺瞞を子供の視点から告発する…というような社会的なニュアンスも感じてしまうんですが。

そういうシリアスさは薄いです。ダメな大人は出てくるけれど、誰一人ズルくはなくて、みんな優しい。

性善説の、優しい世界の物語です。

 

だからもう、観ていて本当に気持ちがいい。最初から最後まで、心地よい時間が続きます。

本当に、夏休みのような。

映画館で2時間で体験できる、夏休みのような映画です。

 

②思春期を表現する長回し

冒頭、意外なアニメのプロローグからの、美波が父、母、弟と暮らすお茶の間を捉えた長回し

ここがまず、素敵でしたね。思わず心をぐいっと掴まれる導入です。

「ワイワイと賑やかで明るい家族」って意外と描写が難しくて、わざとらしくなったり、陳腐になったりするものだけど。

お姉ちゃんの好きなアニメを軸にして、置きっ放しに見える固定カメラの長回しで、家族のいつもの1シーンをたまたま切り取った感じに見せている。

 

高校のプールから、運動部で混み合ってる廊下を抜けて、屋上へ駆け上がっていく美波を延々と追っかけていく長回し

そこでの、心の焦りとシンクロしたスピード感。後のことは考えず、とりあえず体が動いちゃう衝動。

門司くんと二人で「KOTEKO」のマニアックな話をしながら、同じ道筋を歩いて降りてくる長回し

そこでは、ずっと会話を続けていたい…という思いと、でも歩く足は遅くならない思春期ならではの照れ。

 

序盤は特に長回しが多用されていて、それが子供たちの弾けるエネルギーだったり、モゴモゴした思いだったり、の表現になっています。

なんか、全力疾走したい思いと、停滞してしまう体。浮き立つ思いと、すれ違う体。そんな微妙に空回りする様子が、高校生という独特の年代を見事に表しているんですよね。

③走る、泳ぐ、躍動する子供たち

美波を演じた上白石萌歌さんが、本当に魅力的でした。

夏を背景に、歩く。走る。泳ぐ。

この人はいろんな作品で見るたびに泳いでる気がしますが(それもいろんな種目で)、今回の背泳ぎも見事でしたね。

アニメが好きで、スポーティーで、元気だけど内向きでもあって。ステレオタイプにならない、奥行きある少女の姿を描き出していました。

 

彼女はまだ淡い恋心未満の状態で、ショートカットで、皮が剥けるまで日焼けしていて、ほぼ少年のようではあります。

彼女が少年のように描写されているからこそ、本作は一切ウェットにならないし、だからこそ観やすい…というところは、あります。

実質、本作はジュブナイルではあるんですよね。タイトルにも「子供」と冠しているわけだから、正しいんだけど。

 

高校生くらいの年齢って、大人びてしまうことも可能だし、捉え方によっていろんな描き方ができる年齢だと思いますが。

本作では、あくまでもまだ大人ではなく、半分大人…というわけでもなく、子供である存在として、高校生たちを描いていきます。門司くんや他の子たちも同様で、それはそれで、リアルです。

 

子供だから、何でも吸収する。経験したことを通して、着実に成長し、前に進んでいく。

ラストでは、美波は「親子関係」と「恋」の2つの面で、人間関係を次のステップへと進めることになります。

 

ここでも、てらいのないストレートな表現が選ばれていて。

本当に真っ正面から、まっすぐぶつかって行くんですよね。最後までまったく、気持ちがいいのです。

④いろいろ抱えていても、デリカシーある大人たち

生き生きと夏を走り回る子供たちの一方で、大人たちがあちこちに配置されてるわけですが。

「OK牧場」が口癖のお母さん(斉藤由貴)。アニメ大好きな今のお父さん(古舘寛治)。そして教祖からリタイアして海辺でのほほんと暮らす実のお父さん(豊川悦司)

みんな素晴らしいですね。達者な演者たちによって、みんな本当に魅力的な人たちになっています。

 

新興宗教の教祖で、人の心を読む超能力があって、でも教祖をリタイアして逃げていて…というある種マンガっぽい、現実味のない人物なんだけど。

そんな人物なのに、いかにも本当にいそうなふうに見えちゃうんですよね。豊川悦司、さすがです。

しかも、すぐに好きになってしまう。こんな怪しい人物なのに。

 

最初にも書いたけど、本作には悪意ある人物が出てこない

原作には、出てくるんですよね。いじめっ子とか、教団内部で金を持ち逃げした人とか、人の悪意が一応出てくる。

映画にするにあたって、焦点を絞るときに、そういった悪意の部分が意図的に省かれています。

 

それでも、本作の世界は決して嘘っぱちには見えない。ちゃんとリアリティある世界に見えます。

思うに、それぞれの人の悩みや葛藤が、しっかりと内面として描き込まれているからだと思うんですよね。

みんなそれぞれに内に秘めた思いがあって、今に到るまでにはいろいろとあっただろうと思わせる。でも、そんなことはそれこそ子供はわかってあげる必要もないわけで。

 

悩みや葛藤を抱えながらも、それを他人に迷惑をかけるような形で表に出さない、特に子供にそういうことをぶつけたりしない、そういうデリカシーを持った人々を描いている。

だから登場人物みんなにリアリティがあった上で、みんなを好きになるのです。ここが、沖田修一監督の映画のいいところですね。

⑤そして、夏の映画

そして、本作は夏の映画。全編に渡って夏が舞台になっていて、プール、海、蝉の声、風鈴、縁側、そして日焼け…という、夏休みの魅力に満ち満ちています。

夏の映画が、大好きなのでね。夏の魅力が映画の画面にしっかり映し込まれているというだけで、本当に嬉しくなるところがありました。

 

夏は青春映画に似合う季節。夏を背景にした映画は多いのだけど、本当に夏を画面の中に再現している映画って、あまり多くないと感じるのです。

 

撮影の事情もあるだろうと思うのだけど。海のシーンであっても、何だか曇天で荒波が打ち寄せていたりね。

これ本当は夏じゃないなあ…と思ってしまったり。

たぶん本当に夏に撮っていても、理想の天候に恵まれないことも多いだろうから。(今年の夏なんて本当、ロケハン泣かせですね!)

結果的に画面から「夏」を感じさせるためには、手間を厭わない苦労と我慢が必要で、本作はそういう丁寧な作り込みの上に成り立っているのだと思います。

 

的確な季節感は、僕たちの中の的確な感情を高ぶらせることができます。そこ、日本映画ならではの武器ですね。

夏休み明けのプール。ブラシで掃除していたら、トンボが飛んでるんですよね…。

こういう細かい季節感が、グッと来るのです。

 

今年は、あんまり夏を満喫できなかった…という人が多いと思うので。

映画館で、夏を取り戻してみてはいかがでしょう。