Mandy(2018 ベルギー)
監督:パノス・コスマトス
脚本:パノス・コスマトス、アーロン・スチュワート=アン
原案:パノス・コスマトス
製作:エイドリアン・ポリトウスキー、マルタン・メッツ、ネイト・ボロティン、ダニエル・ノア、ジョシュ・C・ウォーラー、イライジャ・ウッド
撮影:ベンジャミン・ローブ
編集:ブレット・W・バックマン
音楽:ヨハン・ヨハンソン
出演:ニコラス・ケイジ、アンドレア・ライズボロー、ライナス・ローチ、ネッド・デネヒー、オルウェン・フエレ、リチャード・ブレイク、ビル・デューク
①ストーリーなんてどーでもいい!
僕はこのレビューでは、映画をストーリーを中心に評価していることが多くって。
ストーリーが破綻している映画はダメな映画…というスタンスで書いてることが多いんですが。
時々、ストーリーなんてどーでもいい映画というモノが存在します。
本作のストーリーは超シンプル。
レッド(ニコラス・ケイジ)がカルト宗教の連中に奥さんマンディ(アンドレア・ライズボロー)を惨殺され、怒りに燃えて復讐する話。
それだけ。本当にそれだけです。
でも、本作にとってはストーリーなんてどーでもいい!
本作の見どころは、その異様で不思議な世界観。
自らカルト映画に突っ込んでいくような、サイケデリックな語り口。
ジャンル映画のあるあるを煮詰めて取り出したような、ほとんど伝統芸のような域に達している様式美。
ところどころで、隠し切れずに噴出する「これカッコいいだろう!」と言いたげな中二病。
そして、ともすれば浮つきそうになるそれらの要素に、説得力ある肉体言語をくっつける、ニコラス・ケイジの重々しい血と肉。
それらの要素が闇鍋の中でジャイアンシチュー的な融合を果たして、本作はスゲエ面白い映画になってると僕は思いますよ。好きな映画なのです。
人によっては、何じゃこりゃだろうけど。
②キング・クリムゾン的宇宙
キング・クリムゾンの「スターレス」で始まる本作。主人公の名前は「レッド」です。
70年代キング・クリムゾンの雰囲気の、コズミックでヘビーメタリックなムードが、そのまま映画の空気感になっています。
舞台は1983年のシャドウ・マウンテン。クリスタル・レイクの湖畔…ということになってます。ネーミングがいちいちカッコ良かったりオマージュだったりしますが。
でも、空には赤い雲が渦巻いていたり、星空が現実離れしていたり。
まるで地球でないような、どこか遠い異星の出来事を見ているようにも思わせる風景描写になっています。
森の奥にガラス張りの水槽みたいな家があって、レッドとマンディはそんなポツンと一軒家で二人きりで暮らしています。
マンディはシュールレアリスティックな絵を描く画家で、レッドは林業に派遣される労働者。
…らしい。背景や過去がほとんど描写されないので、見た目通りのことしか分からないのですが。
マンディはゴスなムードのアーティストっぽい美人。時々、シュールな夢を見たりもする。
詩的な日常描写が、ゆっくり、ゆったりと続いていきます。冗長と思えるほどのスローなリズムも、本作の特徴の一つですね。
カルト教団の登場を待たずして、冒頭の日常描写から、独特のシュールなムードに包まれています。
醸し出されるのは、宇宙的な虚無感。まさにスターレス。プログレッシブロックの映画版、というムードです。
③新しい夜明けの子供たち
そしていよいよ、ジェレマイアに率いられるカルト教団「チルドレン・オブ・ザ・ニュー・ドーン」が登場。教祖が偶然見かけて見染めたマンディを攫うため、二人の家を襲撃します。
少人数のヒッピー・コミューンであり、ジェレマイアが歌手を目指してレコードも出したけど売れなかった…と言った辺りは、モロにチャールズ・マンソンですね。
襲撃の助っ人として彼らが呼ぶのが、森に潜む謎のバイカー集団、ブラック・スカルズ。
オカリナの音で呼び出され、LSDによって不気味な異形にミュータント化しているような彼らのイメージソースは、「ヘル・レイザー」でしょうか。
一気にSFホラーなイメージを帯びるんですが、彼らにしても特に背景の説明はなし。あくまでもビジュアルイメージありき!って感じです。
ポツンと一軒家に二人で住んでる夫婦を襲うのに、なんでこんなモンスター軍団を雇う必要があるのか…と思いますが(実際、彼らは家に侵入することしかしてない気がしますが)、そういう細かいことも言いっこなし。
ここからの緊張感ある「カルトによる残虐行為」描写は、やはり強力に惹きつけられます。
ドラッグに浮かされた状態で進行する、取り返しのつかない事態。サイケデリックとホラー的残酷の共存。
④そして、ニコラス・ケイジという説得力
奥さんを生きたまま焼き殺されて、怒りと悲しみのあまりレッドゾーンを突破するレッド。
非常にシリアスな、映画の転換点となるシーンなんだけど、そこで画面に映ってるニコラス・ケイジは虎の顔がデカデカとプリントされたダサいトレーナーにブリーフ一丁。それと靴下。
腹がぽってり出ていて、不摂生な元ハリウッドスターのだらしないガタイでしかない…のだけれど。
このニコラス・ケイジの肉体が、ファンタジーの領域をふわふわ浮遊する本作を、地上に繋ぎ止めているんですね。
ここでようやく「マンディ」のタイトルが出て、本作は本題であるジャンル映画的復讐譚に突入していきます。
ここから、世界観はどんどんファンタジックな方向へ。レッドはボウガンを装備し、自らカッコいいオリジナルの剣を鋳造し、まるで人類滅亡後のような誰もいない荒野を旅して、何の手掛かりもないはずのターゲットへ向けて、一直線に突き進んでいきます。
ここで描かれるのは、面倒な手順もリアリティもすっ飛ばした、復讐アクションのカタルシスのエッセンス。
レッドは返り血を浴びて早々に名前通りの赤鬼となり、新たなキャラクターに生まれ変わります。
人間狩りのスリル、チェーンソーによるチャンバラ・バトル、そして復讐の達成へ。終盤は完全なファンタジーへと突き抜けていきます。
⑤溢れ出す「好きなもの」への偏愛
ストーリー上の破綻を言い出せば、きりがない作品だとは思うのです。
何であんな情けない教祖にみんな心酔してるのか…とか。
「ブラック・スカルズ」いる意味あったかな?…とか。
なんでレッドを殺さなかったの?…とか。
あのトラはなんやねん…とか。
あの剣はなんやねん…とか。
でも、そんなのどーでもいい!っていう豪快な映画ですね。いや、だって楽しいからね。
いろいろとアートっぽい部分が魅力的ではあるんだけど、それ以上に本作で魅力的なのは、もうガンガン染み出してくる作り手の中二病的「こんなんが好きなんだ!」という熱意であって。
ただ復讐アクションものジャンル映画という枠も飛び越えて、SFとかホラーとかドラッグカルチャーとかロックとかメタルとかトラとか、あらゆるジャンルの「好きなもの」への偏愛が惜しみなくぶち込まれて煮えたぎっている。
それで、普通ならお腹いっぱいでしんどくなっちゃうところですけどね。ニコラス・ケイジがそれらすべてをまとめてしまう!
いやあ…オモロイ映画です。夜中に偶然テレビでやってるのに出会って、そのまま最後まで見てしまう…というような見方がオススメです。
「スターレス」収録のキング・クリムゾン名盤