Mank(2020 アメリカ)
監督:デヴィッド・フィンチャー
脚本:ジャック・フィンチャー
製作:セアン・チャフィン、デヴィッド・フィンチャー、エリック・ロス、ダグラス・アーバンスキー
撮影:エリック・メッサーシュミット
編集:カーク・バクスター
音楽:トレント・レズナー、アッティカス・ロス
出演:ゲイリー・オールドマン、アマンダ・サイフレッド、リリー・コリンズ、アーリス・ハワード、トム・ペルフリー、チャールズ・ダンス
①ハリウッドを描くNetflix映画
久しぶりのアメリカ映画! なんか、すっかりハリウッドの新作に飢えてる自分がいますね。
「ゴーン・ガール」以外6年ぶりとなる、デヴィッド・フィンチャーの新作。
1930年代のハリウッドを舞台に、マンクこと脚本家ハーマン・マンキーウィッツが「市民ケーン」の脚本を書き上げるまでを描く、いわゆるハリウッド内幕ものです。
「市民ケーン」にならって、モノクロによる撮影。「市民ケーン」へのオマージュをいたるところにちりばめて、デジタルなのに、フィルム切り替えの目印となるマークまで加えてある徹底ぶりです。
脚本はフィンチャーの父親ジャック・フィンチャーが生前に書き残した遺稿だそうです。
すっかりハリウッド映画の新作公開が途絶えて久しい昨今ですが、これもNetflix作品です。
Netflixでは12月4日から配信だそうです。映画館では限られた劇場で限定公開。
日本では映画館開いてるけどやる映画ないんだから、どうせなら大々的に公開しちゃえばいいのに…と思ったりするけど、そうはいかないんでしょうね。Netflix的には、ネットで観てもらわないと困るわけで。
ちょうど1年や2年前のアカデミー賞の頃には、Netflix映画はアカデミー賞の対象か…ということが議論されたりしていたんですが。
今年のアカデミー賞は、Netflix作品ばかりになるという話もありますね。実際問題、アメリカでは映画館が開いてないんだからどうしようもない。
世の中がこうなってしまっては、映画館が不利で、ステイホームで観られるネット配信が強いのは如何ともし難いですね…。
これからますます、映画館からネットへの移行は進んでしまいそうですね。
こんなことで、映画の未来が決定づけられちゃうのは嫌だな。なんとか、アメリカの映画館も持ち堪えて、劇場で映画を観る伝統は守り続けて欲しいところです。
…なんですが、デヴィッド・フィンチャーは2020年にNetflixと4年間の独占契約を交わしたそうです。これは、大手の映画会社に見切りをつけたということなのか…。
そう思うと、本作の内容(自由な映画作りのためにハリウッドに喧嘩を売る)はフィンチャー自身の意思表示のようにも見えてきます…。
②「市民ケーン」について
本作は、「市民ケーン」という映画について、最低限の知識は持っていることが必須かと思います。まったくの白紙状態だと、さすがにわけがわからないのではないかと。
僕は「市民ケーン」自体はずいぶん前に観たきりで「ローズバッドのオチ」くらいしか覚えてない状態。
とりあえず「市民ケーン」のWikipedia読んでいったら、戸惑うところはありませんでした。
「市民ケーン」見返すのがベストとは思いますが、時間ない場合はその程度の予習でも何とかなると思います。
「市民ケーン」(1941)はオーソン・ウェルズの監督デビュー作。それでいて、映画史上の普及の名作とされている作品です。
一昔前の洋画ベスト企画などでは、必ずベスト1に選ばれてる作品でした。「市民ケーン」か、「天井桟敷の人々」か、「2001年宇宙の旅」か…って感じ。
今の目で観て、そこまで面白い作品ではないと正直思っちゃうのですが。それでも、時間軸を入れ替えた凝った構成、極端なクローズアップ、長回しなど、当時としては革新的だったことは伝わるし、野心的な映画であることは伝わってきます。
印象的なのはやっぱり、ケーンが死の間際に言い残した謎の言葉「バラのつぼみ」の正体がわかるラストシーンですね。他のシーンほとんど忘れても、そこだけは記憶に残る。
とりあえず、一度は一般教養として観ておいて損はないかと思います。
「市民ケーン」製作時、オーソン・ウェルズはまだ25歳の若者。既に演劇で成功し、ラジオドラマ「宇宙戦争」で人々にパニックを引き起こすなど、若き天才として話題の人でした。
「市民ケーン」は億万長者の新聞王ケーンの孤独な死から、その生涯を振り返る映画でしたが、それは実在の新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストをモデルにした物語でした。
映画はハーストの逆鱗に触れ、ハーストは自身の持つあらゆる権力を使って妨害にかかります。
買収された多くの評論家が悪行を書き立て、映画は興行的には成功しませんでした。
アカデミー賞にも作品賞はじめ多くノミネートされましたが、脚本賞のみの受賞にとどまっています。
しかし後に再評価され、映画史に残る傑作とされるようになったのは上記の通り。
オーソン・ウェルズという人は僕は、なんか後の方になるほどパッとしなくなっていった印象があります。特異な風貌を活かした怪優というイメージだったり、英会話教材の広告とかね。
実際、その後に「市民ケーン」を超える作品を創ってるとは言い難い。その辺も、このスタート時点での逆風が効いてるのかもしれません。
その意味では、呪われた映画という言い方もできるかも…。
③実在の登場人物たちについて
こういう映画は観た後でいろいろ知りたくなるんですが、Netflix映画はパンフレットがないんですよね…。
パンフレットがわりに、調べたことを書き留めておきます。一夜漬けなので、間違ってたらご容赦を…。
マンクことハーマン・J・マンキーウィッツは1897年生まれ。「市民ケーン」当時は44歳ということになりますね。映画のゲイリー・オールドマンはもうちょっと老けた感じなので、意外に若い!
新聞記者、演劇批評家を経て、パラマウントと契約。1926年から映画の脚本を書き始めます。
MGM、RKOなどで仕事をして、「市民ケーン」は6年のブランクを経ての仕事になります。
彼がどうして6年も脚本の仕事から遠ざかっていたのか…が、映画の中で明かされていきます。
弟のジョセフ・L・マンキーウィッツも脚本家として活躍し、後には監督として著名になっています。代表作に「イヴの総て」(1950)、「クレオパトラ」(1963)など。
映画では、脚本を読んだ後で兄に手を引くよう忠告にやって来ますが、当時の映画業界で仕事をしている立場なら、やむを得ない行動と言えるでしょうね。
ルイス・B・メイヤーはその名の通り、MGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)の共同出資者の一人。副社長でしたが映画製作部門の最高責任者で、ハリウッドの最高権力者と言える人物でした。「市民ケーン」当時56歳。
当時の映画スタジオは映画の製作だけでなく興行まで一手に牛耳っていて、絶大な権力を持っていました。逆らうと干されてしまって映画に出ることもできなくなるのだから、有名なスター俳優さえも会社に逆らうことは出来なかった時代です。
劇中でも、メイヤーが口八丁で社員の給料をいとも簡単にカットしてしまう様子が出てきます。
ハリウッド黄金時代というのは見方を変えれば、彼のような一部の権力者が王侯貴族のようにすべてを支配していた時代とも言えるわけですね。
アーヴィング・タルバーグはメイヤーの右腕として活躍したMGMのプロデューサー。若くして才能を発揮し、多くのヒット作を生み出しましたが、嫉妬したメイヤーによって冷遇され、1936年に37歳の若さで亡くなっています。
アカデミー賞授賞式でその名を聞く「アーヴィング・G・タルバーグ賞」は彼の業績を記念して創設されています。
マリオン・デイヴィスはハーストの愛人として知られた女優。
ブロードウェイのショーガールだった彼女は新聞王ハーストに気に入られ、その運命を大きく変えることになります。
マリオンに入れ込んだハーストは、彼女をスターにするために、彼女のためだけのプロダクションを作り、あらゆる映画会社に圧力をかけて、20年で46本にも及ぶ主演映画を作らせます。しかしマリオン自身は才能に乏しく、彼女の映画は1本たりともヒットすることはありませんでした。
「市民ケーン」ではマリオンは歌手を夢見るスーザンという形になっていて、新聞王ケーンの愛人であり、彼のゴリ押しで売り出されるも芽が出ず、最後にはケーンに見切りをつけて去っていくことになります。
ちなみに「バラのつぼみ」というのはハーストがマリオンの秘部につけたあだ名と言われ(なんでそんなところにあだ名をつけるんだ…)、そのこともハーストが激怒した原因と言われます。
ウィリアム・ランドルフ・ハーストは「市民ケーン」当時は78歳。現在もニューヨークに本拠を置く巨大メディア・コングロマリット「ハースト・コーポレーション」の創業者で、数多くのメディアを所有し、新聞王と呼ばれました。
ハーストはかなり強引な人物だったようで、自分の新聞を売るために戦争を利用して扇情的な記事を書かせたり、誇大に報じたりしたようです。
下院議員、ニューヨーク市長と政治家の道も歩みましたが、ニューヨーク州知事には落選しています。
1903年に20歳近く年の離れたショーガールと結婚。1920年代には妻と別居してマリオン・デイヴィスを愛人にして、カリフォルニア郊外に建設したハースト・キャッスルと呼ばれる豪邸に迎え入れました。
庭に動物園がある大豪邸は、映画でも印象的に描かれています。
世界恐慌を経て40年代にはその権勢にも翳りが見え始め、1951年に88歳で死去。
「市民ケーン」では強引な手法で権力の頂点へ上り詰めるも、幼少期の孤独に支配され続けた人物として描かれています。それが的を射ているかどうかは本人のみが知る…でしょうが、的外れだったとしても図星だったとしても、面白くはなかったでしょうね。
④劇中の選挙について
映画では、1934年のカリフォルニア州知事選挙が描かれています。
当時は、1929年に起こった世界恐慌の影響で多くの人々が困窮に喘ぎ、苦しい生活を余儀なくされていました。その中で、労働運動も活発化していき、それに対して共産主義の脅威を訴える声も高まって、アメリカは分断状態にあったと言えます。
民主党から出馬したアプトン・シンクレアはピューリッツァー賞を受賞した作家・ジャーナリスト。
アメリカの精肉産業の実態を暴いた著作で、時の政権も動かし、高い人気を得ていましたが、共和党から出馬したフランク・ミリアムに大差で敗れています。
映画では、メイヤーの指示を受けたタルバーグが共和党候補を応援し、街頭インタビューを役者に演じさせたニセのプロパガンダフィルムを作って、シンクレアの妨害を図る様子が描かれています。
フェイクニュースを使った選挙への介入…なかなかタイムリーというか、きな臭い話題ですね。
メイヤーは後に、ハリウッドの赤狩りに大いに貢献することになります。
面白いのは、当時と現在とでは、ハリウッドの支持政党が逆転してることですね。
現在はハリウッドといえば反トランプ・民主党支持が大勢で、トランプ大統領に何かと罵倒されたりしてましたが。「ザ・ハント」とかね。
当時のハリウッド支配層は富を独占する資本家だから、労働者の権利を訴える民主党とはそりゃ反目する。アカの脅威を煽り、フェイクニュースを流して大衆を都合のいい方へと誘導する…。
そして、支持政党こそ逆だけど、現在もやってることの本質は大して変わらない。
今や民主党支持層はインテリのセレブで富裕層、田舎の貧乏な農民や工場労働者は、共和党とトランプを支持する…てな具合になってますね。
民主党を支持する現在のハリウッドも、結局は金を持ってる側であって、金持ちが支配する構造は何も変わっていないのだと思います。
あえてハリウッドの外に出て、Netflixという新しい媒体から、この時代のこの選挙を描いてみせたフィンチャー。
彼が現在のハリウッドに対して突きつけたかったのは、その相似形なんじゃないでしょうか。
⑤そして、反逆の物語
映画について、後回しになっちゃいましたが。
純粋に、エンタメとして面白い映画になっていましたよ。そこは、さすがフィンチャー。
ゲイリー・オールドマン演じるマンクが、とても魅力的です。
デブのおっさんで、アル中で、気難しくて皮肉屋で、喋れば毒舌ばっかりで、嫌われる要素満載みたいな人物ですけどね。
でも、観てると本当に魅力的に見えてくる。「かわいい」とさえ、感じられてくるくらいです。
本作は、彼の反逆の物語なんですよね。
マンクは最初、ハリウッドで上手く立ち回っているつもりでいたわけです。
権力者に好かれ、かと言って媚びへつらうでなく、言いたいことを言える自由を確保して。
上流階級のパーティーに呼ばれても、物おじせずに毒のある皮肉をぶちかます。
マンクはそうやって、決して権力者に追従していないというプライドを持っていたわけだけど、終盤のいたたまれないパーティーのシーンで、こっぴどく思い知らされてしまいます。自分が権力者の掌の上で踊らされていた道化に過ぎなかったことを。
彼がこれまでしてきた歯に絹着せぬ物言いも、すべては権力者たちが面白がって、大目に見てくれた上での余興に過ぎなかった。
部を弁えずやり過ぎたら、いとも簡単にバッサリ切られてしまう。最初から、まったく対等なんかではなかったのです。
だから、ハーストをモデルにした脚本を執筆することは、マンクにとって単なる仕事ではない。
権力者たちの強固な支配構造に抵抗し、それを突き崩すための渾身の反逆であるわけです。
なおかつ、それはあくまでも、彼の本来の仕事である脚本を通しての反逆である、というところ。
たとえ権力はなくても、本当に面白い脚本を書いて、面白い映画を作れば、それは金や権力を凌駕するほどの力を得て、権力者の牙城を揺るがすことができる。
それが創作の力だし、映画産業のいいところでもあるわけですね。
こういうストーリーを、あえてNetflixからぶつけるということは、フィンチャーは現在のハリウッドにはなんらかの反逆すべき問題があると考えている…ということなのでしょう。
以前からスコセッシのような人が、マーベル映画などを例に挙げながら、現在のハリウッドでは自由な映画作りができないということを指摘していましたが。
「市民ケーン」の時代がそうだったように、ハリウッドのシステムは今また転換期に来ているのかもしれないですね。
できれば、コロナと関係ないところで、変革が起こっていってくれるといいのだけれど…。
デヴィッド・フィンチャー監督前作。
ゲイリー・オールドマンが実在の人物を演じてアカデミー主演男優賞を受賞。
アマンダ・サイフリッドは現代のジョディ・フォスター…という気がするんですよね。