Destroyer(2018 アメリカ)
監督:カリン・クサマ
脚本:フィル・ヘイ、マット・マンフレディ
製作:フィル・ヘイ、マット・マンフレディ、フレッド・バーガー
製作総指揮:ニック・バウワー、ダン・フリードキン、マイカ・グリーン、ネイサン・ケリー、トーステン・シューマッハー、ダニエル・スタインマン
撮影:ジュリー・カークウッド
編集:プラミー・タッカー
音楽:セオドア・シャピロ
出演:ニコール・キッドマン、セバスチャン・スタン、トビー・ケベル、タチアナ・マスラニー
①見どころはニコール・キッドマン
ニコール・キッドマン主演の2018年公開作が、なぜか今頃公開。
ほとんど単館で、鬼滅の影でひっそりと…。
コロナで洋画が全滅状態で、どうにか引っ張り出してきた感じですかね。何にせよ、公開してくれるのはいいことです。
エリン・ベル(ニコール・キッドマン)はロス市警の刑事。しかし彼女はヨレヨレで、同僚の評判も極めて悪い状態でした。河岸の殺人現場を訪れた彼女は、「犯人を知っている」と謎めいたことを言います。
エリンの元には、染料の付いた紙幣が送られてきました。それは、17年前に彼女が潜入捜査をしていた銀行強盗事件の首謀者サイラスからのメッセージ。警察より先にサイラスを見つけ出そうと、エリンは勝手な独自捜査を始めます…。
本作の見どころは、本来の美貌をかなぐり捨てて、汚れ役に挑んだニコール・キッドマンの体当たり演技。
特殊メイクで老け込んだやさぐれた姿になって、常にヨレヨレ状態で暴力も辞さない、一匹狼のダーティーな刑事。
美人女優がメイクで変身して…というと、シャーリーズ・セロンの「モンスター」を思い出しますね。
本作も、基本的にはその路線。50歳を超えたニコール・キッドマンの、新境地を模索する試みでしょうか。
この顔を見よ!と言わんばかりに、映画は彼女のドアップから始まります。
彼女の演技は、確かに見応えたっぷりだったと思います。
2時間の上映時間、ほぼ彼女が持たせてる感じでしたね。美しくなくても、やっぱり惹きつける力がある。さすがです。
ただ、正直言って見どころはそれが唯一…というところも。
お話はかなり、グダグダでしたね。いろいろ成立していませんでした。
②予想を裏切る展開だが、カタルシスには欠ける
本作の弱点は、やはり脚本…と言えるんじゃないでしょうか。
ちょっと、いろいろと粗の目立つストーリーでした。
意外性のあるストーリーではあるんですよ。
基本設定からは、「ダーティハリーの女性版」みたいな、型破りな刑事ものアクションを想像するんですが、それはミスリード。
エリンの行動は社会正義からは離れた、個人的な方向に向かっていきます。
では、極悪非道のラスボスへの復讐鬼となっていく、「キル・ビル」的な物語…かなーと思うんですが。
これも微妙に、ズレていくんですよね。
映画は現代と17年前を行き来しながら、過去の潜入捜査で起こったことの謎を少しずつ解明していきます。
この時間軸を行き来する構成自体が、ラストのどんでん返しに繋がってきます。
また、純粋な復讐ものからズレていって、エリンの過去が明かされることが、現在のエリンのヨレヨレボロボロぶりを説明することにも、繋がる。
だから、結構上手いことできてると思うんですよ。メインの仕掛け部分に限っては、割とよくできてる。
…なんだけど、種明かしがされても、それが気持ちよくないんですよね。
カタルシスにならない。ここがどうも…歯痒いところでした。
③共感できない過去の真相
どうしてカタルシスにならないのかというと…というところで、ここからネタバレしていきます。
本作は、やはり意外性が命みたいな映画なので。未見で観るつもりのある方は、この先ご注意を。
現代のエリンがサイラスに迫っていくメインストーリーの一方で挟まれる回想で、17年前の潜入捜査の顛末が徐々に明らかになっていきます。
FBIの任務で、サイラスの犯罪組織に潜入したエリンとクリス(セバスチャン・スタン)。最初はぎこちなく恋人を演じていた二人は、やがて本当に愛し合うようになっていきます。
銀行強盗の計画を知ったクリスはFBIに報告して抜けようと言いますが、エリンはそれを拒否します。エリンには、大金を手にする野心が芽生えていたのでした。クリスは誰も傷つけないことを条件に、エリンのために協力することを決めます。
銀行強盗が実行され、成功するかに見えましたが、受け取った金に染料が仕込まれていることがわかり、サイラスは行員の女性を射殺。止めに入ったクリスも殺されてしまいます…。
自分のせいで人が殺され、恋人も殺されてしまったという後悔から、エリンはボロボロになり、老け込んだやさぐれた外見になって、態度もすさんだものになっていたのでした。
というわけで、過去の過ちが現在の状況にきれいに繋がって、納得はするんだけど。
この真相が、カタルシスがないんですよね…。本当に、何の同情すべき点もなく、「エリンのせい」ですからね。
ボロボロのエリンの様子を見て、過去にどんな辛いことがあったんだろう…と思いながら観てたんだけど。「ただの自業自得」になっちゃう。
いや、やっぱりね…。こういう映画のカタルシスって、一見やさぐれて見えて、暴力的で、不快な人物に見えた人が、実は非常に辛い過去の悲劇を抱えていたことがわかって、同情や共感が湧き起こることから得られるものじゃないですか。普通は、定石として。
本作は、その定石を外したのはいいけど…嫌な奴に見えた主人公が、実はもっと嫌な奴だった…ってことになっちゃう。
せめてエリンがそんなことをしてしまった理由があればと思うんですが、それも特にないんですよね。どうしても金が必要…という描写もなかったし。
一応、過去に親に虐待されていたっぽい話はちょっとだけ出てきてたけど。あまりにもちょっとなんで、犯罪に加担する動機には結びつかない。
しかもエリン、何の責任もとってないですからね。
彼女が銀行強盗に加担してたことは露呈してないし、盗んだ金も返してない。逮捕もされず、そのまま警察官であり続けてる。
話が進めば進むほど、何なん、エリン!ってなります。
致命傷なのは、この真相が見えることで、エリンがサイラスに復讐するという現在のメインストーリーも、成り立たなくなっちゃうというところですね。
行員とクリスを殺したのは、確かにサイラスだけど。
でも、そこに至る過程に責任があるのは、明らかにエリンですよね。他の第三者ならともかく、エリンがサイラスに復讐するというのは、「お前が言うな」という気がしてしまいます。
④語っても語っても、よくわからない
脚本がマズイとどうなるかというと、面白いかどうか以前に、なんだかよくわからないということが起こります。
本作は、これほどに視点はエリンにつきっきりで、ずーっとエリンの行動を追っていくにも関わらず、エリンが何を考えてどういう思いで行動しているのか、それが一向に見えてこないですね。
そんなズタボロの外見になるほど後悔しているのなら、事件の直後にすべてを話して、金も返して、正当な裁きを受けていればよかったのに。
クリスを殺したサイラスを逮捕したいと考え、クリスへの償いをしたいと思うのなら、普通はそうすると思うんですが。
でも、なぜかそうしない。なぜそうしないのか、その理由はよくわからない。
開き直って悪に徹することに決めたのかな…と思ったら、金には一切手をつけていないという。
金を使わないのなら、そもそもそこまでの後悔に苦しみながら、罪を隠し続けてる意味もないはずなんですけどね。どうしたいのだろう…。
悪に徹するというのなら、まだサイラスへの行動の意味もわかるんですよ。罪を露呈されないために、警察より先に見つけて殺してしまおう、ということだから。復讐じゃなく、単なる口封じ。
でもそういう目的なんだとしたら、途中で会った一味のメンバーだった人たちも、全員殺して回らなきゃいけないはずですよね。何を今更、って話だけど。17年間放置だったんだから。
ていうかそもそも、銀行強盗の時にエリンと一緒の車にいた男は逮捕されてますよね。
彼の証言で、エリンが加担していたことも、車に積まれていたはずの金が消えていることも、バレバレになるはずだけど。なんでバレなかったのだろう…。
まあそれはさておき、金を娘のために使うと決めて、サイラスも殺し、いよいよ悪に徹するのかな…と思ったら、その直後に同僚警官に金のある倉庫の鍵を渡しちゃう。どうやら、今更ながらにすべてを白状するつもりらしい…。
ということはやっぱり、悪に徹するつもりでもなかったんだな。エリンは罪を悔やんでいて、でもクリスを殺したサイラスを自分で殺したいと思っていて…。
あれ? でも、17年間、別にエリンはサイラスを探したりもしてないですよね。今回も向こうが勝手に連絡してきただけだ…。
何がしたいのか、全然わからない…。
考えれば考えるほど、ぐるぐる回ってしまいます。これがまさに、マズイ脚本の典型ですね。
⑤わからないことだらけ…
結局、気が付いてみれば、周辺の細部も何から何まで、わからないことばかりになってます。
FBIの潜入任務は、そもそも何がしたかったのか。サイラスのグループって、どう見ても数人しかいないチンピラグループですよね。
しかもやることは、そんなに成功率が高いとも思えない銀行強盗。それも、ただ正面から乗り込んで金とって逃げるだけの単純な犯行…。
エリンとクリスの計画というのも、サイラスが捕まらないことを前提にしてるんだけど、いったいどうしてこんなずさんな犯行で、捕まらないと思えるのか謎なんですよね。
…って、実際に捕まらず逃げおおせちゃうんだけど。FBIがマークしてたんじゃなかったのか…。
戻ってきたサイラスは、何をしたかったのか。なんでわざわざエリンに札を送って、戻ってきたことを知らせたのだろう。
挑発なら、実際会った時に無警戒なのが謎だし、ゆするつもりにしては何のアクションも起こしてないし、仲間と思ってるなら銀行強盗の前に引き入れなきゃ意味ないし。
結局、知らせたせいでエリンにあっさり殺されちゃうんだから、なんのこっちゃわからない。
エリンと娘との交流にしてもね…。エリンの生き方が筋が通ったように見えないので、彼女が娘にどんなメッセージを伝えたいのか、一向に見えない。
雪山の回想とか、スケボー少年が成功するラストカットとか、作り手は何かを込めたつもりなんだろうけど、さっぱり伝わってこないです。
なんか「つまらん」で済む話を、くどくど長々と書いちゃいましたね。すいません。
ただ、本作を見てると、脚本を書く上で、本来どこに気をつけなくちゃならないか…ということがよくわかる。そんな効果はあるかもしれないです。
ニコール・キッドマンの最新作はこちら。「ストレイ・ドッグ」の方が前の映画ですね。やっぱりキレイな方がいいや。