The Boat(2018 マルタ)
監督/脚本:ウィンストン・アゾパルディ
製作:ウィンストン・アゾパルディ、ジョー・アゾパルディ、ロイ・ボウルター
撮影:マレク・トラスコウスキー
音楽:ラクラン・アンダーソン
出演:ジョー・アゾパルディ
①斬新なマルタの父子ホームメイド映画!
いろいろと斬新な映画でした。
まず、マルタ映画です。マルタ? …どこだっけ?
そこから調べなきゃわからない。マルタ共和国。イタリアのシチリア島の南、地中海に浮かぶ、東京23区の半分くらいの面積の島国でした。
言語はマルタ語と英語。世界遺産も多数ある、美しい海に囲まれた絶景の島。
ハリウッド映画の撮影がよく行われている場所だそうで、「トロイ」「グラディエーター」「ワールド・ウォーZ」などがここで撮影されたのだとか。
ウィキペディア見てると、「世界最大の撮影用水槽」があるのだとか。あの海はもしかしてそれかな…。
監督のウィンストン・アゾパルディと、たった一人の出演者だったジョー・アゾパルディは親子だそうです。
お父さんが脚本書いて監督して、息子と一緒に製作して、息子が一人で主演してる。
ほとんどホームムービーですねこれ。
マルタに住む男は、モーターボートで釣りに出かけた海で霧に包まれ、漂流するクルーザー・ヨットに遭遇します。男はヨットに乗り込んでみますが、船室の中にも誰もおらず、固くロープでゆわえたはずのモーターボートが消えてしまい、ヨットに取り残されることになります。
男はヨットを操縦して島に帰ろうとしますが、羅針盤が故障して方角がわからず、助けを求める無線も通じません。やがてトイレに入ると、外から鍵をかけられ、閉じ込められてしまいます。
貨物船が通りかかりますがトイレから出られず助けも呼べず。やがて嵐が来て浸水が始まります。男はヨットから脱出することができるのか…。
そんな感じ。基本、ずーっとそんな感じで続いていく映画です。
出演者は一人きり。海に浮かんだヨットの中で、次々とひどい目にあって、男がさんざん苦労する様をひたすら見ていく。そんな映画になっています。
それオモロイのか?と正面切って聞かれると、どうだろう?と考え込んでしまうのですが。
でも、なんか面白かった気がします。とりあえず、ラストまで飽きずに観ましたよ。
②ちょっと意外な海でのサバイバル能力の高さ
マルタの映画らしいのは、男が船に詳しいんですね。なんかごく普通の長髪の若者、って感じなんだけど。
ヨットの帆を張ったり、海図を読んだり、帆を操って操縦したり…ということができる。
こういうことができないと、そもそも何もできなくて、ストーリーが進まないわけですが。
途中でトイレに閉じ込められて、ただでさえ限定空間の映画だったのが、さらに狭くなってしまうんですが。
トイレの小さい窓から手を出して、甲板のロープを手探りで触って、帆を下ろしたり、船を止めたりすることができる。
水に浸かって、すごい大変そうなんだけど。状況が限定されていく中でも、主人公が頑張るのでね。投げてしまって自暴自棄…みたいなふうにならないので、ついつい応援する視点で見続けてしまいます。
浮きで筏を作って一時ヨットから逃れたり、ポンプを作って浸水した水を汲み出したり。
ぼんやりしたニートの兄ちゃんみたいに見えるんですけどね。さりげなく、海でのサバイバル能力が高いのです。
③まるで妖怪譚のような…
劇中では、決して派手な出来事は起こらない。
ただトイレのドアが開かなくなるとか、いつのまにかロープが切れてるとか、自然ともなんともつかない微妙な出来事ばかりです。
でも、それで、主人公はどんどん窮地に追い込まれてしまう。
最初は、何かなと思って観てるんですけどね。誰か潜んでる? 幽霊船?
ジョジョの世界なら「スタンド攻撃されてる?」って思うところですが。
次第に、ヨット自体に意思があるように思えてきます。
助けを求められないようにトイレに閉じ込めたり、筏で逃げ出そうとすると勝手に動いて追いかけてきたり…。
この辺、やっぱりスタンドっぽいですけどね。でも、ジョジョほど派手な展開にもならない。あくまでも「意思がある…かも?」くらいの、偶然でも説明がつくくらいの、微妙な感じになっています。
でも、当事者である男としては、「もう勘弁してくれ!」とか船に呼びかけずにはいられない。ひどい目に遭ってる心情としてそういう感覚になってくるのが、もっともらしい誘導になっています。
面白いのは、意思を持った船…と言っても、本気で殺しにくるとか、凶暴な悪霊みたいなムードでもない、というところです。
トイレに閉じ込められて水が上がってくるところは、し、死ぬ…って感じになるんですけどね。
でもそれ以外は、どっちかというと「遊んでる」感じ。
幽霊だとか妖怪が、迷い込んできた人間にちょっかいをかけて遊んでいる、そんなイメージになってきます。
最初のうち怖いんですが、だんだんツンデレな感じになってくる。貨物船に浮気しようとすると追いかけてきたりね。
途中から態度が変わってくる印象があるんですが、それも男が浸水箇所を修理したり、船をきれいにしてくれたから…という感じもあるんですね。
最後の方で、パタパタ…と足音が聞こえるシーンがあるんですが、その辺りは「座敷わらし」を思わせたりもします。
ハリウッド映画的な「悪霊に取り憑かれた船」ではなくて、まるで狐や狸のような、善も悪もない感じ。
図らずも意思を持ってしまった物の怪のイメージですね。結果、シンプルな話なんだけどハリウッドのホラー映画とは一味違う、日本の妖怪譚のような独特の味わいがあります。
これはマルタ映画ならではの感覚かもしれません。あんまり出会えない映画だと思うんで、機会があったらぜひどうぞ。