2010(1984 アメリカ)

監督/脚本/製作/撮影:ピーター・ハイアムズ

原作:アーサー・C・クラーク

編集:ジェームズ・ミッチェル、ミア・ゴールドマン

音楽:デイヴィッド・シャイア

出演:ロイ・シャイダー、ジョン・リスゴー、ヘレン・ミレン、ボブ・バラバン、キア・デュリア

①ストイックな本格SF映画

今が2020年って、時々信じられなくなります。あんまりSF的な数字なので…。

「2001年」どころか「2010年」も10年も前のことになっちゃいましたね。なんだか、嘘みたいな気がしてしまう。

現実には、人類はまだ木星に着いてもないけど。

ピテカントロプスになる日はまだ遠い…。

 

「2010年」は「2001年宇宙の旅」の続編です。

映画史上に輝く超傑作の続編ですからね。どうしても比較されて、過小評価されがちな作品だと思うのですが。

 

でもこれ、結構見応えある本格SF映画なんですよね。

木星有人探査をじっくりと描いた貴重なハードSF映画。ハードSF映画自体があまりないですからね。

 

原作はアーサー・C・クラーク。クラークの映画化作品としても貴重な1本です。

「カプリコン・1」で有名な職人ピーター・ハイアムズ監督が、監督/脚本/製作/撮影と4役を兼任。なかなかのこだわりの作品なんですね。

 

クラークのSF世界が、忠実に再現されていて。

ソ連の宇宙飛行士の名をとった宇宙船アレクセイ・レオーノフ号、そこにアメリカの飛行士が乗り込む米ソ合同調査。

木星の大気を利用したエアロ・ブレーキ

エウロパで発見される葉緑素。

イオの軌道上に残り、派手に縦回転するディスカバリー号、イオの火山活動による硫黄で黄色く汚れたその船体。

ディスカバリー号とレオーノフ号のランデブー、2つの船体の間を行き来するリフト装置。

 

そして、「2001年」で提示されたテーマ、謎の丁寧な継承

スターチャイルドになったボーマン船長のその後はどうなったのか。

HAL9000が造反した理由はなんだったのか。

そして、モノリスが木星にある理由、モノリスを使う異星人の意図とは何か。

そういった「2001年のメジャーな疑問」に丁寧に答えていて、その点でこれは「2001年の解答編」のような側面もある映画になっています。

 

女性キャラは非常に少なく、恋愛とか、サスペンス的な要素もほぼなし。科学的な知見に徹していてね。

だから、いわゆるドラマ映画的な魅力を求める人には物足りなく感じられると思うんですが、本格SF映画が観たいなら、真っ先におすすめできる作品と言えると思います。

②米ソ対立の象徴するもの

「2010年」のSF的な部分は今観てもまったく古びていないと思うんですが、残念ながら背景となる政治事情はすっかり錆びついてしまっています。米ソの対立が背景ですからね。

まさかこの映画の公開から10年もしないうちにソ連という国が消えてなくなるとは、この時点では誰も予想だにしていなかった。そう思うと、歴史の展開って面白いものですね。

 

人類同士の戦争目前の対立が、それを遥かに凌駕する異星人の干渉によって解消される…というテーマは、「幼年期の終わり」などにも共通するクラークの重視したテーマです。

「2001年宇宙の旅」にしても、骨から変化するミサイル衛星や、宇宙ステーションでの秘密主義などを通して、描かれているテーマではあります。キューブリックより、クラークの小説版で顕著なところですが。

水場を求めて争う猿人のように、同じ種族同士で争い続ける、まだ「夜明け」段階の人類が、異星人によって否応無しに次の段階に引き上げられる、というのが「2001年」の基本的なプロットでした。「2010年」も、当然のようにそれを引き継ぐものになっています。

 

実際の世界からは旧来のわかりやすい対立は消えて、もっとわかりにくい複雑な対立構造になっていったわけですが、人類は同じ種族同士の争いをやめていないわけで。

米ソの対立に象徴される物語自体の構造は、決して古びていないという見方もできると思います。

 

クラークの小説版では中国の宇宙船も登場していて、より複雑化した世界情勢の一端が描かれてはいたんですけどね。映画版では省略されてしまいました。

③クラークの色濃い論理的SFの魅力

前述した通り、本作では「2001年宇宙の旅」で振りまかれた様々な謎に、丁寧に回答が与えられていきます。

それらの謎が解明されていくのは面白くもあり、また一方では本作の弱みでもあると言えます。

 

というのは、やっぱり「2001年」の魅力は、人智を超えた謎が謎のまま提示されるところだったから。

説明を排して、不思議な出来事が起こる様をそのまま見せることで、「それは人類の理解を超えた超進化した異星人の仕業なんだ」ということが、感じられる仕組みになっていた。

その神秘性はない、ですね。「進化」したはずのボーマンが奥さんや母親のもとに「里帰り」するシーンなど、人間臭過ぎて少々白けてしまいます。

 

だから、やはり本作は「2001年宇宙の旅」とは別物。まったく別種の楽しみ方をすべき映画と言えますね。

キューブリックより、クラークの世界。一つ一つの謎に因果関係をつけていく、論理的な世界です。

そういう違いのあるものとして、頭を切り替えて楽しむのが本作の楽しみ方だと思います。

 

実際、本作の序盤で出てくる主人公フロイド博士の暮らしぶりは、部屋の中にプールがあって、イルカが泳いでる

海を愛し、スリランカで人生のほとんどを過ごしたクラークの人生が投影された描写になっています。この辺りもこだわりで、嬉しいポイントですね。

 

本作の最終的な大ネタは、まあ一応ここでは書かないんだけど、奇しくも同じ1984年に公開された日本の本格的SF映画「さよならジュピター」と同じものになってるんですよね。

偶然…だろうと思うけど。当時の宇宙科学の先端的なところを取り入れていくと、似ていくのでしょうね。

「2010年」はイギリスのSF界の重鎮クラーク。「さよならジュピター」は日本のSF界を代表する小松左京。「さよならジュピター」は「2001年宇宙の旅」を目指して作られた作品。

どっちもイルカが出てくるしね。

残念なのは、「さよならジュピター」は今はすっかり「トンデモ映画」扱いで、ネタとしてしか取り上げられないところですが。

 

まあ、一方の「2010年」も、現代になって振り返られることは少ない作品ですが。

1本のSFとして、決して悪くない作品だと思うので。この機会に、紹介してみました。興味ある方は一度、どうぞ。

 

 

 

 

 

 

クラークの原作には、更に2冊の続編があったりします。

 

いろいろとアレな作品ですが、特撮はいいですよ!