Crawl(2019 アメリカ)
監督:アレクサンドル・アジャ
脚本:マイケル・ラスムッセン、ショーン・ラスムッセン
製作:アレクサンドル・アジャ、サム・ライミ、クレイグ・J・フローレス
製作総指揮:ジャスティン・バーシュ、ローレン・セリグ、グレゴリー・ルヴァスール
撮影:マキシム・アレクサンドル
編集:エリオット・グリーンバーグ
音楽:マックス・アルージ、ステフェン・スム
出演:カヤ・スコデラリオ、バリー・ペッパー、アンソン・ブーン、ホセ・パルマ
①限定状況で登場人物2人!
カテゴリー5の超大型ハリケーンがフロリダに接近。大学生で水泳選手のヘイリーは、連絡のつかない父デイヴの様子を見るため、避難勧告を無視して湖畔の実家へ向かいます。デイヴは、地下で重傷を負って倒れていました。父を助けて逃げようとしたヘイリーですが、いつの間にか侵入していたアリゲーターが襲いかかります。迫るハリケーン、浸水のタイムリミット、そしてワニの恐怖がヘイリーとデイヴを包囲します…。
…と、派手なストーリーなんだけど。驚くほどにミニマムな物語でした!
舞台は、ほぼ一軒の家の中のみ。
登場人物は、ヘイリーとデイヴの父娘二人だけ。
他に何人か出てきますが、彼らはあくまでも「ワニの餌」です。
ハリケーンは来るけれど、これはパニック映画ではない。
密室に、ワニと水によって閉じ込められた二人の孤軍奮闘を描く、シチュエーションスリラーと言えますね。
“Crawl”というのは「這う」こと。ワニのように這うこと、なわけですが、舞台の大部分が床下で、ヘイリーもデイヴも必死で泥の中を這い回ることを余儀なくされます。
更に、“Crawl”は水泳のクロールでもあるんですね。ヘイリーは得意のクロールを使って、ワニたちに立ち向かうことになります。
②自然な序盤の導入
既にハリケーンが間近に迫っていて、避難勧告が出されている。その緊張感が序盤からあります。
台風と水害の恐怖は日本でも近年思い知らされたところですが。アメリカでも、巨大ハリケーンが大きな被害をもたらしていますからね。
とりあえず舐めてかかる感じがないのが、好ましいです。
それでも、お姉さんから電話があって、お父さんと連絡が取れないとわかって。「様子を見に」行かざるを得ない。
「様子を見に行く」のは大抵死亡フラグとわかってるんですけどね。いざ身内が…ってなると、そうもいかなくなるんでしょうね。
親父デイヴは離婚でダメージ受けていて、傷心状態で実家に帰って床下の修理とかしちゃってる。
娘ヘイリーは父親とは水泳のコーチと選手の関係でもあって、両親の離婚はヘイリーのコーチに打ち込み過ぎたせいもあるらしい。
映画の主要な人間関係は、それでほぼ語り尽くされてます。
非常にシンプルな…さして劇的でもない、いかにもありがちな親子関係。
それが、ハリケーンとワニのストーリーに…決して本題を邪魔しない程度に…上手く絡んでいて、ちょうどいい感じの奥行きになっています。
ヘイリーが父親に対して、引け目のようなものをなんとなく感じていて、それが多少の無理を押しても父親を助けようとすることにつながっていたり。
デイヴが最初センチな気分になっていて、懐かしい思い出のある家にぐずぐずとどまっていたり。そういったところに上手く繋がっているんですね。
で、ハリケーンの中を湖畔の家へと導かれ、その床下の、泥にまみれた不快な空間へと自然に誘導されていくことになります。
③水没する密室+ワニ!
その家の床下の密室が、映画のほとんどの部分を占める舞台になります。
床下の地面は泥。それも汚れが溜まって汚そうな汚泥。
ネズミがあちこち走り回っていて。その死骸がどこかで腐っていて、臭い。夏だから暑いし。
十分な高さがなくて、泥の中に手足をついて、這いずり回って動かなきゃならない。
そういう不快な環境。
それが、水とワニで密室と化すんですね。
迫るハリケーン。次々と水が流れ込み、床下はどんどん水没していきます。あと数時間で完全に水に浸かってしまう、そのカウントダウン状況。
だからさっさと脱出したいんだけど、出口までの間にはワニがいて、捕まったら食われる。
まさに昔のファミコンゲームのような、シンプルでわかりやすいサバイバル状況!
この限定状況で、あの手この手の知恵比べをする。脱出したい人間と、食いたいワニとの間で。
ワニの怖さも、初めのうちに染み付けられるんですね。デイヴは既に噛まれてて、骨が見えるくらいの重傷を負ってる。
ヘイリーも噛まれてしまって、深々と肉を切り裂かれる裂傷を負います。
この怪我が、二人の動きを制限するハンデとしても機能してくるんですね。
それに何より、痛々しい。「ワニに食われるの嫌だ!」と思わせる、生々しさになっています。
そして、四つん這いになった暗がりの中、曲がり角から突然ワニに襲われる恐怖!
いや、そりゃワニに襲われるのはどんな場所だって嫌だけどね。
でも動きに自由の効かない床下で、這い回ってる時に襲われるのはもっと嫌ですね。
ワニの生態にきちんと則した攻撃もミソですね。
地上よりも水中の方が遥かに機動性が高かったり、一旦捕まえたら振り回して弱らせたりするワニの性能が、上手いことホラー・シーンに活かされてます。
真っ向からの体力勝負では、正直勝てる気がしない。
でも、いくら凶暴とは言え爬虫類だから、人間が知恵を絞れば勝てそう…というところもある。
その辺のバランスが絶妙で。モンスター映画じゃない、動物ホラー映画になってます。
④後半はやや失速…
…なんだけどね。後半になってくると前述したような良いところが、だんだん弱点になってくる…というところがあります。
登場人物二人きり、のシンプルな状況!はいいんだけど、途中で出て来る人たちがことごとく一瞬で死ぬ「やられ役」なので。
どこまで行っても不死身な親子との「死にやすさ」のあからさまな差に、だんだん緊張感が削がれてきます。
噛まれて傷を負ってるという設定もね。途中からは、ほぼなかったことになってます。
それから更に、何回か噛まれても平気。なんぼ噛まれても振り回されても、なおも立ち上がって立ち向かっていく。
正直、これはちょっと観てて白ける部分でしたね…。ワニはやっぱり、ひと噛みでアウト!な存在であって欲しかった。
そこはほら、サメ映画と一緒でね。「ジョーズ」はもちろんだけど、他の「シャークネード」とか「なんとかヘッド・ジョーズ」とかそんな奴でも、やっぱりサメに噛まれたら一発でアウトなんですよね。
そこは守っていて欲しかったなあ…。そこは、動物映画のリアリティの要の部分だと思うから。
で、後半ファンタジー的にエスカレートさせるなら、ワニの方もエスカレートしちゃえばいいのにと思うんだけど。
そこは結構、最初の生態的にリアルなワニのままなんですよね。
フロリダの川にもとから住んでるだろう、リアルなワニのまま。
営巣地を見つける…なんていう「エイリアン2」的展開もあったんだから、超巨大なクイーンワニが登場するとか、そういう映画的な誇張があっても良かった気がしますが。
そんな方が、不死身の親子と釣り合ったような気もするけどなあ…。
そういうのがなくて最後まで同じような攻撃が続くので、正直ワニのアタックも単調になってきてしまいました。
⑤シンプル設定のいいところと悪いところ
観ていてちょっと思っちゃったのは、主人公を2人に絞ってシンプルなのはいいんだけど、それによって物語の展開も限定されちゃった感があるんですよね。
特に親父が、若干自業自得感があるだけに。
たぶんいちばん盛り上がるのは、親父が身を張って、娘のために命を投げ出す、というようなベタな自己犠牲シーンじゃないかと思うんですよ。
「ヘイリー、俺のことは気にせず行け!」「パパーッ!」みたいな。
でもそれも、なんとなく封じられてるんですよね。映画の中でのヘイリーの目標は親父を救うことで、それを失うと「来た意味なかった」ことになっちゃうので。
だから、そういうベタな盛り上がりシーンが作れない。結果、何度噛まれても腕を食いちぎられても親父は生き延び、娘に無茶を言っちゃうことになってしまって、なんか釈然としない気持ちになってしまいます。
とは言え!
見せ場はたくさん用意されていて、短い上映時間の中にサービス満点に盛り込まれていたと思います。
外部の助けや特殊なアイテムなどがほとんど登場せず(登場しても一瞬で食われてしまって)、最後まで一貫して父と娘が体ひとつで立ち向かっていく…というのは、上記のような問題は起こりつつ、やっぱり本作の楽しいところでもありました。
ヘイリーが特技のクロールを生かすところとかね。根性でワニより速く泳ぐ! ワニのクロール対ヒトのクロール!
あと、犬が良かったですね。これだけ激しい展開になってて、お荷物になっちゃいそうなところだけど、うまいこと最後までみんなについてくる。
内容が内容だけに、ずーっとずぶ濡れでかわいそうなんだけど。何度もぷるぷるしてるのが、かわいかった!
ラストシーンは、なんか異様にブツ切れ感を感じたんですけど。あれ、もしかしてあの後に何かあったんじゃないのかな?
安心して立ち上がったヘイリーの背後で、巨大ワニが水中からビヨーン!と飛び上がって…みたいな。
そういうエンディングを予想したんだけど、なかったですね。ブルーレイで別エンディング収録とか、やらないのかな?
ワニ映画といえば、これくらいしか思いつかない。よく洋画劇場で見た記憶が…。
アレクサンドル・アジャ監督の出世作。血みどろ悪趣味ホラーですが、本作はこれに比べるとソフトでしたね。