Spider-Man: Into the Spider-Verse(2018 アメリカ)

監督:ボブ・ペルシケッティ、ピーター・ラムジー、ロドニー・ロスマン

脚本:フィル・ロード、ロドニー・ロスマン

ストーリー:フィル・ロード

原作:スタン・リー、スティーヴ・ディッコ、ブライアン・マイケル・ベンディス、サラ・ピシェリ

製作:クリスティーナ・スタインバーグ、フィル・ロード、クリス・ミラー、エイミー・パスカル、アヴィ・アラッド

製作総指揮:ケヴィン・ファイギ、スタン・リー、ウィル・アレグラ

音楽:ダニエル・ペンバートン

編集:ロバート・フィッシャーJr.

出演:シャメイク・ムーア、ヘイリー・スタインフェルド、マハーシャラ・アリ、ジェイク・ジョンソン、リーヴ・シュレイバー、ブライアン・タイリー・ヘンリー、ローレン・ヴェレス、リリー・トムリン、ニコラス・ケイジ

 

①宣伝では伝わらない面白さ!

「ヴェノム」の長い長いエンドクレジットの果てに、本作の「単なる宣伝」を見せられた時はかなりうんざりして、「スパイダーバース」への好感度も著しく下がってしまっていたんですが。

ゴールデングローブ賞に続いて、アカデミー長編アニメ賞も受賞。前評判も高いので、気を取り直して観に行ってきました。

面白かったです! 事前の先入観は吹き飛びました。

 

思ったんですが、「ヴェノム」の時の宣伝映像、本作の面白さを全然伝えてなかったと思いますよ。

あれではまるで、いつもの実写のスパイダーマンをただアニメにしただけに見えました。

ニューヨークのビルの谷間をウェブ・スイングでビュンビュン飛んでいく爽快感。それは確かにあるけれど、これまで何本も(リブートを繰り返して)作られてきた実写版で、既に何度も見てきた光景。

 

でも実際に観てみたら、「スパイダーバース」の面白さはまったく別のところ。

それは、映画自体の驚くべき斬新さ!

これまで一度も観たことのない、めくるめくような斬新なアニメーション表現にありました。

②アメコミを再現する斬新な表現

「スパイダーバース」の全編を彩る、実に新鮮なアニメーション表現。

実写のリアルを目指すのではなく、アメコミの世界を映像表現の中で再現する。それを追求した結果、いつもの実写のスパイダーマンとも普通のアニメとも違う、独特の個性的な表現になっていました。

 

ありとあらゆる手法を駆使して、アメコミの世界をアニメ映像の中に再構築していきます。

トーンが貼られたような色表現、立体感を色のズレで表す手法、吹き出しやオノマトペの再現、コマからコマへと移っていくコミックならではの場面の展開。

動きも、ただ滑らかであることを目指すのではなく、あえて間を省略したような表現を交えて、コミックらしさを演出していたりします。

 

いや本当、映像表現の一つ一つが、本当に斬新でした。

漫画のテイストをアニメで再現するのは、テレビアニメ版の「ジョジョの奇妙な冒険」が似たことをやっていました。擬音の書き文字をそのまま見せたり、グラフィカルな色使いを再現したり。

「スパイダーバース」もその方向なんだけど、より多くのアイデアが、よりスピーディに投入されていますね。

画面の情報量が尋常じゃないです。なかなか全容が掴みきれないくらい。

 

全編を通して、すごく画期的なことをやっていると思います。

感心するのは、それだけ先鋭的な表現をやっていて、決して見づらいものになってはいないこと。

膨大な情報量がありながら、動きがスッキリしていて、とても見やすいです。

物語の理解を妨げたりはしていない。むしろ、わかりやすさに貢献しています。そこが実にクオリティ高い!と思います。

 

③キャラクターを表現するアニメーションのスタイル

斬新で、それでいてわかりやすい。なおかつ、気持ちいいんですよね。

主人公である黒人少年マイルス・モラレスの世界。ストリートアートと、ヒップホップの世界。それが、映像表現そのもののスタイルになっている。

つまり、ただアメコミを再現しているだけでもないんですよ。動くアメコミを実現しつつ、同時に動くストリートアート、目で見るヒップホップにもなっている。

それが、ただただ気持ちいい!です。

 

マイルスのスタイルはクールなんだけど、同時に彼はまだ幼い中学生の少年でもあって。

等身大の悩みを抱えた、ティーンエイジャーらしい垢抜けなさ。それもまた、マイルスのスタイルになっています。

マイルスの好きなこと、理想の姿と現実の姿。彼の世代、年齢。そういった、彼を形作るもの、つまりは彼の外面と内面が、アニメーションのスタイルそのものによって、表現されていくんですね。

キャラクターと、それを表現するアニメーションが、完全に一致している。だから、観ていて非常に気持ちがいいのです。

 

キャラクターごとに、アニメーションのスタイルを少しずつ変えていく。たとえば、常に軽快で躍動感のあるマイルスのアニメーションに対して、警官である彼の父親のアニメーションは、落ち着いていてノーマル、保守的な作りになっています。

また、この映画以前の本来のスパイダーマンであるピーター・パーカーも、従来の実写版を思わせるような、比較的オーソドックスなアニメーションになっていますね。

一方で悪役であるキングピンは、人間のまともなシルエットも無視した、異様にデフォルメされたスタイルになっていたり。

そんなふうに、キャラクターごとに少しずつ違うアニメーションが、一つのアニメの中に共存している。全体が、まさしくマルチバース状態になっているんですね。

だから、映画のテーマであるマルチバース…異なる次元から、何人ものスパイダーマンが大集合するといういわば無茶な設定が、驚くほどスムーズに描かれていくのです。

 

後半では彼だけモノクロのノワール調スパイダーマン、日本のアニメみたいな女子高生スパイダーマン、更にはカートゥーンの世界からやってきたスパイダーピッグまで合流して、画面はあらゆるアニメスタイルのごった煮状態になります。

それでも、はちゃめちゃなカオスには感じない。しっかりとこの世界の中でのリアルとして受け取ることができちゃうのは、映画全体をアニメスタイルのマルチバースで貫いているからですね。

ここまでで大胆なことをすると、白けてしまったりもするものですけどね。それがない。

熱いテンションを保ったまま、ヒーローの物語に没頭することができます。

④少年の成長を描く超王道

それだけ思い切った、実験的と言っていいスタイルで描いていくにも関わらず、物語は超王道なんですね。

未熟な少年の、成長の物語。何もできなかった少年がヒーローになるまでを、とても丁寧に、丹念に描いていきます。

 

モラレスは普通の中学生だから、クモに噛まれてスーパーパワーを得たからと言って、一足飛びにヒーローになれるわけではありません。

だって、怖いから。いくら強いかと言っても、悪人の前に立ちはだかって戦うのは、そう簡単に受け入れられることじゃない。

その葛藤を、これまでの実写版以上に丁寧に描いていたと思います。

主人公が煮え切らないとヒーローものとしてはジリジリしちゃいそうなところですが、本作ではマルチバースからやって来た大勢のスパイダーマンたちが大活躍してくれるので、決して停滞することはないんですね。

 

いきなりビルから飛び降りる勇気なんて出せない、普通の中学生モラレスが、どうやってヒーローになっていくのか。

そこはやはり、周囲の人々の導きがあってこそ。両親や、アーロン叔父さんや、ピーター・B・パーカー、グウェン、メイおばさん、先輩スパイダーマンたち…多くの人びとに支えられ、時に諭され、少年は少しずつ成長していくことができます。

 

これはもう本当に、普遍的なストーリー。

大人たちのマイルスへの関わりの描写が、とても丁寧なんですよ。厳しい父親の息子への愛情、わかっていて見守ってくれる母親、スタイルの師匠であり反面教師でもあるアーロン叔父さん…みんながそれぞれ役割を持っていて、自分の意思でマイルスの成長を手助けしていきます。

 

そして、そんな助力があってこそ、マイルスも頑張れる。

助けてくれたみんなを守りたいと思うから、悪に立ち向かう勇気が出せるのです。

 

本作のプロットそれ自体も、マイルスの成長を導いていきます。

加速器を使って別次元のスパイダーマンたちを本来の世界に帰し、その後に加速器を破壊する…というのが目的になるので、必然的に最後はマイルスが一人で残って戦うことになります。

プロットの最初から、この展開が約束されているのでね。とってつけたような、わざとらしいところがまるでない。

 

そして最後、僕たちは、あんなに情けなかったモラレスが、見事にスパイダーマンとなって戦うさまを熱い想いで見つめることになるんですね。

モラレスと同世代の観客はどっぷりと感情移入して観ることができるし、大人の観客はまるで成長した我が子を見守るような気分で、これまた入れ込んで観ることができると思います。

⑤理想的アメコミヒーロー映画!

というわけで!すべてがきれいに繋がっています。

アメコミを映像で再現することを大きなテーマとしつつ、アニメーションの独自性がそのままキャラクターの表現になっている。

キャラクターごとにスタイルを変えていく手法が、マルチバースという突飛な設定を自然に見せている。

そして様々なスタイルを持つ人々の関わり合いを通して、成長していく少年を描き、アメコミヒーローの誕生を丁寧に描き出す。

 

その果てに浮かび上がるのは、「誰でもヒーローになれる」というスパイダーマンの精神。

劇中でスタン・リーが言っていた通りに。

荒唐無稽なアメコミの世界が、ただ幼稚な子供騙しに終わらない。現実世界で頑張る糧にできるんですね。

だから見事に! 理想的なヒーロー映画だったと思います。最近の作品では、珍しいくらいに。

 

悪の描き方も良かったですね。失った奥さんと子供を取り戻すために、世界全体を危険にさらす実験に突き進むキングピン。

同情できる動機を持ってるんだけど、あくまでも許されない悪として扱うのが良かったと思います。

やっぱりこれって悪だよね!と、「アントマン&ワスプ」を思い出したり。あれに出て来た主人公陣営のやってたことは、ほぼキングピンと同じでしたね。

一連の「アベンジャーズ」にしても、「X-MEN」とか「ジャスティス・リーグ」にしても、だんだん一般人そっちのけでヒーローたちの内部で終始する話になってきて。

「大いなる力には大いなる責任が伴う」という基本に立ち返っていたのも、むしろ新鮮だったと思います。

 

ついでに言うと、ポストクレジットシーンも良かったです。脱力ギャグだったけど、ともかく広告でなくて良かった!