The Only Living Boy in New York(2017 アメリカ)
監督;マーク・ウェブ
脚本:アラン・ローブ
製作:アルバート・バーガー、ロン・イェルザ
製作総指揮:ジェフ・ブリッジス、マリ・ジョー・ウィンクラー=イオフレダ、ジョン・フォーゲル
出演:カラム・ターナー、ケイト・ベッキンセイル、ピアース・ブロスナン、シンシア・ニクソン、ジェフ・ブリッジス
①人と街の世代の物語
冒頭、ニューヨークの今と昔がアニメーションで説明されます。
昔のニューヨークは、とても危険で刺激的な、アーティストの街だった。
でも今は、危険なのはむしろ郊外の方で、ニューヨークは刺激のない安全な街に成り果てている。スタバとビジネスマンの街。
そんな現代のニューヨークで、二つの世代が描かれていきます。
今のニューヨークを生きる、青年トーマスの世代。
そして、彼の両親やその周辺の人々の世代。
トーマスの父は出版社の社長で、ビジネスで成功したセレブです。トーマスの母は鬱病に悩んでいて、彼女の慰めのための夕食会にトーマスも参加します。それは、古い世代の人々が昔のヒップだったニューヨークを懐かしむ会合。
トーマスが「今いちばん先端を行くのはフィラデルフィアだ」なんて言っても誰も取り合わず、在りし日のニューヨークについて語り続けています。
ちょうど、日本のある世代がバブルを懐かしんでその話ばっかりするみたいですね。
ニューヨークという街の変遷を通して、昔と今の世代がくっきりと映し出されていきます。
トーマスの両親の世代の人々は、今ではすっかり常識人として落ち着いているけれど、みんなアーティストに憧れて、ヒップで先端を行くニューヨークに集まってきた人たちなんですね。
だから、トーマスの両親も同じ。彼らも、若い頃はもっとトンがった考え方を持っていた。
これが、伏線! 終盤に明かされるある事実の伏線になっています。
この手の「昔はすごかった」系の話って、若い世代にとっては結構ウザくて面倒くさいものですよね。
でも、トーマスはそんなにイラッとせず、自分からも「現代のニューヨークにはソウルがない」とか言って両親世代に同調できるんですね。基本的に優しくて、波風を立てない。こういうところ、とても現代の若者っぽいです。
それぞれの人物の性格描写、物語の中での配置が的確で、迷いがない。とても観やすい、スマートな映画になっていると思います。
ニューヨークを舞台に、ニューヨークという街の特殊性を存分に織り込んで描いているんだけど、でも親子関係や世代間の微妙なズレの描き方は、普遍性があるんですね。
観ていてとても共感するし、自分の親のことをふと考えたり、逆により若い世代と自分との関係に思いが及んだりします。
僕はトーマスよりはだいぶ年上で、でもトーマスの親の世代よりはまだだいぶ年下…という世代なので、両方の立場に思いをはせながら観てしまいました。
どっぷりハマって没入する映画もいいですが、観ながらいろんなことに思いが及ぶ映画というのもあって。
自分の中のいろんな想いを誘発してくれる。それも、映画の良い一面だと思うのです。
②親子関係の物語
映画はトーマスと彼の両親の関係を軸に、父親の浮気相手ジョアンナ、謎めいた隣人ジェラルドという二人のストレンジャーとトーマスの交流を描いていきます。
父イーサンは若いジョアンナと浮気していて、そのことを知ったトーマスは母が知ると大変なことになると焦って、ジョアンナに接触していきます。
しかし、ついジョアンナと関係を持ってしまって、事態は複雑になっていきます。
トーマスの行動原理の第一は母のこと。鬱病の母をきづかうあまり、自分の人生を自由に生きることができていません。
でも、それは彼が決断から逃げているということでもある。母親を言い訳に、人生の重要な決定を避けているのが現在のトーマスです。
優しさと裏腹の、いかにも若者らしいモラトリアムぶりが、自然な形で描かれています。
トーマスの父イーサンは、病気の妻を尻目に浮気をしているわけで、世の良識的にはひどい奴としか言いようがないですが。
でも奥さんとの距離感、家庭がうわべだけであることが徐々に描かれ、イーサンに対してもある種の共感が持てるようになってきます。
そういえば、日本でも最近いくつかありましたよね…。本当なら奥さんを看病するべき立場にあった人たちの不倫が。みんな、言葉は濁すけど同情的でしたよね…。
トーマスの母ジュディスはいかにも現代人的な精神の不安定を抱えていて、自分の息子であるトーマスに依存して、心の均衡を保っています。
でも上記のように、トーマスの側もある意味で依存しているんですね。
成功者の街ニューヨークで、ビジネスの上で成功して、いかにも幸せであるように見えるトーマスの一家が、実のところ崩壊寸前であることが、少しずつ明らかになっていきます。
その視点で見ると、イーサンの浮気はむしろ、そんな異常な虚構を突き崩そうとする行為であるようにも受け取れます。
この家族の様子を外から見守って、トーマスにアドバイスを送るのが隣人ジェラルドですが。
映画の大詰めて、トーマスの家族とジェラルドの意外な接点が明かされることになります。
そして、実は全体が同じ一つの話であったこと。
古い、今とは異なる昔のニューヨークで起こっていた話から端を発していたことがわかる仕掛けになっています。
様々な伏線がカチッと収まるところに収まる、この結末はとても気持ちが良いものになっています。
サイモン&ガーファンクル「ニューヨークの少年」
③サイモン&ガーファンクルの主題曲
映画の原題は「The Only Living Boy In New York」。サイモン&ガーファンクルの曲名です。
曲の邦題は「ニューヨークの少年」。1970年のアルバム「明日に架ける橋」収録です。
歌詞の内容は、ポール・サイモンから相棒であるアート・ガーファンクルに向けたもの。
俳優として映画に出演し、撮影のためにメキシコに飛んだアートに対して、頑張れよとエールを送りつつ、「俺は一人でニューヨークに取り残されているからさ」と孤独だかイヤミだかをポールが呟く歌になってます。
デュオの絆あってのジョークであり、純粋な応援である一方で、このアルバムを最後にデュオが解散してそれぞれソロ活動に移っていったことを思うと、僻みとか妬みみたいなのも本音に見えてきますね。
映画に中では、ジェラルドがトーマスをこの名前で呼んでいます。
記憶の中の古いニューヨークに生きていた古い世代に取り囲まれて、たった一人現代のニューヨークに取り残された少年。
この意味合いは、ジェラルドの過去が明かされることで、また少し違った意味も持ってくるんですね。「忘れ形見」的な意味合いが…。
サイモン&ガーファンクルといえば、つい最近も「明日に架ける橋」収録曲「Baby Driver」をタイトルにした映画がありました。
なんか、流行ってますね。60年代の楽曲の中でも、叙情的なサイモン&ガーファンクルってやっぱり古めかしい、オヤジ臭い感じがありましたが、時代が一巡りしたんでしょうか。
全然関係ないけどCarter The USMの「The Only Living Boy In New Cross」いい曲!
④作家になる物語
もう一つ、僕がこの映画を好きだったポイントは、これが「青年が作家になる映画」だということです。
個人的に、このプロットに弱いんですよ。「ベティ・ブルー」とか。
作家が主人公の映画…じゃなくて、何者でもない若者がいろんな鮮烈な経験をして、人生の経験値を積んで、その結果として作家になる映画。
作家の生まれるまでを描いた映画、とも言えます。
表現するということは、誰にとってもとても大事なことだと、個人的に思っていて。
人生における困難とか、後悔とか、様々な負の要素を受け止めて解消してくれるものが、表現だと思っているのです。
だから、この映画の中では様々な出来事が描かれ、倫理的にかなり問題のあることも描かれているんだけど、その出口として、表現がある。
そのことで、とても腑に落ちる映画になっているのです…僕にとっては。
個人的「作家になる映画」ベスト作「ベティ・ブルー」
⑤気になった点は…
一方で、これはどうかな…と思ったのは、ジョアンナの描き方。
父親と息子の両方と同時進行で関係を持って、なおかつ「真剣だった」と言い張るキャラクターなんだけど、ちょっと説得力に欠けますね。単なるひどい女みたいになってます。
ジョアンナの描き方は、昔の映画みたい…古いロマンチック・コメディとかで、女性が結構エゲツない行動とってたりするのを思わせます。
現代の映画の中で位置づけるには、やっぱりもうちょっと確かな動機とデリカシーが必要だったような。
作り手もどう扱っていいかわからないふうで、ちょっとかわいそうなキャラだな…と感じました。
この辺が気になる人、結末がご都合主義だと感じて乗れない人、一定数いるとは思います。
でも、僕はそんなには気にならなかったですね。多少の粗はあれど、基本的に心地よい映画体験でした。
語り口で軽快で、テンポがとても良く、リズム感があるので、最後まで気持ち良く乗っていくことができました。
ニューヨークの空気感も、よかったですね。本当にそこに行ってるような、臨場感を感じました。行ったことないけど。
マーク・ウェブ監督の前作。
マーク・ウェブ監督の映画デビュー作。