The Post(2017 アメリカ)

監督:スティーヴン・スピルバーグ

脚本:リズ・ハンナ、ジョシュ・シンガー

製作:エイミー・パスカル、スティーヴン・スピルバーグ、クリスティ・マコスコ・クリーガー

音楽:ジョン・ウィリアムズ

撮影:ヤヌス・カミンスキー

メリル・ストリープ、トム・ハンクス、サラ・ポールソン、ボブ・オデンカーク、トレイシー・レッツ、ブルース・グリーンウッド

 

①ジャーナリストの映画、というだけじゃない

アカデミー賞では作品賞と主演女優賞にノミネートされ、授賞式ではことあるごとにメリル・ストリープがネタにされていじられていたけど、無冠に終わったスピルバーグの「ペンタゴン・ペーパーズ」。

観る前は、なんとなく予想のつく感じかな…と思っていたんですよ。

スピルバーグにメリル・ストリープにトム・ハンクス、ニクソン政権に対抗して表現の自由を守ろうとするジャーナリストの物語…ですからね。

そりゃあ面白いだろうけど…いかにも堅実そうで、予定調和の匂いがするのは否めない。

 

ところが観てみると、結構予想と違った!

予想通りの戦うジャーナリストの物語ではあって、それはもちろんめっぽう面白いんだけど、でもそれだけではなくて。

今年のアカデミー賞の潮流に、むしろふさわしい作品。

「スリー・ビルボード」で主演女優賞をとったフランシス・マクドーマンドが、ハリウッドにおける女性の地位向上を訴えていましたよね。

この映画も、実は女性の地位向上がメインテーマ。ジャーナリズムや企業経営という男性上位の社会の中で、女性の立場を描く物語です。

 

邦題の「ペンタゴン・ペーパーズ」は劇中に登場する政府の秘密報告書のことですが、原題は「The Post」

新聞の意味であり、ワシントン・ポストの意味であるとともに、「地位、役職」の意味でもあります。

女性でありながら新聞社の社主という、ポストについての物語。そういうダブルミーニングのこもったタイトルになっています。

 

②自信の持てない女性経営者

メリル・ストリープ演じるキャサリン(ケイ)・グラハムはワシントン・ポスト社のオーナー。夫の不慮の死を受けて会社を相続し、多くの読者を持つ新聞を発行し続けてきました。

政治家や財界に多くの友人を持ち、会食やパーティーを重ねる彼女の生活は華麗なセレブに見えますが、しかし実際のところでは、彼女のポストはそれほどの重きを置かれてはいませんでした。

企業経営はやはり男性上位の世界であり、女性であるキャサリンは投資家や銀行にも重く見られず、重鎮の取締役たちは彼女を形だけの代表のように見なしていました。

 

自身は映画界の重鎮と言えるメリル・ストリープですが、ここでは彼女はキャサリンを、企業経営にまだ自信も確信も持っていない、頼りない雰囲気の女性として演じています。

周りの誰もが、彼女は優秀な夫のおかげで社主になっただけであって、本当はポストに見合う器じゃないと思っている。

そして彼女自身も、それに同意してしまっている。

夫の遺志を継いで、会社に対して責任を持ちたいとは思っている。でも、夫が死ぬまでろくに働いたこともなく、いきなり大企業のオーナーになったキャサリンは、どこかふわふわしたお嬢様気質が抜けない。

 

キャサリンの自信のなさを示すのがスピーチです。

彼女が、重要なスピーチを前にして緊張するシーンが何度も出てきます。そして実際の場面では何も言えず、会長のフリッツがさっさと代わりに発言してしまいます。

彼女を取り囲む投資家たちも、形式上は彼女に挨拶しつつも、実際の問題に関しては彼女に意見を求めようとはしません。そんなことをしても無駄だと思っている。

そして、キャサリンもそれを受け入れてしまっています。

 

そんな彼女にとって大きな転換点となるのが、ペンタゴン・ペーパーズ事件、ということになります。

③表現の自由か、会社の安定か

歴代の大統領の命令で作られ、政府がベトナムの戦況悪化を知りながら、国民を欺いていた証拠となる最高機密文書、ペンタゴン・ペーパーズ。

映画は冒頭、ベトナムの過酷な戦場から始まることで、正義感にかられた男が文書を流出させることに説得力を持たせています。

 

文書はまずニューヨーク・タイムズのスクープとして世に出て、世間は騒然として反政府デモや戦争反対の機運が高まることになります。

ニクソン大統領は激昂して、記事の差し止め命令を出させます。ニューヨーク・タイムズは記事の掲載を中断せざるを得なくなります。

ワシントン・ポストの主幹記者であるベン・ブラッドリー(トム・ハンクス)は奔走し、文書のコピーを手に入れることに成功します。

 

ここで、ワシントン・ポストはスクープを掲載するチャンスを得ることになりますが、しかし同時に難しい選択を迫られることになります。

大統領の差し止め命令が出ているわけなので、記事を掲載すれば犯罪として逮捕されるかもしれない。

 

会社の代表者として、キャサリンは重大な決断を迫られることになります。

大統領が新聞記事を差し止めるという、表現の自由を揺るがす前代未聞の事態。圧力に屈せず記事を掲載し続けることは、ジャーナリズムの使命だと言えます。

一方で、記事の掲載は会社を危険にさらすことになります。投資家が手を引き、進んでいた株式公開もおじゃんになるかもしれない。夫から相続した会社に致命的なダメージを与え、大勢の従業員たちを路頭に迷わせることになるかもしれない。

他の取締役たちは当然反対します。そもそも、キャサリンがそんな重要な決断を下すべきだとさえ思っていない。

 

難しい決断を迫られ、それに立ち向かうことで、キャサリンはあらためて自らの立場を自覚し、リーダーとして踏み出すことになります。

そのためのきっかけの一つになるのが、かつて苦手なスピーチのために娘が書いてくれたメモなんですね。細やかな伏線が行き届いています。

 

女性だから、重要な決定なんてできない、すべきでないと思われている。

そこに大きな突破口を開く瞬間。キャサリンが取締役の進言を退け、自分の意志を貫くシーンは、そういう劇的な瞬間であると言えます。

しかし、女性の権利云々を声高に言うのではなく、あくまでもスクープをめぐるスリリングな物語を面白く見せておいて、さりげなくそんなテーマを浮かび上がらせている。

その辺り、さすが娯楽映画の第一人者スピルバーグと思わせます。

 

メリル・ストリープ。トム・ハンクスらが語る特別映像

④スピルバーグ流「ガラスの天井」映画

アメリカ社会の「ガラスの天井」が話題になったのは、ヒラリー・クリントンの大統領選の時だったでしょうか。

現代でも、アメリカの企業で女性がトップを占めているのは25%程度。そのうち大企業のみに絞ると5%程度になってしまいます。

トップ以上に、役員や管理職での女性比率はまだまだ低く、アメリカでも女性が男性に比べて昇進しにくく、トップに立ちにくい現状は変わらないようです。

日本の大企業では1%に満たないのが現状だから、とても偉そうに言えたものではないですが。

 

「入社したての若い女性ががむしゃらに頑張って、認められる」コメディ仕立てのサクセスストーリーは映画でもよくありますが、本当の障壁はその先にあるのだと言えそうです。

本作は、これまであまり扱われることのなかった、トップ層における女性の進出について取り上げた作品と言えます。

 

後半は裁判の展開に入っていくわけですが、裁判の世界も男性ばかり。どこまでいっても、キャサリンは一人で冷めた視線にさらされることになります。

マスコミも男の世界なんですね。判決のあと、記者たちはみんな男性であるニューヨーク・タイムスのオーナーの方に詰めかけ、キャサリンには興味を示しません。

でも、そんなキャサリンに尊敬の眼差しを向けているのは、反政府デモのために駆けつけたヒッピースタイルの大勢の若い女性たち

キャサリンが、女性たちのための重要な一歩を確かに切り拓いたことを、饒舌な言葉によらず示しています。

いかにもスピルバーグらしい、控えめながら感動的なシーンじゃないでしょうか。

⑤そしてもちろん、時代を反映

今の時代にペンタゴン・ペーパーズ事件を映画化するのは、当然のことながら、現代の状況を反映しています。

大統領がマスコミをフェイクニュース呼ばわりして、公然と圧力をかける時代。やはりこの映画も、トランプ政権へのカウンターの一つとして作られた作品だと言えます。

多いですね…このブログでも、いろんな映画のレビューの中でトランプ大統領の名前を出している気がします。

やはりそれだけ、衝撃的な大事件なんですよね。

 

今の公開だから、日本にいる僕たちはどうしても日本の事件も想起してしまいます。

今の日本でグダグダやってるのはなんかちょっとスケールが小さ過ぎてどうなのかな…という気もしちゃいますが。

しかし、「政府が国民に嘘をついていた」という点では同じなんですよね。僕たちはもっと怒るべきなのかな。

 

ニクソン大統領の姿は映画には直接は登場せず、電話で誰かにわめき散らしている姿が窓越しの盗撮みたいな映像で繰り返し流れます。

ユーモアを込めて描かれたこの姿も、明らかにトランプになぞらえているようです。

 

映画は最後の最後に急にジョン・ウィリアムスのサスペンスフルな音楽が流れて、ウォーターゲイト事件を示唆して終わります。

ニクソンの破滅を予告して終わるわけですが、これも現代のトランプ大統領に対しての皮肉であるように受け取れます。

 

スリルある面白い物語に忍ばせた、いたずらじみたユーモア。これもスピルバーグらしい表現と言えますね。

トランプ政権への異議を大きな動機にしていますが、基本スリリングで面白い物語に徹し、ユーモアも忘れない。女性の地位向上というタイムリーなテーマも、声高に叫ぶのでなく、上品に描き出している。

今回、スピルバーグの良いところがよく発揮された作品なんではないかと思います。