Black Panther(2018 アメリカ)
監督:ライアン・クーグラー
脚本:ライアン・クーグラー、ジョー・ロバート・コール
原作:スタン・リー、ジャック・カービー
製作:ケヴィン・ファイギ
チャドウィック・ボーズマン、マイケル・B・ジョーダン、ルピタ・ニョンゴ、ダナイ・グリラ、マーティン・フリーマン、ダニエル・カルーヤ、レティーシャ・ライト、ウィンストン・デューク、アンジェラ・バセット、フォレスト・ウィテカー、アンディ・サーキス
①アフリカが主役!
画期的な映画だと思いました。
こんな映画、ありそうでなかった。考えてみれば今まで観たことがなかった。
アフリカが舞台で、アフリカ人が主人公で、周りの人もみんなアフリカ人で、敵もアフリカ人で、アメリカもヨーロッパもほとんど出てこなくて、白人キャラも脇の方に一人だけで、それでいてなおかつ黒人客だけを向いているんじゃなくて、子供も含めた一般客層を向いている娯楽作品って、これまでなかったと思うのです。
アフリカをテーマにした娯楽作品というと、例えば「ターザン」とか。
アフリカが舞台なのに、観客が感情移入する先はなぜか白人。ヒロインも白人で、アフリカ人はほとんど動物と同じ扱いだったりしました。
日本でも昔から、「ジャングル大帝」とか「少年ケニヤ」とかみんなそうですよね。アフリカ黒人のキャラクターは、観客が感情移入するメインキャストにはならない。
その辺は古い作品なので当たり前かもですが、じゃあ最近の映画を思い返してみても、状況はあまり変わっていない気がします。
社会問題を扱った固い映画じゃなく、アフリカを舞台に、アフリカ人が主人公で活躍する娯楽映画って見当たらないですよね。
アニメでもないような気がする。何かありましたっけ?
「インデペンデンス・デイ」で落ちた円盤の前で槍持ってる部族の人たちとかね。
映画の中でアフリカ人を見る時、大抵はそういうステレオタイプの未開な部族のイメージで、そこに差別の意図なんてなかったとしても、僕たちは我知らず彼らを見下すように意識づけられてきたように思います。
しかし今回の「ブラックパンサー」では、舞台となるワカンダはむしろ世界でいちばん科学が進んでいる、超文明国の設定です。
世界の危機においても、彼らが先頭に立って対処をしていく。アメリカやヨーロッパに守ってもらうのではなく、逆に世界を守っていく。
ごく自然に、当たり前のように、対等な人々として描かれています。
ワカンダは架空の国で超文明はファンタジーではありますが、しかし先進国であるということは、たまたま資源があるかどうかの問題でしかないんだということが、示されています。
十分な資源があれば科学は発展し、民族衣装や儀式といったアフリカの伝統と同時に存在することができる。
つまり、半裸に近い格好やボディペイント、槍や秘密の儀式といったものは、決して未開の象徴ではない。それはあくまでも「伝統」であって、見下されるようなものではないんだということが、ヒーロー映画の流れの中で、ごく自然に、当たり前に描かれているのです。
そう、観ていると、本当に当たり前のことに思えるんですね。
同じ人間なんだから、時にはアフリカ人が世界を救い、世界を導くことになっても当たり前。
でも、そんな当たり前が今まではほぼ一度も描かれて来なかった。
そういう意味で、とてもエポックメイキングな作品だと思うのです。
②正統派のヒーロー誕生譚
本作はマーベル・ユニバースの一本ですが、クロスオーバーの度合いは薄いです。
父王がテロで死亡する「シビル・ウォー」からの直接の続きになってはいますが、観ていなくても問題なくわかるレベル。過去作に登場していたキャラクターや設定も登場していますが、基本的に本作の中で完結しています。
アベンジャーズの他のヒーローが登場しないのも観やすくていいですね。
同じくシビル・ウォーでデビューしたスパイダーマンの単独映画「ホームカミング」とは対照的です。あちらでは、アイアンマンが主要キャラとして出ずっぱりになっていました。
クロスオーバーの楽しさはシビル・ウォーで済んでるので、今回は単独ヒーローものの面白さに徹したってことでしょうか。
「インフィニティ・ウォー」の宣伝を見ていても感じるように、マーベルのヒーローたちはさすがに飽和状態。一人一人のヒーローの存在感が薄れていく印象があります。
「ブラックパンサー」の成功は、ユニバースにとっても転機になるんじゃないかな。「インフィニティ・ウォー」で行き着くところまで行くだろうから、その後は単独ヒーローものに回帰していくんじゃないかと思えます。
正攻法で描かれるのは、ヒーローの誕生譚。
主人公ティ・チャラがコスチュームを着てブラックパンサーになるのは、前作があるので映画が始まった時点からそうなんですが。ただ、その時点では彼はワカンダだけを守るヒーローに過ぎないんですね。国王だから。
葛藤と成長と自覚、死んで生まれ変わる通過儀礼を経て、彼は世界を守るヒーローになる。真の意味のスーパーヒーローに、生まれ変わるんですね。
その過程が、これまでのどのヒーローものよりも説得力を持って描かれていたと思います。
いや、ヒーローって、実はただのおせっかいだったり、金持ちのシュミだったり…ってことがあるじゃないですか。
しかしティ・チャラは国王であって、彼の王国に責任を負っている。そしてワカンダの資源と科学力というスーパーパワーを持っていて、そこにも責任を負っている。
そして強大なパワーを持つ者は、世界に対して正しくその力を使う責任がある。
王としての義務と責任の帰結として、ヒーローになることが自然に導かれています。責任と自覚を持ってヒーロー活動に取り組む、地に足のついた非常に頼もしいヒーローになっていると思います。
アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー予告編
③みんなカッコいい登場人物たち
登場人物たちが、みんな魅力的です。
チャドウィック・ボーズマン演じる主人公ティ・チャラは極めて正統派のヒーロー。何しろ国王なので、あまり思い切った行動は出来ない。常に清く正しく、文字通りの正義の人であることを要求される。役柄としては、やや損な役回りとも言えます。
特に、悪役キルモンガーが深みのある魅力的なキャラなので、今回はやや分が悪いと言えますね。泣ける要素や燃える部分を、そっちに持っていかれがち。
でも、個人的に、結構こういう立場の主人公が好きなんですよね。周囲が好き勝手に動く中でも、自分だけは頑固に正義を貫く主人公。
王の自覚を持ち、父や祖先の意思を継いで、愚直に見えてもなお正しいことを選んでいく。実に正統派の、ヒーローらしいヒーローだったと思います。
それに対して、おいしい役柄と言えるのがマイケル・B・ジョーダン演じる敵役エリック・キルモンガーですね。
悪役なんだけど、先代の王に父親を殺されている犠牲者であり、熱い思いを秘めた復讐者でもある。
彼の父親が殺されたのは、虐げられた世界の黒人たちを救うために、ワカンダの武器を流出させようとしたから。そしてエリックもその意志を継ごうとする。
エリック・キルモンガーはティ・チャラの鏡像ですね。ティ・チャラが王家の正義を強調すればするほど、そのアンチテーゼであるキルモンガーの存在が際立つことになっていきます。
父を殺された無念も、世界の黒人を救いたいという理念も、どちらも共感できるだけに、キルモンガーは観客に強く感情移入させることになります。対するティ・チャラは正論で押していくことになるので、やっぱり分が悪い。
そして、絶対的な権力を持つ王家に対して、単身立ち向かっていくという構図になります。実に魅力的な悪役と言えます。
それでも、正邪が逆転してしまわないのは、キルモンガーの行動が多くの犠牲をもたらす、間違ったものであることがはっきりしているから。
同情し共感しつつも、最終的には誰もがティ・チャラの側に立って観ていくことになります。だから映画の骨格はブレないんですね。
他のキャラクターたちも、みんな魅力的です。みんな黒人なんだけど、キャラが立っていてちゃんと見分けがつく…って問題発言ですかね。
女たちがいいですね。ルピタ・ニョンゴ演じる女戦士のナキアは国際派で、ワカンダにグローバルな視点をもたらしています。
レティーシャ・ライト演じる王女シュリは頭が良くてメカ担当の妹キャラ。日本のアニメみたいなキャラクターです。
誰よりもカッコよかったのは、ダナイ・グリラ演じる親衛隊長オコエ。
赤いスーツに身を包み、長い槍をブンブン振り回して戦う様はまさに天然のアメコミキャラクター。
いかにもアフリカらしい野性味溢れるマッチョな戦士で、ユーモアもあり、美しい。
ほんと、カッコよかったです。彼女の活躍はまだまだ見たい。
彼女主役のスピンオフとか…無理かな。
④込められた真摯なメッセージ
ただカッコいいだけじゃない。硬派なメッセージも込められています。
キルモンガーが担っている、黒人への差別と虐待という問題。昔から今日までずっと続いている、決して終わらない問題ですね。
映画を観る、特に黒人の観客たちは、みんなリアルにその渦中にある。
キルモンガーとティ・チャラの物語を通じて、そんな彼らに、対立を煽るのではない解決の可能性を示唆しているんですね。
キルモンガーではなくブラックパンサーが担っている、歩み寄り、分かち合うことが事態を打破する可能性。
それが、何よりもクールでカッコいいということ。
これが、未来の子供たちに与える影響はいかほどかと思うんですよ。
これこそが、スーパーヒーローの役割ですよね。スーパーマンが子供たちに正義はカッコいいと伝えるように、ブラックパンサーは黒人の子供たちに和解のカッコよさを伝える。
その点で、ブラックパンサーは見事にスーパーヒーローだと思うのです。
もちろん、黒人に対してだけじゃない。白人にとっても、僕たち日本人にとっても同じだと思います。
冒頭に書いたように、過去の多くの作品から僕たちが知らず知らずに植えつけられてきたアフリカへの差別意識。
でも、今ブラックパンサーを観る日本の子供たちは、そんな意識なんてかけらも持たないはずです。
最初から、クールでカッコいい存在として彼らを見るはず。
この先、アフリカに対する意識はそれが当たり前であるように変わっていくんじゃないでしょうか。
⑤アジア版とか…?
観ててふと思ったんですが、これがアリなら、オールアジア人キャストでアジアが舞台のハリウッド製アメコミヒーローもの、っていうのもアリなんじゃないでしょうか。
アメコミに詳しくないので、そんなふうなアジア人ヒーローがいるのかどうか知らないですが。
「攻殻機動隊」をやってもホワイトウォッシュされちゃうわけで。黒人に比べても、アジア人はまだまだ主役にはなれていない。
アジアが舞台で、アジア人が主役でヒーローで、脇役も敵もみんなアジア人で、なおかつ日本や中国市場だけを向いているんじゃなくて、欧米のキッズが熱狂する映画が作られたら…。
そんな可能性すらも想起させられた映画でした。未来につながる映画だったと思います。
監督ライアン・クーグラーの前作。主演マイケル・B・ジョーダン。
ブラックパンサー初登場。父王の死はこの映画で。