Detroit(2017 アメリカ)

監督/脚本:キャスリン・ビグロー

脚本/製作:マーク・ボール

ジョン・ボイエガ、ウィル・ポールター、ジャック・レイナー、ベン・オトゥール、オースティン・エベール、アルジー・スミス、アンソニー・マッキー、ジェイコブ・ラティモア

 

これは実際の出来事に基づく映画「デトロイト」と、実際にあった出来事との比較を行っている記事です。

「デトロイト」のレビューに関してはこちらへどうぞ。

 

映画「デトロイト」、強烈な映画でした。

その臨場感とリアリティに驚きつつ、「実際には何があったのか」に興味が湧いたので少しだけ調べてみました。

しかし、日本では情報少ないですねアルジェ・モーテル事件

とりあえず英語版のウィキペディア、NHKの番組「デトロイト暴動 真実を求めて」などから拾い集めたものなので浅い情報ではありますが、とりあえず覚え書きとして書き留めておこうと思います。

①事件発生まで

1967年7月25日の夜、事件の舞台となったアルジェ・モーテルの別館には12人の滞在客がいました。その内訳は以下の通り。

 

マイケル・クラーク 黒人男性

カール・クーパー 17歳 黒人男性 銃撃により死亡

ロデリック・デイヴィス 黒人男性 ドラマティックスのメンバー

リー・フォーサイス 黒人男性

ロバート・グリーン 26歳 黒人男性 ベトナム退役軍人

ジュリー・ハイゼル 18歳 白人女性

カレン・マロイ 18歳 白人女性

チャールズ・ムーア 黒人男性

オーブリー・ポラード 19歳 黒人男性 銃撃により死亡

ラリー・リード 黒人男性 ドラマティックスのメンバー

ジェームズ・ソーター 黒人男性

フレッド・テンプル 18歳 銃撃により死亡

 

映画では、ロデリック・デイヴィス、チャールズ・ムーア、ジェームズ・ソーターの3人が省略されていて、計9人が登場しています。

 

アルジェ・モーテルは暴動が始まった12番街の1マイル東に位置していました。モーテルは1965年から黒人経営者に所有されており、黒人客が多く集まる場所となっていて、事件以前から薬物と売春の中心地として警察に目をつけられていました。

表通りのウッドワード・パークに面する建物の裏側に3階建ての別館があり、バージニア・パーク・ストリートに面していて、独立して出入りすることができました。事件が起きたのはそちらの別館になります。

 

アルジェ・モーテルの外観。現在は建物はなくなっています

 

暴動が始まった7月22日土曜日にドラマティックスのメンバーはアルジェ・モーテルにチェックインしました。彼らは事件の起こった25日火曜日までそこに滞在していましたが、グループのメンバーのうち3人(ロン・バンクス、ラリー・デンプス、マイケル・カルホーン)は先にモーテルを出ています。ラリーとロデリック、フレッドの3人が残されました。

この辺りの経緯は映画では短縮され、ロデリックも省略されていますが、概ね事実に沿って描かれています。

②事件の夜の出来事

1967年7月25日の夜、デトロイト市警、ミシガン州警察、ミシガン州兵からなる暴動鎮圧チームは、アルジェ・モーテルの1ブロック北にある保険会社の建物を警護していました。警備員のメルビン・ディスミュークスは、通りを渡った向かいの店の警備をしていました。

真夜中過ぎに銃声が聞こえ、警官たちはアルジェ・モーテル別館の窓に人影を目撃。その窓に銃弾を撃ち込んで、3つのエントランスから建物に乗り込んでいくことになります。

 

NHKの特番では、リー・フォーサイスのインタビューを放送していました。映画ではペイトン・アレックス・スミスが演じていた、カール・クーパーの友人の一人です。当時は19歳でした。

リーオーブリーマイケル、それにカールの4人は3階の部屋にいて、一人がモデルガンを発砲しました。これはレースなどで使うスターター用のピストルということで、証言などではカールは仲間に向かって撃ったことになっていますが、映画を見る限りカールは窓から警官たちに向かって何発も撃ってますね。

この時、カールは17歳。リーとオーブリーは19歳で、マイケルも似たようなものでしょう。要するに、イキがった子供だった。リー本人も、「俺たちはガキだった」と言っています。「警官たちにあっちへ行けと叫んだ

これが、地上にいる警官たちからは窓にいるスナイパーに見えたわけですね。

「そしたら突然、一発撃ち込まれた。そのあと次々撃ってきた」

「俺はドアをぶっ壊してでも逃げ出そうとした。突入してくる音が聞こえ、警官が俺に向けてショットガンを装填した。死を覚悟したが、弾詰まりが起こった。警官は下に降りろと言った。1階に降りたら、カール・クーパーの死体を目にした。警官が、そいつはもうくたばってるぜと吐き捨てた」

 

映画では、カールは警官の突入にビビっていちはやく逃げ出し、階段を駆け下りたところを飛び込んできたクラウスに出会い頭に撃ち殺されたことになっています。

実際には、カールの死ははっきりと説明されませんでした。誰もが「建物に入った時にはカールは既に死体となって転がっていた」と主張しました。そして、デトロイト市警、ミシガン州警察、州兵のいずれのグループも、最初に建物に入ったことを否定しました。

警官たちはカールはモーテルの中の誰かによって突入前に殺されたのだと説明しようとしましたが、カールの傷は当時デトロイト警察が使用していた散弾銃のタイプと一致していました。

また、複数の生存者たちが、突入してきた警官たちが警告もなしにクローゼットや部屋のドアに銃弾を撃ち込み、その後で人がいるかどうかを確認していたことを目撃していました。

結局、カールの死の責任を問われて逮捕されたものは誰もいませんでした。

 

その後、モーテル別館の11人の滞在者たち(映画では8人)は1階の廊下に集められ、壁に向かって並ばされて、狙撃犯の名前を言うように迫られました。彼らは本当のことを言わない限り殺すと脅され、銃の台尻で何度も殴られ、女性たちは「ニガーの愛人」と呼ばれ、服を剥がされて裸にされました。

男性の何人かは床に置いたナイフを示され、それを拾って反撃するよう誘われました。拾ったが最後、正当防衛で射殺される罠です。

そして、いわゆる「死のゲーム」が行なわれました。彼らは一人ずつモーテルの別室に連れて行かれ、密室の中で脅しや銃声によって黙らされ、殺されたと見せかけるように命じられました。

映画では、その顛末がじっくりと描かれています。

 

リーも証言しています。

「警官が俺を別室に連れて行った。殴られて悲鳴をあげる真似をしろと言われた。俺はその通りにした。

 今度はオーブリーが連れて行かれた。あいつはおとなしく言うことを聞く奴じゃなかった。言う通りにしていれば殺されなかったのに。やがて銃声が聞こえた」

 

アルジェ・モーテル1階の見取図。右の部屋でカールが、左上の部屋でオーブリーとフレッドが死んでいた

③警官たちの映画と実際

向かいの店で守衛をしていたディスミュークスは、警官たちより少し遅れてモーテルに入りました。ディスミュークスは、警官が黒人たちを廊下に並ばせて銃はどこだと凄んでいるのを見ました。女性の一人は服を引きちぎられていました。

ディスミュークスはを探しましたが、見つかりませんでした。アルコールも、ドラッグも、警官があると見なしたものは何も。

ディスミュークスはリーダー格の若い警官に何もなかったことを報告しました。彼が、大声で叫び暴力を振るった張本人でした。

カールのスターター用のピストルはこの時には見つかりませんでしたが、後に発見されています。モーテルからは、これ以外の銃は一切発見されませんでした。

 

ディスミュークスが目撃した警官は3人。

デイヴィッド・セナック、23歳。

ロバート・ペイリー、30歳。

ロナルド・オーガスト、21歳。

この3人は、映画ではまったく別のキャラクターに変えられています。

フィリップ・クラウス(ウィル・ポールター)、フリン(ベン・オトゥール)、デメンス(ジャック・レイナー)の3人ですね。

ポールターは自分の役を「2、3人の実在の人物の混合」と言っていますが、彼が演じたクラウスが、セナックをイメージしていることは明らかであるようです。

実際、セナックは暴動の初期に2人を殺していると言われていました。映画では、クラウスは逃げる窃盗犯を背中から撃って殺しています。

犠牲者が全員実名なのに警官たちが偽名になっているのは、裁判で無罪になっている彼らへの配慮でしょう。それでも、相当名指しの非難に近いものにはなっていますが。

 

セナックは州兵のテッド・トーマスに、「誰か一人殺したいか?」と尋ね、テッドは一人を連れていって、天井に向けて銃を撃ち、殺された振りをさせました。

その後、ロナルド・オーガストがオーブリー・ポラードを1階のA-3の部屋に連れていきました。オーブリーはそこで殺され、オーガストは彼を銃殺したことを認めつつ、正当防衛だったと主張しています。オーブリーが銃を奪おうとしたのだと。

映画では、クラウスの指示を受けたデメンスがそれを真に受けて、本当にオーブリーを射殺してしまう…という展開になっています。

 

残りの被疑者たちは、その後カールがスターターピストルを撃ったことを証言したようです。

彼らがなぜ真実を言わないのか(こんな目にあってまで)」というのが映画を観ていていちばん気にかかる疑問点だったのですが、実際には証言はしていたようです。

実際にどのような状態だったのかは想像するしかないですが、最初のうちは混乱と、警官への反感で黙っている。後になって証言しても、今度は警官たちが信じない…というような展開は、あり得ることかもしれません。

 

事態がそこまで進んだところで、モーテルの外で銃声が聞こえ、警官たちはそちらへ向かいました。残った数人の警官は残された者たちに、さっさとここを出て家に帰るよう伝えました。さもなければ、彼らもいずれ殺されるだろうと。

3人目の犠牲者、フレッド・テンプルの死はこの後に起こりました。モーテルを立ち去った者たちはその時点でフレッドがまだ生きているのを見ていましたが、それにもかかわらずフレッドはオーブリーと同じA-3の部屋で死体で発見されることになります。

 

映画では、クラウスが残った者を一人一人呼び出し、ここで起きたことを口外しないように命じるという展開でした。それに応じた者はそのまま自由になりましたが、応じなかったフレッドはクラウスに撃たれてしまいます。

関係者の証言によって構成された映画がこのような展開になっているということは、少なくともグリーンやラリーに関しては、セナックがそのように振る舞ったということなのでしょう。しかし、フレッドに関して何が起こったかは、推し量ることしかできません。

映画のようなことが起こったというのが誰もが想像する事実であるように思われますが、密室に起こった出来事で、唯一証言できるのがセナックである以上、正当防衛とのセナックの証言を覆すのは事実上困難です。

 

事件の後、警官たちは若者たちの死をデトロイト警察に報告しませんでした。若者たちの死体はアルジェ・モーテルの警備員によって発見され、報告されることになります。

 

④殺人罪についての裁判

アルジェ・モーテル事件の死者は、初めのうち狙撃犯との銃撃戦によって起こったものと報じられました。しかし、徐々に殺されたのが非武装の若者であったことがわかってきました。

 

最初に起訴されたのは、黒人の警備員であるディスミュークスでした。彼はモーテルの廊下で行われた、ジェームズ・ソナーとマイケル・クラークへの激しい暴行の罪で告発されました。

彼の裁判は1968年5月に行われ、判決は無罪でした。

 

ディスミュークスへの予期せぬ告発は映画終盤の見せ場になっています。自分を善意の第三者と思い込んでいたディスミュークスが取調室に連れ込まれ、いきなり自分が容疑者であることを知る展開は、ジョン・ボイエガのワナワナする演技も相まって実に恐ろしいシーンになっていました。

このまま彼への尋問とか拷問が続いたらイヤすぎる…という気持ちになりましたが、幸いというかなんというか、この展開は映画ではそれ以上描かれることはありませんでした。

史実を見ると、ディスミュークスは相当長きに渡って容疑者として扱われ、どちらかというと警官たちと同じ側の人間として扱われていたようです。

 

8月下旬、24歳の人権活動家、黒人のダン・オルドリッジが呼びかけて、デトロイトの黒人たちによる人民法廷が開かれました。

そこでの被告はペイリー、ディスミュークス、州兵のテッド・トーマスの3名でした。

 

2人の警官、ペイリーとオーガストはオーブリー・ポラードとフレッド・テンプルの殺害に関して、殺人罪で起訴されました。

フレッド殺害に関してのペイリーの容疑は却下され、裁判が行われたのはオーガストのオーブリー殺害に関してのみでした。

オーガストは当初、彼がモーテルに到着した時には3人は既に死んでいたと主張していましたが、後に証言を変え、オーブリーを撃ったことを認めました。ただし、正当防衛で。

オーガストはオーブリーが彼の銃を奪おうとしたと証言しました。密室の出来事なので誰も真実を知ることはできませんが、部屋の外にいた州兵のテッド・トーマスはオーガストとオーブリーが争うような物音は聞いていないと証言しています。

 

映画は、オーブリーやフレッドが銃を奪おうとしたというような事実はなかったという立場に立っています。

しかし、仮にそのような事実があったとしても、警官の正当防衛が認められるというのは乱暴な話であるように思えます。警官たちは「殺す」と脅していて、実際に数人に死んだふりをさせて本当に殺したと思い込ませていました。このままでは殺されるとわかったとき、死ぬ気で反撃を試みるのは人間として極めて自然なことです。

 

裁判の中で、テッド・トーマスはオーガストがオーブリーを撃ったこと、デイヴィッド・セナックが暴行を命じたリーダーであったことを証言しました。

セナックは証人として出廷し、オーガストまたはペイリーが銃を撃つのを見ていないと証言しました。

 

全員白人の陪審員が出した結論は、無罪。オーガストは正当防衛が認められました。

⑤人権に関する裁判

1968年5月、アメリカ連邦検事局があらためてオーガスト、セナック、ペイリー、それにディスミュークスを人権に関する共謀罪で起訴しました。

1970年1月になって、会場をミシガン州フリントに移して裁判が行われましたが、陪審員には今回も黒人はいませんでした。

 

生き残った人々たちが出廷して証言しましたが、現場の混乱や恐怖ゆえか、彼らの多くは被告人がモーテルにいたと確実に見分けることはできませんでした。銃声を聞いた者も少なく、また暴行や殺人の瞬間も目撃されてはいませんでした。

 

セナックの弁護人は、フレッド・テンプルがセナックのリボルバーをつかんだために、撃たれたのだと主張しました。州兵の一人が、部屋の中から物音と銃声を聞いたと証言しました。セナックが「奴が俺の銃を取った」と何度も叫ぶ声も。彼が部屋の中に入るとフレッドはベッドの脇に横たわってまだ息をしていましたが、彼の知る限り助けが呼ばれることはありませんでした。

 

9時間の審議の後、全員白人の陪審員は4人の無罪を決定しました。

 

暴行と殺人で告発された3人の警官のうちで、セナックだけが現在でも存命しています。家族にも恵まれ、穏やかな老後を過ごしているとのことです。

 

 

 

 

 

「デトロイト」公式サイト

「デトロイト」レビュー