8月19日の北海道新聞朝刊の記事です。
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要約すると
『ハウス栽培に使用する重油の値段が上がり、農家の経営が厳しいので、燃料の値上がり分を野菜の卸値に上乗せするサーチャージ制導入の是非』
って言う記事です。
賛成です。
そりゃぁ値上げ自体は困りますが、経営努力だけで吸収できない経費の上昇分を価格に転嫁するのはやむを得ないのでは。
でも、チョッと待ってください。
そもそもですね。
『食品の価格に燃料費の上乗せ』
って、輸送コストならわかるんです。
しかしこれは
『本来夏にしか収穫できない作物を
無理やり冬の育てる(貯蔵する)事に対しての代償』
なわけで。
あ、これはハウス栽培を批判しているわけじゃあないんです。
『冬に新鮮なきゅうりを食べたい』とか
『冬に摘みたてのいちごを食べたい』
といった自然の摂理を無視したニーズに疑問を感じるんです。
むしろ、そういった消費者のワガママに応えるべく
ハウス栽培の技術革新やノウハウの構築に尽力した関係者の方、
収穫の日まで一年中一日も休み無く農業に従事する方々には
惜しみない賞賛を送りたいくらいです。
でも、そういった努力ではカバーできない燃料費の値上がりに苦労しているのに
生産者からの『値上がり分を価格に転嫁したい』という要望を否定するのって
なんか歪んでいませんか?
『本来夏に獲れる作物を冬に欲しがる』
⇒『寒い冬に無理やり作るので燃料費がかかる』
⇒『しかも、その燃料費が値上がりしたので作物の卸値が上がる』
⇒『しかし小売側(消費者)は値上げに消極的』
この構図、何だかなぁ……………
値上がりがイヤなら、自然のままに、その時あるものを有り難く食べましょうよ。
第一、日本には昔から『旬』というステキな感性があるじゃないですか。
技術の進歩により、季節による味わいの差はほとんどなくなってきたようですが
その季節ごとの『旬』という感覚は味の優劣以上の感動があります。
近頃、その感動が薄くなってきたような気がしませんか?
ハウス栽培が無くなってしまうと、それはそれで生産者の方が仕事に困る………
というコトもあるかもしれませんが。
ニーズの多様化は技術の進歩を牽引する代わりに
大切なものを少しづつ消し去っているような気がしてなりません。
秋です。
旬のサンマを旬の大根おろしで食べるシアワセを大切にしませんか?
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