先日書いたブログの「精神病」というフレーズにものすごいぺたをもらい驚いています。モジャです
え~、今回は整体師としてではない、元精神科作業療法士として、自分の体験の立ち位置で「精神病」について書かせてもらいたいと思います。
…ひょっとしたら別に必要のない義務感なのかもしれないのですが、何気なく書いた「精神病」というキーワードをどうにかしたいと本気で思っている方が見たのであれば、申し訳のない内容だったのかな、むしろ自分の気持ち的にも申し訳がないので新しいテーマ「心の悩みごと」として悩みを頂ければ更新していきたいと思います。
ただ内容が内容なために見たくない方がいるのも本音だと思います。
気持ちが落ち込むこともあるかもしれませんし、精神科の教科書通りな内容にもならないと思います。
そのような感じで更新しますので、見たくない方はテーマが「心の悩みごと」の時は書いておいて申し訳ないのですが読まないでください。
…よろしいでしょうか?
では始めたいと思います。
今日は先日書いた「不安神経症」「うつ病」「パニック障害」など、割と精神疾患では軽度とされている症状から書いていきたいと思います。
大体精神科で最初に診断されるのは「不安神経症」「パニック障害」「うつ状態」が比較的多いですね。
今回見ていただいている方もそのような診断から受診されている方が多いのではないでしょうか?この状態が長引くことで「うつ病」という診断に切り替えられる流れが現在多くの精神科がとる診断の流れです。
では「不安神経症」「パニック障害」とはどういったものなのか?
これは基本的に生活しているうえで常に不安が付きまとう状態です。
要は人間としての危機本能が過剰に働いている状態として考えて頂けるとわかりやすいと思います。ある種の興奮状態が継続している状態ですね。
集中が持続せず、いろんなことが気になってしょうがなくなるのも特徴の一つです。
その結果気持ちの整理がつかず、パニック障害の特徴にもあたる「過呼吸」「異常行動」といった身体的なものに結びついてきます。
ではその原因は何なのか?
それは脳内で起こっています。
簡単に書いてしまいますが、要は脳内にはアメーバ様の神経伝達経路が張り巡っており、神経を伝達する部分、それを受け取る受容体と呼ばれる部分があります。
先ほど書いた集中が移りやすい症状の方は神経伝達物質、主にドーパミンが過剰に出ている状態です。そうなると受容体は過剰に神経伝達を行い注意散漫となり、様々なことが気になってしょうがない、不安感が強まるといった状態になります。
逆に「うつ病」はというと、そのドーパミンを出す機能が低下している、もしくは受容体がドーパミンを受け取りづらくなっている状態です。
「うつ病」と一言に言っても「単極型うつ」や「双極型うつ」などと細分化されています。詳しく話すとそれで終わってしまいそうなので今はしませんが、要はドーパミン量によって状態が変化すると思ってください。
そしてなぜ流れとして「不安神経症」「パニック障害」から「うつ病」への移行が多いのか。
それは薬での治療上、ドーパミンを抑えると「うつ病」に近い状態になり、ドーパミン量を増やすと集中できなくなるといった状態での薬調整のうえで流れとしてそのような経過を辿るためです。
現在昔の薬よりも副作用が少なく、効果的な治療薬が増えてきています。お医者さんとよく相談しながら薬調整により焦らずに治してくださいね
そして何を隠そう私も「うつ状態」だった一人です。
以前勤めていた病院では作業療法士としての仕事と病院内での仕事の板挟みになり、気持ち的にまいってしまい辞めました。
その頃は朝起きると持病の腎臓がうずくような感覚があり、ベッドから土下座状態で起きられなくなるのですが、病院に「休みます」と伝えると途端に体調が良くなるのです(笑)
そのためストレスがたまってるのかなあと気分転換しなきゃいけないなあと脅迫観念に捕らわれ、パチンコ屋だのゲーセンだのに行くのですが「休んでいるのに職場の人に見つかったらどうしよう」と今度は罪悪感や強迫観念が生まれるんですね。
その繰り返しでついにはダウンしクリニック受診して2カ月の休みをもらいましたが、職場に行くことを考えただけでフワフワと地に足がつかない感じになり、すごい勢いで血圧が上がるようになりました。
こりゃだめだと逃げるように仕事を辞めたのですが、その時の課長に言われた一言「おまえのような人間はどこに行っても通用しない」今でも覚えて根に持ってますよ(笑)
ただその言葉通りには行かず、自分が本当は何がしたかったのかを考えて「もう一度だけでも作業療法士として頑張ってみようかな」と思えたので気仙沼の病院へと移動してきました。
そこでは同じような症状が起こることもなく3年勤めたあたりで東日本大震災が起こりました。
まあ何が言いたいのかと言えば、「自分に合わせてくれる場所というのは無くても自分にあった環境はある」ということなんです。あ、あと課長に「ざまあみろ」かな(笑)
そう思うためには周りの人たちに迷惑をかけると思います。ただ生きている限り誰でも迷惑をかけながら生きているんですよ。
そう思わせてくれた友人といつも聴いていた曲、すごく救われた曲を乗せておきますね。
これはガガガSPというバンドの「家路」という曲です。「生きていること自体が前向きなのさ、それでいい」この歌詞に救われて今頑張れています。
友人とロックフェスに行き、もみくちゃになりながらもボーカルのコザック前田さんと握手したのは今でも私の自慢です(笑)
少しでもこれを見てくれた方も救われるのであれば幸いです。
http://www.youtube.com/watch?v=cCf8XINBwb8&feature=player_detailpage