【ぬい月】記念日の過ごし方
「んー…」
衣擦れの音で、月子が寝返りを打ったのだと分かる。ベッドに腰掛けたまま、後ろに視線をやった。
もうすっかり昇り切った太陽の光をさんさんと浴びて、すやすやと…よく寝られるよな。
悪戯心で、髪を触ったり、指を折り曲げてみたり、ついには鼻をつまんだりもしてみるが、一向に起きる気配がない。
「お前なぁ…今日が何の日か、わかってるのか?」
いい加減起こして、説教の一つでも…と思い、ベッドから腰を浮かせ、月子に手を伸ばす。
―と。
「かず…きさん…」
月子の口が小さく動き、甘く優しい声がこぼれた。
頬でも引っ張ってやるつもりで伸ばしていた手が、止まる。
幸せそうなツラして…俺の名を呼ぶ、なんて。俺の手は、驚くほどに優しく、月子の頬に触れた。
「…月子」
名前を呼ぶ。
少しずつ、顔を近づける。目と鼻の先まで迫ったところで、月子がハッと目を開いた。
「…何してるんですか」
怒られそうだが、もう止められるはずもない。
「お姫様が起きないから、王子が焦れたんだよ」
飛び起きて逃げようとする月子の手首を捕まえて、そっとベッドに押し戻す。
「え、えと、あの」
「可愛い声で何てこと言いやがるんだ…。何の夢、見てたんだ?」
「ええっ」
驚いて、みるみる真っ赤になる月子は、とてもいとおしい。
「なぁ、答えろよ」
「か、かいちょ…」
俺を押しのけようとする月子に、ぐっと顔を近づける。
「もう"会長"じゃねーだろ?俺はお前の?」
真っ赤になったまま目を逸らし、ぽつりとつぶやく、
「…旦那様、です」
「よくできました」
ごほうびだ、とキスを一つ。月子が唇から微かに漏らす息が、俺の頭を痺れさせる。
「月子」
「は、はい」
「俺を夢に見てたのか」
「…はい、ごめんなさい」
「何で謝るんだよ?」
普段は照れて目を逸らしてばかりなのに、こういう時はまっすぐ俺を見返してくる。
「えぇと、何ていうか、夢の中で…私だけ幸せな気分になっちゃって…」
ごにょごにょと口ごもっている月子に、今度は俺が照れる番だった。
「一樹さん?」
「月子…」
背中に手をまわし、抱き起こす。腕の中におさめたまま、月子の頭に顔を寄せる。
「今日はもう…このままでいっか」
「え?」
しばらくの沈黙。月子が、焦りで震えあがったのが、顔を見なくても判った。
「…!!ご、ごめんなさ…!」
そりゃ、そうか。
一年前の今日、お前を俺のものにするって、神様に誓ったんだもんな。色んな奴に祝福されて、お前が最高に幸せそうな笑顔を見せてくれた日だ。
そんな記念日が、自分の寝坊で過ぎ去るとなれば、月子が慌てるのも無理はない。
「つーきこ!」
少し体を離し、真正面から月子を見据える。
「一樹さん…ごめんなさい…」
「気にすんな。お前のノンビリさは、この一年で充分俺にもうつったよ。今日は、二人でだらだら過ごそう」
そっと、月子の頭を撫でる。
「それより…さ」
その後に続く言葉は、さすがの月子も言わなくてもわかったらしく、顔を真っ赤にしたまま固まっている。
「一樹さん…」
「今日はずっと、俺のことだけ考えてるんだぞ。―それが、朝からほったらかしにされた俺への謝罪だ」
こくんと頷き、俺の胸に頭を摺り寄せてくる。
「そんなの…いつもしてるけど」
お前の言葉一つで、こんなに幸せになれるんだな。でも…
「ばーか。…もっとだ」
今日はまだ長い。
まずは、甘く長いキスをしようか。