夏蜜柑の萌語り -200ページ目

【ぬい月】記念日の過ごし方

「んー…」

 衣擦れの音で、月子が寝返りを打ったのだと分かる。ベッドに腰掛けたまま、後ろに視線をやった。

 もうすっかり昇り切った太陽の光をさんさんと浴びて、すやすやと…よく寝られるよな。

 悪戯心で、髪を触ったり、指を折り曲げてみたり、ついには鼻をつまんだりもしてみるが、一向に起きる気配がない。

「お前なぁ…今日が何の日か、わかってるのか?」

 いい加減起こして、説教の一つでも…と思い、ベッドから腰を浮かせ、月子に手を伸ばす。


 ―と。


「かず…きさん…」


 月子の口が小さく動き、甘く優しい声がこぼれた。

 頬でも引っ張ってやるつもりで伸ばしていた手が、止まる。

 幸せそうなツラして…俺の名を呼ぶ、なんて。俺の手は、驚くほどに優しく、月子の頬に触れた。

「…月子」

 名前を呼ぶ。

 少しずつ、顔を近づける。目と鼻の先まで迫ったところで、月子がハッと目を開いた。


「…何してるんですか」


 怒られそうだが、もう止められるはずもない。

「お姫様が起きないから、王子が焦れたんだよ」

 飛び起きて逃げようとする月子の手首を捕まえて、そっとベッドに押し戻す。

「え、えと、あの」

「可愛い声で何てこと言いやがるんだ…。何の夢、見てたんだ?」

「ええっ」

 驚いて、みるみる真っ赤になる月子は、とてもいとおしい。

「なぁ、答えろよ」

「か、かいちょ…」

 俺を押しのけようとする月子に、ぐっと顔を近づける。

「もう"会長"じゃねーだろ?俺はお前の?」

 真っ赤になったまま目を逸らし、ぽつりとつぶやく、

「…旦那様、です」

「よくできました」

 ごほうびだ、とキスを一つ。月子が唇から微かに漏らす息が、俺の頭を痺れさせる。

「月子」

「は、はい」

「俺を夢に見てたのか」

「…はい、ごめんなさい」

「何で謝るんだよ?」

 普段は照れて目を逸らしてばかりなのに、こういう時はまっすぐ俺を見返してくる。

「えぇと、何ていうか、夢の中で…私だけ幸せな気分になっちゃって…」

 ごにょごにょと口ごもっている月子に、今度は俺が照れる番だった。

「一樹さん?」

「月子…」

 背中に手をまわし、抱き起こす。腕の中におさめたまま、月子の頭に顔を寄せる。

「今日はもう…このままでいっか」

「え?」

 しばらくの沈黙。月子が、焦りで震えあがったのが、顔を見なくても判った。

「…!!ご、ごめんなさ…!」


 そりゃ、そうか。

 一年前の今日、お前を俺のものにするって、神様に誓ったんだもんな。色んな奴に祝福されて、お前が最高に幸せそうな笑顔を見せてくれた日だ。

 そんな記念日が、自分の寝坊で過ぎ去るとなれば、月子が慌てるのも無理はない。


「つーきこ!」

 少し体を離し、真正面から月子を見据える。

「一樹さん…ごめんなさい…」

「気にすんな。お前のノンビリさは、この一年で充分俺にもうつったよ。今日は、二人でだらだら過ごそう」

 そっと、月子の頭を撫でる。

「それより…さ」

 その後に続く言葉は、さすがの月子も言わなくてもわかったらしく、顔を真っ赤にしたまま固まっている。

「一樹さん…」

「今日はずっと、俺のことだけ考えてるんだぞ。―それが、朝からほったらかしにされた俺への謝罪だ」

 こくんと頷き、俺の胸に頭を摺り寄せてくる。

「そんなの…いつもしてるけど」

 お前の言葉一つで、こんなに幸せになれるんだな。でも…

「ばーか。…もっとだ」


 今日はまだ長い。

 まずは、甘く長いキスをしようか。