夏蜜柑の萌語り -190ページ目

【白鳥】想いの果てに

 女が居るって理由だけで、弓道部に入った。
 だから練習なんてメンドクセーし、インターハイとかガラじゃねーし、真剣に取り組んでるのが馬鹿馬鹿しいって思ってた。

「なぁ夜久ー、毎日毎日居残りしてるけど…お前なんでそんな頑張んの?」
 女子部員は当然一人。試合で競うようなライバルが部内に居るわけでもない。しかも入部したときは全くの無経験。
 どこに頑張る要素があるのか。毎日見てたら、気にならざるを得なかった。
「白鳥くんこそ…毎日そうやって私の居残り見てるのに、何で何もしないの?」
「えぇっ!?」
 何かしていいのか!?
 なんて下心が首をもたげるが、もちろん思い込みだ。

「弓、引けばいいじゃない」

 至って真剣にそう言う夜久に、俺は脱力した。
 そうだ、こいつが…男を翻弄するようなセリフ、言うわけがないんだった。
「俺はいいんだよ、部活中に集中してやってんだから」
 そうごまかした俺の言葉を真に受けて、今度は落ち込んだように顔を伏せる。
「そう、だよね…。こうやってがむしゃらに練習しても、無駄なことの方が多いんだもんね…。指導してくれる人が居るわけでもないし…はぁ…」
「ち、違う違う!お前の頑張りは、無駄なんかじゃないって!」
 夜久が小首を傾げて見上げてくる。
「お前が、他の部員の間で何て言われてるか知ってるか?」
「…知らない…」
 不安げな夜久の瞳を見てると、何だか、不真面目な自分が惨めに思えてくる。そして、更衣室で聞いた噂話が記憶を巡るんだ。
「…下手でも努力するお前のお陰で、部の雰囲気が良くなったよなって」
「え…?」
「だから、お前の努力は無駄なんかじゃないんだぞ」
 取り繕うようにそう言ったが、夜久は嬉しそうに微笑んだ。
「そう…かな」
力を込めて頷いてやると、夜久の満面の笑顔が見られた。ふわりと浮き上がりそうな気持ちになって、心地いい。

「よかったぁ…!ありがとう、白鳥くん!」
「え?俺は別に…」
「だって、私の居残りのこと知ってるの、白鳥くんだけじゃない?」
 お前が頑張ってるのは居残りだけじゃないだろ…なんて思う。練習中も、掃除当番とかも、いつだって一所懸命じゃないか。
「頑張ってる奴は、絶対に報われるんだよ。…俺、今日はもう帰るわ」
「え?…あ、お疲れさま!」

 更衣室に入って、小さく息を吐く。
 俺が、あんな不純な動機で弓道を始めたなんて知ったら、夜久は軽蔑するだろうか。
一所懸命になってない奴が居るって知ったら、夜久は悲しむだろうか。…少なくとも、俺は嫌われてしまいそうな気がする。
「あー…」
 壁を背にして、ずるずると座り込む。


 翌日。
 何となく目の冴えてしまった俺は、授業が始まる前に弓道場に行ってみた。
 朝の冷たい空気は、昨日のモヤモヤした気持ちを少しだけ晴らしてくれる気がする。
「あれ?開いてる…?」
 こっそりと覗いてみると、中には金久保部長と宮地が居た。

「宮地くん、力が入りすぎだよ。焦る気持ちは分かるけど、落ち着いて」
「すみません…」
「大丈夫、君は必ずこの部を支える強さを手に入れられるよ」
 二人とも汗だくだった。
「一体、何時間…」
 呟きかけて、気づかれる前に呑み込む。

「一所懸命なんて、カッコ悪い…か」
 初心者なりに、経験値を貯めようと一人練習を重ねる夜久。
 更なる高みを目指して、部長を叩き起こしてまで指導を頼んで特訓する宮地。
 …俺は…?俺はいつまでも下っ端で、下手くそで、「努力する努力」もしようとしないで…。
「俺、カッコワリー…」

 俺は離れかけた手を、もう一度戸にかけた。


「宮地!」
 弓道場に乗り込んで、叫ぶ。
 宮地も部長も、驚いている。
「どうした、白鳥…?」
「頼みがある。…俺と、勝負してくれ!!」
 自分でも、なぜこんなことを言ったのか分からない。だけど、何かせずにはいられなかった。
「宮地くん、どうする?」
 部長が笑顔で尋ねる。宮地はいつも通りの仏頂面で、だけど確かに頷いた。
「もちろん構わない。ただし、手加減はしないぞ」


「…なぁ、夜久」
 いつもの放課後、弓道場。今日も夜久は弓を引く。
「どうしたの?」
「宮地って、つえぇな」
 朝の勝負は、当然のことながら惨敗だった。
 だけど、宮地の本気を見ることが出来たし、部長からかなりしっかりした助言を貰えた。
 遅刻ギリギリになってしまって、宮地と星座科の教室まで走ったが、宮地から「お前があんなに熱い奴だったとはな」と、少し嬉しそうな声で言われた。
「…うん、宮地はすげぇわ」
 夜久はそんな俺を見てクスクスと笑う。
「どうしたの?変な白鳥くん」
「でも、俺だって…目指してもいいよな?」
 おかしがっていた笑顔を、話を聞くための真剣な表情に戻す。夜久は本当に、感情が面に出やすい。
「俺ももっと強くなってレギュラー入り…とかさ」
 夜久の顔が明るくなる。
 あぁ、ちっともおかしくなんかないんだな。今、ようやく分かったよ。

「白鳥くん…!うん!皆で頑張ろう!星月学園なら、インターハイだって目指せるよ!」
「ははっ…!そうだな、団体戦がいいな!んで、お前は個人で全国制覇!」
「それなら、私もっと頑張らないと!」

 今ならば、お前に軽蔑されることもないんだろうか。
「なんか白鳥くん、いいことあったの?」
「何で?」
「目が生き生きしてるっていうか…弓道を楽しむようになったっていうか…」
 俺の目をまっすぐに見つめて、にこりと微笑む。
「かっこいい表情、するようになったよ」
「おまッ!?」
 さらりと言ってのけた夜久に対して、俺は一気に平静さを失う。
「部長も宮地くんも、的に向かってる時の瞳はすごくかっこいいの。それと同じ感じかな?」
「そうかぁ!?何てったって、未来のレギュラーだからな!」
 照れは笑ってごまかした。
 俺の弓道を真剣にやろうって思いと同時に、意識せざるを得なくなったもう一つの想い。
 これは、入部動機とは種類が違うって、自信を持って言える。

 そう遠くない未来を、仲間と笑って夢見てる。

 ―あぁ、悪くないな。