夏蜜柑の萌語り -189ページ目

【翼月】書記ロボット!

「あー!作業終わり!」
 最後の書類に判を押して、一樹会長は勢いよく両手を天に伸ばした。
「どうだ颯斗!終わらせてやったぜ!」
「そんな勝ち誇った顔をされても…」
 私は会長の傍にお茶を置く。
「お疲れさまです、一樹会長」
「ありがとな、月子」
 お茶をすすり、「相変わらず不味いな!」と余計な一言を言ってから、会長は立ち上がった。
「よし、じゃあ今日は終わりにするか!みんなお疲れ!」
 帰り支度をしようとして、ふとラボに目をやる。
 翼くんは、最近ラボにこもりっぱなしだ。それだけならよくあること。だけど、今回はいつもと違う。
「翼か?」
「はい…まだ帰らないのかな…」
「新しく発明してるようですが…今回は何か妙ですね」
 みんな同じことを考えていたらしい。

 そう、ここ数日は全く、いつもの「爆発」が起こっていない。

「爆発しない完成品ができたなら、俺らに発表に来るはずだしな…」
「そうですね…音もほとんど聞こえませんし、どうしたんでしょうか」
 会長と颯斗くんも心配しているようだった。
「わ、私、もう少し待ってみますね!ちょうど、この企画書を部屋で仕上げようと思ってたので、ここでやってます」
 鞄から作りかけの書類を出して席につくと、会長と颯斗くんは互いに顔を見合わせて、微笑んだ。
「分かったよ、翼を待っててやってくれ」
「あんまり遅くなるようでしたら、僕たちに連絡をください」
 会長に頭をポンポンと叩かれ、その手から「分かってるから」って伝わってくる。
「ありがとうございます」


 書類の文面を作りつつ、ラボに目をやる。相変わらず、音は聞こえてこない。
「もうこんな時間…!」
 きっと翼くんは時間なんて見てないだろうな、教えてあげないとダメだよね、と理由付けをして、私はそっとラボへ向かった。
 扉を少しだけ開けると、やはり機械の音などはしない。だけど、翼くんの声が聞こえた。

「お、俺と水族館に行こう!」

 耳を疑った。
 緊張で強張った声で、そんなセリフ…。
 どう考えても、デートの誘い文句じゃない。どういうこと?

「当たり前だ!君とじゃなきゃ嫌なんだ!」

 目の前が、真っ暗になる心地がした。
 私には言ってくれたことのない言葉。今、それを誰か別の人に言っている。
「…そんなの…部屋でやりなさいよ…馬鹿…!」
 思わず声を出していた。

「わっ!書記!い、居たのか!」

 私に向ける言葉は、それだけなの?嫌な気持ちが溢れ出しそうになる。
 ラボの扉を大きく開き、翼くんを見やる。

 作業机に向かって座る翼くん。その傍らには、見たことない携帯電話のような端末。
 押し止めていた嫌な気持ちが溢れ出す。

「電話…、なんだ」
「書記、これは」
「電話で他の子と話すのに、ラボ使ってたんだ」
「違う」
「デートに誘ったりしてたんだ!」
「書記!」
「もういい!」
「違うって!」
 端末を放り出して、翼くんは私の手を掴む。
「放して!」
 だけど、その手は強く掴まれたまま。
「…離さないよ。俺、書記に誤解されるのは嫌だ」
「誤解…?」

 翼くんは私を作業机に掛けさせ、さっきの端末を見せた。
「これは…?」
「…デート練習用ロボット、好き好き書記マシーン1号」
 顔を真っ赤にしてポツリとそう言った翼くん。目の前の端末の画面に映るのは、私の顔写真。
「書記の声を録音して、俺の言ったことに応えるようにプログラムした。即席だから、バグも多いんだけど」
 私の勘違いだった。
 それに気づいた瞬間、恥ずかしくて、私の目からは涙が出ていた。
「…情けないよな、君を俺だけのものに出来たのに、一緒に遊ぼう、すら言えないんだ」
「ううん…私こそ、誤解して…疑って…ごめんなさい…」

 椅子ごと翼くんの方を向いたら、翼くんはやっぱり顔を真っ赤にしていた。
「…今から、本番していいかな」
 こくりと頷くと、翼くんはわざとらしく咳払いして、口を開いた。

「今度、一緒に水族館に行こう」

「…うん」

「君と行きたい。君じゃなきゃ嫌なんだ」

「…うん」

「…抱き締めて、いい?」

「うん…!」

 椅子から立ち上がって、翼くんの胸に飛び込んだ。
 翼くんの大きな体に包まれて、目を閉じる。

「上手じゃなくたっていいよ。翼くんが私のことを考えてくれる…私と出掛けたいって思ってくれる…。それだけで、幸せだから」
「ありがとう…月子。俺も幸せだ」

 さぁ、今日からは二人で、デートの計画を立てよう。