公志は作業に入る前、拠点となる場所を決めあぐねていた。
霊が活発になる夜、対決のその時が来るまで、またその最中も安全を確保出来る夜営地を何処にするか?
皆がダンボールと格闘している間、学校の見取り図を睨めつけ、難しい顔をしながら一言もあげなかった。
妙案を出したのは日下だった。
日下
「放送室でいいんじゃないっすか?」
公志
「何故?」
日下は教室で事件が起きた朝、熱心にメモをつけていたメモ帳を見ながら言う。
日下
「春頃から聞こえ出した例の声、コレが聞こえたのは15HRの周辺だけっす。放送室は二階、教室は一階。距離的にはかなり離れているっす。さっきの校門での件は初ですが、それこそ距離は離れているっす。それに…」
公志
「それに?」
日下
「放送室は職員室の隣、夜警さんの仮眠室はその隣、何より放送部の卓はまだチャンネル余ってますし、電源も取り放題っすよ?あそこだけ動力から別枠で回路引いてるっすから!」
公志
「なるほど、連絡経路、動線を考慮しても他にはなさそうだな。」
村上
「ところで、お前達はどこで寝るんだ?」
公志
「夜間は放送室で、二人づつ交代で仮眠をとります。夜が明けて、霊の活性が落ちたら睡眠をとらせてもらいます。」
「まあ、そうなる前に決着がつけば良いだけの話しなんですけど…。」
ベル
「オッパイちゃんと同じ部屋♡」
茉奈果
「モイさんには、後で愛情タップリのげんこつをプレゼント♡」
公志
「モイさん」
ベル
「な、何?何もしないよ!げんこつはいらないよぉ?」
公志
「そうじゃなくて、十字架。どの程度あてにして良い?」
ベル
「叱られるかと思った…。」
「憑依を防ぐ。これは確約!ただ結界程の範囲は持っていないから近寄っては来るし、ポルターガイストみたいな物理攻撃を防ぐ事は出来ない。」
公志
「了解。モイさん、茉奈果にも十字架を分けてやって欲しい。一瞬とはいえ、結界の内側に入られている。用心に越した事はない。」
ベル
「了解。」
公志
「それと」
と言いながら、何やらゴソゴソとズボンのポケットからボールペンの様なものを人数分取り出すと、皆に配って歩く。
公志
「設置する部屋に入る前に、扉を開ける人はそれを扉に当てて『ピピピッ』と言う音がするまで扉を開けない、手を触れない事。」
真梨
「あら、これはアースですわね?父が冬場に玄関を開ける時や、車の乗り降りで使っていますわ。静電気のバチッてやつを防ぐ為の物ですわね。でもなんでこんな夏場に?」
公志
「これは経験があるからってのもあるんだが、イギリスのS.P.Rの報告書にも度々出てくる現象を避けるためなんだ。」
村上
「エスピーアール?」
公志
「はい」
※心霊現象研究協会(しんれいげんしょうけんきゅうきょうかい、英: The Society for Psychical Research)は、1882年にケンブリッジ大学トリニティ・カレッジの(フレデリック・マイヤーズを含む)心霊主義に関心のあった3人の学寮長によって設立された非営利団体である。この組織は頭文字をとって SPR と略称される。 〜作者より〜 実在する組織です。
イギリスでは、心霊を真剣に科学しようとしているのです。すごいですね!
公志
「報告書によると、霊の出る、又は出た後の部屋は、大量に帯電するとあります。俺も子供の頃、親父とお祓いの現場に行って、襖に触れた途端に吹き飛ばされた事があります。」
日下
「襖って、木と紙っしょ?」
公志
「木と紙でもだ。」
日下
「うへぇ…。」
公志
「さて、いきなりだが、15HR、本陣に乗り込もう。」
公志が号令を出す、
日下、真梨、茉奈果の三人は顔を近づけあい、何やらコソコソと話す。
真梨
「鬼塚くん、いつもの口癖が出ないですわね。」
茉奈果
「私も思った。」
日下
「ああ見えて、ノリノリなんっすよ。」
真梨
「面倒臭えって言わない鬼塚くん、違和感がパないですわ。」
茉奈果
「ホントホント、いつも15分おきに言ってるのに。」
日下
「形はどうあれ、念願かなってのデータ採取、しかも機材を大量投入のおまけ付きっすもんね。」
真梨、茉奈果
「子供よねぇ。」
茉奈果
「でもカワイイ♡」
真梨、日下
「ハイハイ」
公志
「何か言ったか?」
茉奈果、真梨、日下の三人は揃って背筋を伸ばして顎を引き、見事な敬礼と共に公志に返した。
茉奈果、真梨、日下
「なんでもねぇっす♡」
公志
「……面倒臭え………」
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公志達は、大人班と学生班に別れて作業をすることにした。
ベルと村上は放送室でセッティング。
公志達は15HRで機材の配置を行う。
万が一の際に配慮しての編成だった。
最初にマイクの配置を終えた公志が、
「先生、聞こえますか?」
放送室のモニターで聞いていた村上は、校内放送用のチャンネルを開けて、
「聞こえるけど、ノイズが酷いな。やはり霊の影響か?」
一階の全部のエリアのチャンネルを開いた為、あちこちから村上の声が聞こえる。
公志
「必ずしもそうとは限りません。今の所は不明ですね、ノイズの塊を持った何かしらの機材が近くで動いているかも知れません。」
公志は入室する前、念の為と言って開け放たれた教室の扉にアースをかける。
ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…ピピピ
やや時間をおいて、完了の告知音が鳴った。
「やはり帯電していたな。」
その旨を先に、放送室に居る二人にLINEで連絡してあった。
閉まった扉を開ける際には注意するようにと。
プールのろ過装置のモーターが、教室の外で呻っている。
公志
「先生、外のモーターを止めても構いませんか?ノイズの原因はアレかも知れません。」
テレビの心霊特集などで、心霊スポットにロケに行くと機材が不調になるシーンが放映されるが、公志は殆どは演出であって、稀にある本当の機材の不調は帯電現象によるものだと考えている。
ただ、霊在りきで思考を進める事を良しとしない。
あくまでも、一般常識に当てはめて考える事から始める。
村上
「おお!それな。ベルさんもプールの水に用があるとかで、止める様に頼まれてんだわ。後でやっておく。」
公志
「よろしくお願いします。茉奈果、カメラの視野は教室全体を捉える様に、黒板側の角に配置してくれ。」
茉奈果
「はーい。」
日下
「このスピーカーはどうするっすか?」
公志
「それはスピーカーじゃない。音の発生源を視覚化してモニターに映すマイクなんだ。天井と教卓の上に一本づつ設置しよう。」
外に面した壁、ガラスのないサッシごとブルーシートで覆われた教室は酷く暑い。
皆、汗だくになりながら作業を進める。
真梨
「サーモグラフィー、重いですわ!日下くん、手伝って下さる?」
日下
「ハイハイ喜んでぇ〜♫」
公志に頼まれた作業をしていた手が倍速で動き、作業を終わらせる。
だらしない笑顔と稲妻の様な動きで真梨に手を貸す。
作業は15時を少し過ぎた所で完了した。
日下
「しかし、温度計はシンドかったっすね!」
真梨
「女子トイレにまで置くんですのよ?本当に温度計の機能だけですの?」
茉奈果
「マイクもカメラも設置してない所全部だもんね、廊下にも何個置いたか忘れちゃったよぉ。アレを全部モニターしてるの?」
公志
「当たり前だ。全てに番号をふって、この見取り図とパソコン上で管理出来るようにしてある。」
四人はワチャワチャと話しながら、無線式以外の機材のケーブル類を、放送室まで引っ張って行く。
放送室に戻ると、
「おお!お帰り、それを繋げればスグにでも可動出来るぞ。」
村上の笑顔プラスどや!である。
真梨の顔が何故か赤らむ。
どうやら、モイスチャー・ベルもこの手の事が得意らしい。
「夜な夜なイヤーン♡なサイトに突撃する為に修行を積みましたからね♫」
とは、ベルの言葉である。
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公志は懐から何やら短冊の様な物を取り出すと、ベースとなる放送室と隣のスタジオの柱に貼り付ける。
ベルが「それは?」と訪ねると「護符です。」と一言。
自分の身体より大きいサイズの結界を張れない公志の為に、しっとり和尚が用意したお土産だった。
公志
「親父の話しでは、この護符の内側なら寺に居るのと変わらないそうです。ただ、体育館より少し狭いぐらいの範囲が限界なのと、五日が限度らしいので、それを過ぎるようなら一度寺に戻らないと。」
ベル
「そうなる前に、決着をつけたいね。あまり時間をかけるのは良くない。」
「さて、僕はプールのポンプを止めに行きながら、用事を済ませてくる。こちらは大丈夫だね?」
公志
「はい、先生に卓とアプリケーションの使い方を教わります。他の三人も今はスタジオで休憩中ですし、お気をつけて。」
ベルは「僕は一人でも大丈夫♫」そう言いながら手をヒラヒラさせて部屋を出て行った。
公志は教室が移し出されるモニターを見ながら、モニターに反映されるその他の機材からのエフェクトやPC上のデータの見方や切り替え方を教わっている。
教室内を映す画面と、プールのろ過装置のモーター音を拾うマイクの音には、ジリジリとノイズが混ざっている。
いつの間にか背後には茉奈果、真梨、日下の三人が張り付き、興味深そうに様子を伺っていた。
真梨の向ける視線だけは、興味が別にある事を物語っている。
「あ!消えた。」
茉奈果が声をあげる。
モニターとスピーカーからノイズが消えた。
同時にモーター音もしなくなっていた。
ベルがモーターの電源を切ったようだ。
「やはりモーターか。」
公志は一人言つ。
真梨が思い立ったように声を出した。
「あ、そうだ。そろそろ仕込みを始めないと間に合わない!」
茉奈果
「ほえ?何の話し?」
真梨
「カレーですわよ!今夜は食事抜きでよろしくって?一人で行動してはダメなのでしょう?」
公志
「飯抜きは流石に辛い。皆で一緒に行こう!セットアップもあらかた終わったしな。」
そう言うと席を立ち、皆を促す様に扉の前に立つ。
すると、村上と日下が「え?!」とまるで申し合わせたかの様に、同時に声をあげた。
村上
「コレって」
日下
「人っすか?」
二人が指を差すモニターに目を向ける公志。
公志
「なんだ、ズイじゃないか。」
教室を黒板側から広角にとらえる画像の端、後部の出入り口付近に、見切れたズイの姿が移し出されていた。
「ほら」
そう言ってサーモグラフィーのモニターを指差す。
「な?人の体温だ。」
そう言う公志。
映像と同じ範囲を、同じ角度でとらえたサーモグラフは、確かに36℃前後の塊をオレンジ色に映し出している。
公志は例え霊だとしても、目に見えない存在だとしても、現象を起こす…運動をする以上は熱を発するはず、そう考える。
物理の基本だ。
公志は一般的ではない何か、例えば"霊"が活動したのだとしても、説明の出来ない温度の上昇があるのではないかと考え、温度の検出に拘ったのである。
「ほらな、他はさっきと同じ28℃ぐらいの薄い青………え?」
公志は声を止める。
続けて震えた声を出す。
「なん…だ? これ…は………」
サーモグラフィーの一部、教室の後ろの一画、ズイの正面にあたる一画が、徐々に濃い蒼へと染まって行く。
公志は教室に設置した温度計が飛ばしてくるデータに目をやる。
公志
「いや…え?……ウソだろ?! マイナス2℃だと?!」
時は7月後半、夏真っ盛りである。