シシカバブ、ケバブ、チリコンカン、ローストチキン、グリーンサラダにシーフードサラダ、豆のスープとコーンスープ、デザートにはフルーツカクテル。
どれもコレも美味かった。
半眼の美少年は、目を開けているのか分からないぐらいに目を細め、皆の賛辞を嬉しそうに噛み締めていた。
少年はニコニコとしながら、何やらロバが主役の日本語の歌を歌いながら、洗い物をしている。
驚くべきは、ズイと呼ばれる事になった少年は、寺のほこる大食い特異達の食事の量に負けないぐらい食べたことだろう。
彼自身は特異ではないというのに、全くたまげた胃袋である。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

食後、公志は公仁の自室に呼ばれた。

「公志、落ち着いたら俺の部屋に来なさい。」

バカ息子!やオイとかコラではなく、名前で呼ばれた。
マジなやつなんだな。
公志はそう思い、いつもの悪態をつかず減らずグチも叩かず、

「はい」

とだけ返事をする。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「おお、来たか。 少し長くなる。まあ座れ。」
古い木製のステレオセットに、紅っぽいタンに染められた本革のソファーの応接セット、キングサイズのベッドと不思議な薬草のような香り。
めったに入ることはないが、一度来たら忘れない公仁の部屋の印象に、少し緊張する公志。

「ああ」

とだけ応えて、ソファに腰をおろす。
カバーの無いステレオの上では、剥き出しのレコードが回り、マイルス・デイヴィスのア・ナイト・イン・チュニジア(チュニジアの夜)が部屋の両端に設置されたスピーカーから流れてくる。
和尚のお気入りだ。
公志の耳も子供の頃から慣れ親しんでいる。

対面に座った和尚は、指で刻んでいたリズムを中断すると、公志の目をジッと見据え、話しかける。

和尚
「で、どう思う?」

公志
「何が?」

和尚
「学校で起きている事、と言うより起こしているヤツの感想だよ。」

公志
「強いと思う。」

和尚
「何故?」

公志
「直接は相手を見てはいないが、広範囲のポルターガイストと血文字を残して行った。」

和尚
「血文字…何も無い空間から物質を構成し、尚かつ意味を持たせた文字として残して行った?」

公志
「そうだ。 しかも、一連の作業を一瞬で行ったんだ。」
「アレは……ヤバい…恐らくだけれど、成分分析に出せば、人の血液と言う結果が出ると思う。」

和尚
「二重螺旋構造を持たない…てヤツな」

公志
「ああ、構造的には血液、でもDNAは存在しない…全く」

和尚
「カカカ、そう険しい顔をしなさんな」
「ふむ、まぁ手強いと言う認識があれば良い。」

公志
「なぁ、親父 なんで親父が行って、チャチャッと終わらせちまわねぇんだ? 親父なら一瞬だろ?」

和尚
「カカカ、お前は俺を買いかぶり過ぎだよ。 俺とお前の能力は良く似ている。」
「似てはいるが、別もんなんだわ。 それに、今の俺には、あそこに居るモノを祓う事は出来ねぇ。」

公志
「どういう事だ? 説明してくれ。」

和尚
「三つ理由がある。」
「先ずは、能力の話しだ。」

公志
「似ているが違うって話しか、わかった続けてくれ。」

和尚
「お前は、神の等価交換により、ほぼ全てのマントラの力を使う事が出来る。今はまだ身体も出来上がっていないし、修行も足りねぇから、あんまり偉い佛さんの力を使おうとすると、身体の方が傷んじまうがな。いずれは使いこなせるようになる。」

「俺のはな、お前の廉価版、下位互換と言っても良い。お前みたいに如来様だぁ菩薩様なんぞ降りて来ねぇんだよ。イイとこ明王様だ。最初から資格が与えられてねぇんだよ。」

公志
「そうなのか? でも、今回の事案なら…親父なら楽勝なんじゃねぇのか?」

和尚
「まぁ、そんなに焦るなって! 2つ目だ」
「俺は今、不安定なお前と、茉奈ちゃんの為に、この寺の敷地全体に結界を張り続けている。お前達が外出する時にやる、九字護身法なんてもんじゃねぇんだよ、俺は結界の為に力の殆どを使っちまっていてな、お祓いに使う余力が無い。 俺が居なければ結界はほどけちまうしな。」

公志や茉奈果の張る九字結界は朝から夕方にかけて徐々に弱まって行く。
修行と成長が足りない結果であった。
ちなみに、保湿寺の敷地は東京ドームに例えれば、二つ分になる。

公志
「一日ぐらい結界をほどいたって構わないだろ?ダメなのか?」

和尚
「いいか?公志。 俺は、お前が家でまでお祓いをしないで済むように、茉奈ちゃんが、いろんなモノに絡まれないで済むように結界を張ってるんだぜ?」

公志
「でも…」

和尚
「だから焦るなっての。じゃあ先に三つ目だ。」
「お前、茉奈ちゃんの能力をどう思う?」

公志
「今更だな。 まぁ、なんて言うか、可哀想だ。」

和尚
「そうだな。四六時中この世の物では無いものが見えて、聞こえて、しかも向こうから進んで近寄ってくる。 憑依されて身体を乗っ取られる事すらある。」

公志
「だから、今更何を…」

和尚
「バランスが悪いと思わねぇか?」

公志
「え?」

和尚
「あの霊媒体質な、確かに能力を金儲けに使っているような、テレビに出てくる半端な霊媒師やペテン師からして見れば、喉から手が出るほど欲しいもんだろうぜ?」

公志
「まぁ、確かに」

和尚
「だが、先に言った通り、能力その物がペナルティじゃねぇか。見返りは何処へ行った?等価交換が成り立ってねぇ!」

公志は、和尚の言葉に「確かに」と頷く。
茉奈果は、幼い頃から見えない物と話し、見えない物と遊び、見えない物に怯えていた。
場合によっては憑依され、奇行の果てに寺へ運び込まれて除霊を行っていた。
命の危険に晒された事も一度や二度では無い。
挙げ句、周囲は茉奈果を気味悪がり、やがてイジメにつながっていった。
茉奈果の額に薄く残る切り傷の跡は、そのイジメの名残りであった。
先代が亡くなり、ベルが帰国した後に寺で暮らすようになるまでイジメは続いた。
公志と真梨が守っていたとは言え、子供にできる事には限りがあった。
やがて引きこもり、再び学校へ通う様になったのは最近の事であった。

和尚
「俺は思うんだよ、開けていないプレゼントがまだあるんじゃねぇかって。今回の件で、そのプレゼントの封が切られるんじゃねぇかな?ってな。」

公志
「むぅ…」

和尚
「分かりづらいか? 覚醒って言ったら伝わるかな?」

公志
「あ!」

和尚
「そう考えれば、バランスが良いだろ?多分、相当でけぇ力だぜ?」

公志
「なるほど!」

和尚
「そこで、さっきの話に戻るんだが。」

公志
「ああ」

和尚
「俺が結界を解いている間に、茉奈ちゃんが憑依されたとする。憑依した相手が俺達の元同業者だとする。その同業者がとんでもなく悪いヤツで、茉奈ちゃんの凄い力の存在に気づいたら?」

公志
「想像するだけで、震えが止まらない。」

公志は心底肝を冷やした様に、青い顔をしている。

和尚
「だから、俺はお前達の安住の地を守る。 お前は、日中の茉奈ちゃんの身の安全を守る。茉奈ちゃんも、少しづつ身の守り方を覚える。お分かり?そもそも、一度解いた結界を張り直すのに、どれだけの時間と労力がかかると思ってんだ?結界を直す間に寺がホラー映画の舞台になっちまうわ!」

公志は声にならないでいる。

和尚
「まあ、そう言う事だわ。 ところで、いつから行くんだ?」

公志
「明後日」

和尚
「そうか、一日時間がある訳か」

公志
「?」

和尚
「まぁ、そう言う訳で俺は行けねぇし、行ったところで大した役には立たん」
「だかしかし、今度の相手はどうやらエイヤで終わる相手ではない。」

公志
「ああ」

和尚
「あらゆる事態が想定される。場合によっては霊と対決するだけでは無く、肉弾戦もあるかも知れない。お前はそんな事態にも備えなければイケない。そこでだ!」

公志
「な、なんだよ」

和尚
「明日は一日、組み討ちの稽古をします♫」

公志
「はぁ?組打ちなら稽古はしてるだろ?」

和尚
「違う違う、組打ちじゃなくて、組み討ち!」
「今までのは形稽古だけだろ?そうではなくて、実践訓練だよ♡」
「まあ、今夜はゆっくり安め。明朝四時に格技場に集合! はい、行ってよし。」

公志
「わかった。 いや、良くは分からないが、親父がそう言うなら必要な事なんだな、従うよ。」

マジメモードの公仁が言う事に対しては、いつもの反発は見せない。
歌舞いている公仁の事は嫌いだが、こういう場面では、従うしべきと考えられるだけの実績を公仁は残していた。

和尚
「ところでさぁ」

公志
「なんだよ」

和尚
「なんで『逃げて』なんだろうな」

公志
「はぁ?」

和尚
「血文字だよ。そう書いてあったんだろ?おかしいじゃねぇか、春から聞こえ始めた声は『助けてー』なんだろう?」

公志
「まぁ、そうだが」

和尚
「助けて欲しいのに、助けてもらう前に逃げちゃってもイイのかね? 俺だったら何がなんでも助けてもらうけどねぇ?」

公志
「あ、あう、ぐむ」

確かにそうだ。でも、一体どう言う事なのだろう?
その場で答えが見つからず、公志は口を閉じる。

和尚
「まぁ、気になっただけなんだけどね♫まぁいいわ、おやすみバカ息子♡」

「チッ」と舌を鳴らし部屋を出る公志を、しっとり和尚は意味有りげな笑みを浮かべて見送った。
お前は茉奈果の為に死ななければならねぇ、茉奈果より後に死んじゃならねぇんだよ。
唯一お前を殺せる茉奈果の為に生きて、茉奈果に殺されなくちゃならねぇんだ……

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌朝

ズイと呼ばれた少年は、誰よりも早く起き、朝食の支度を終えて、寺の敷地を散歩していた。
と、思っていた。
本堂横の住居の玄関から外に出ると、本堂を挟んで反対側の建物から、衣ズレと人の気配を感じ取った。

格技場と呼ばれる建物の前まで来ると、開け放たれた出入り口から中の様子が見て取れた。

ズイ
「おんやぁ?」

和尚が木刀で公志に襲いかかっていた。

和尚
「だから構えるなと言っているだろう!」

公志は声にならない。
次々に繰り出される高速の突きと、上下から振り下ろされる袈裟斬りの連撃を避けるだけで精一杯だった。

公志
「くっ」

和尚の突きが頬をかすめる。
反撃をしようと構えると、まるで先を読まれたかの様に制され、また劣勢にまわる。

ズイ
「なんだか面白そうな事やってるズラ♫」

そうつぶやくと、その場に胡座をかいて座り込んだ。
この光景で朝の暇を潰すつもりらしい。

和尚
「構えるから次を予測されるんだ!一体毎日何の為に鍛錬してきたんだ!」

ズイ
「んん?」

少しの違和感を感じ、覗き込むように観察を始める。
「おお?!」ズイは仰け反って声を出す。
和尚が二人いるではないか!
一人は公志と闘い、一人はキセルを片手に公志に激を飛ばしている。
「クククク」
ズイは心底楽しそうに口元を緩める。

公志
「いや、だって、この式神(しき)親父より強えんじゃねえのか?!」

和尚
「アホか!素の俺がレベル100だとしたら式神はせいぜいレベル3だわ!スマイルだぞ!スマイル!」

公志
「それを言うならスライムだ! っとぉ!」

危うく木刀が公示の眉間を捉えるトコロだった。
和尚は更に叫ぶ。

「喋ってる暇があったら早く倒しちまいな!殺す気でやらんと本当に怪我では済まなくなるぞ!」

稽古前に和尚は公志に話して聞かせた。
組み討ちというのは自分を守る技ではなく、殿様を生きて返す為の業、自分の身がどうなろうとも相手にトドメを刺し、主(あるじ)に手柄を立てさせる必殺の業であると。
これまでの剣術と空手の稽古は、あくまでも身体の動かし方を覚える為のものであって、組み討ちの形を実戦レベルで使いこなす為の準備運動であったのだとも言っていた。
故に構えはなく、組付き、急所に必殺の一撃を入れるのだと、加減が出来ない業だから人同士の組手は出来ない。

公志
「お、親父ぃ、ちょっとだけ、タイム、タイムー!い、息が続かねぇ」

ぜぇぜぇと肩を揺らし、明らかに動きにキレがなくなっていた。

和尚は「チッ、仕方ねぇなぁ。まだ二時間しかたってねぇぞ?」そう言うとパチンと指を鳴らす。
すると、公志の首に木刀を打ち込む寸前だった式神の動きが止まる。

公志
「け、剣術って、本気出すとこんなに強いのか!剣道の比じゃねぇな。」

和尚
「当たり前だ!人を殺める為に鍛えた業(わざ)とスポーツの延長、心身を鍛える活殺の技を一緒にするんじゃねぇ!空手も同じ理屈だからな?分かったら水飲んで戻って来い、回復したら次は休憩なしだ!式神を倒すまで終わらねぇからな」

公志は返事をするのも億劫だと、首を縦に動かすと境内の蛇口へと向かう。

「おっちゃん、面白そうな事やってんな♫ オラにもいっきゃあ(一回)ためさせてくりょおよぉ、な?いいら?」

いつの間にかズイが格技場の中に立って、屈伸を始めている。

和尚
「お?ズイじゃねぇか!なんだ遊びてぇってか、いいぜ 準備は?」

ズイ
「でゃあじょぶ(大丈夫) ホントに殺していいの?」
無邪気な表情で物騒な事を聞くズイに和尚は、

「遠慮するな、殺っちゃって♡」

そう言い、ニヤリと笑うとパチンと指を鳴らす。

ズイは低く腰を落とし、左右の足を前後に交互に入れ替える。

和尚
「ほう!カポエイラか♫実戦で使える程鍛えているヤツは珍しい!楽しくなってきた♡」

言い終わる前に、式神は突きを繰り出す。
額に刺さる!そう思った次の瞬間、ズイは頭を床の高さまで下げ、突きを避けるとその勢いのまま身体を回転させ蹴り上げる。
空手で言う胴回し回転蹴りだ。
ビュンと空を切る音。
式神は首をひねる動作だけで蹴りを避け、二激目を繰り出す!
かに見えた。
グシャっ鈍い音をたてて、軸足だったはずの足先が首筋に突き刺さっている。

パンと何かが弾ける音と共に式神は姿を消し、式神が居たはずの床には人型に切り抜かれた和紙が落ちている。首から上が弾けた様に破れていた。

「一瞬かよ!しびれるねぇ♡」

和尚は紫煙を一口くゆらせ、嬉しそうにそう言った。

その様を見ていた公志は目は点、口は菱形である。

ズイは腕を頭の後ろで組み、ニッカリと白い歯を見せ微笑んでいた。