上野校長を見送って3時間後
ー夕方ー

チン 今どき珍しいダイヤル式の黒電話の受話器を置く公志は

「はあ、面倒臭い」

そう呟く。

「誰からだったの?」

居間で洗濯物を畳みながら声をかける茉奈果

公志は無表情、ぶっきらぼうに答える。

「校長」

茉奈果
「ふーん で、なんだって?」

公志
「お願いしますだって」

茉奈果
「ふーん 何を?」

公志
「事件の解決」

茉奈果
「……はぁ やっぱり私も行くのかな?」

公志
「クソ親父が言うんだ、仕方ないだろ?」

茉奈果
「だよねぇ 泊まり込みなの?何日もかかるみたいな話しだったわよね?」

公志
「だな、どういう訳か奴らは夜になると元気がイイからな、むしろ昼間に出くわす方が珍しい。」

茉奈果
「ちょっと早めの合宿だね♫二人きりで♡」

公志
「ああ、それな 校長に幾つか追加で条件を出したんだ。代わりに幾つか条件を飲まされた。 放送部全員で泊まり込みだ。」

茉奈果
「ふええ、本当に合宿じゃん♫お姉様のお料理が食べられる!噂じゃごいすーまいうーらしいよ♫」

公志
「そう?」

そっけなかった。
目線を合わせず、キョロキョロする公志にそっと舌を出し、眉間にシワを寄せて密かに抗議する。

「茉奈果ぁ、モイさん何処にいるか知らない?」

公志の声に、目の前で勤労に励む若くてピチピチの許嫁より、金髪のオッサンかい!ちったぁ労いやがれ!
更に心の中で舌を出しながら

「縁側で何かやってたわよ」

茉奈果が言い終わるかどうかのタイミングで食い気味に

「さんきゅっべりまっち」

棒読みで礼を言うと、公志は縁側方面に向けて踵を返す。

フン!転んでしまえ!!
心の中で毒づいた直後、ズデーンと大きな音を立てて公志は受け身を取っていた。

公志
「誰だよ、こんな所にバナナの皮を置いた奴は!」

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夕方とは言え、この季節らしく日はまだ高い。
鳴き出したひぐらしが、気温の低下を教えてくれるが、御殿場の湿度はそれを感じさせない。
夜こそ、エアコン無しでいられるが、日が高いうちのしっとり具合は体感温度プラス5度である。

公志
「モイさん、何やってんの?」

ベルが何やらブツブツと言っている隣に腰掛けながら、公志は懐かしい人に声をかける。

ベル
「工作」

公志
「工作? 何を作ってるの?」

ベル
「聖水」

公志
「????」

声にならない公志

ベル
「ブービートラップ」

公志
「え?」

ベル
「ブービートラップどうだった? バナナの皮、有ったでしょ?」

公志
「あれ、モイさんだったの? 見事にやられたよ。 バナナの皮って、本当に滑るんだね!」

ベル
「やられた?……はぁ、公志はまだまだだね、和尚なら気が付く、気がついた上で自分から踏みに行くのにな……つまんない!」

公志
「ス、スミマセン」

ベル
「アハハ冗談だよ で、なんだっけ?」 
「あぁ、聖水だよ。 聖水を作ってるの。」

ベルはタライに貯めた水に大きなロザリオを沈めて、聖書を読み上げていたのだった。

公志は目を丸くして言う。

「それじゃあまるでクリスチャンみたいじゃないか! て言うか、神父さんじゃん。」

少し笑いを含んだ声でそう言うと、

「そうだけど?」

と、ベルは応える。

公志
「え?いやいや、だってウチに住んで……え?」

ベル
「だから、僕は神父だよ? 正確には司祭だけれど、これでも正式にバチカンから認められたエクソシストなんですけど。」

公志
「………」

公志は、ベルを同門だとばかり思っていた。
幼い頃から同じ敷地の中で暮らして、同じ様に稽古をして、同じ様に写経をして、同じ釜の飯を食っていたのだ。
まさか異教の司祭様とは、思いもしなかったのだ。
スーパー・サプライズ・カミングアウト!
とびくらぽんである。

公志
「そ、そうだったんだね…イロイロ勘違いしてた……なんか、スミマセン。」

ベル
「良く謝るね 悪くもないのに謝るのは日本人の悪い癖だよ。」
「若い頃、僕のお師匠様が日本に行って、日本の宗教を勉強して来い!って言って、保湿寺の先代を紹介してくれたんだ。 だから、今でもたまに出る訛りは先代の影響、君のおじいさんに日本語を僕は教わったんだ。標準語だって言ってね!アハハ」

公志
「じいちゃん……」

公志は亡き祖父を思い出し、いかにもやりそうな人だったと苦笑い。
国際問題に発展しなくて良かったと、心優しいモイスチャー・ベルに感謝の念を捧げるのだった。

ベル
「いろいろ言ってなかったんだなぁ 言葉にして伝えるって大切だよね! つい分かってる物だと思って端折っちゃうんだ」
「そうそう、僕の本当の名前はラインハルト。 フルネームは教えてあげられないけど、モイスチャー・ベルはホーリーネームなんだ。 公志も拝み屋になるなら、むやみに他人に名前を教えちゃダメなんだぞ!」

公志は「はあぁぁ〜」と深いため息をつくと、

「いろいろ、追々受入れます…努力しますよ…」

と、力無く無表情のまま呟く。
気を取り直して、気になっていた事を聞いてみた。
そもそも、コレが目的でベルを探していたのだ。

公志
「あのさぁモイさん、玄関の長靴ってモイさんのでしょ?あれ履いて、その格好で飛行機に乗ってきたの?」

公志は気になっていた。
ヨレヨレに襟が伸びた白いTシャツに、ボロボロのジーンズに小さなバックパックを1つ背負った長靴の外国人。
背丈は公仁と同じぐらいあるし、若く見えるが歳も確か公仁と同世代のはず。
年相応に無駄なお肉を装着してはいるが、その下に鍛え抜かれた肉体がある事は、見ればわかる話だ。
顔以外はまんましっとり和尚と言って良い。
良くも入国できたものだと気になって仕方なかったのだ。

ベル
「長靴? 玄関??」
「ああ、ジャパニーズ・ブーツかぁ! あれも先代が教えてくれたんだ! 日本で一番クールな履物だって、下駄じゃないの?て聞いたら、アホか!って張り倒されたよ。」
「闇夜の様な黒!それでいて美しい光沢を放っていてさ!どんなに泥濘んだ道や水溜りの中を歩いても決して滲みてこないんだ!あのブーツを紹介してもらって以来、僕はアレしか履かないんだよ!今日履いてきたのだって、ネット通販で取り寄せた新品なんだ!ご機嫌だよね♫」

はしゃぐベル。

スーパー・サプライズ・カミングアウトより深いダメージを負う公志。
ジャパニーズ・クオリティって言うのかな…こう言うの…外国の長靴事情を思うと胸が痛いな…
心の中で想いにふける。

て言うか、ジジイ待ってろ!俺が死んだら真っ先にぶっ飛ばしにいくからな!
そう思い、無表情を通り越し、能面のような顔になる公志であった。

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更に三時間後

辺りはすっかり暗い。
縁側には四人の姿があった。
公仁、ベル、公志、茉奈果の順で座り、所在無さげに虚空を見つめている。

和尚
「モイさんさぁ、何しに来たの?」

ベル
「仕事」

和尚
「何の?」

ベル
「調査」

和尚
「あとは?」

ベル
「お祓い」

和尚
「本当は?」

ベル
「監視」

和尚
「やっぱり」

公志
「何の話し?」

和尚、ベル
「内緒♡」

公志
「チッ!」
「茉奈果ぁ」

茉奈果
「なぁにぃ〜?」

公志
「何か喋れや」

茉奈果
「腹減った〜」

和尚、ベル、公志
「はどーーーー!」

和尚
「後から来たアイツ、名前なんだっけ?」

公志
「モイさんの弟子でしょ?」

和尚
「だから名前だって」

公志
「長くて覚えられないよ」

和尚
「モイさぁ〜ん、アイツ名前なんだっけ?」
「てか、アイツいつまでメシ作ってんの?」

ベル
「凝り性なんだよ。 名前?もう一回言うの?面倒臭いなぁ…」

公志
「茉奈果ぁ」

茉奈果
「なぁにぃ〜?」

公志
「なんか喋れって」

茉奈果
「腹減った〜」

和尚、ベル、公志
「はどーーーーーーーーー!」

和尚
「ちっと急かしてくるわ! モイさん、アイツの名前なんだっけ?」

ベル
「ユージム・ラカーミ・ダ・シルヴァ・ケン・ズイーシ」

和尚、公志、茉奈果
「長えーーーーーーーーー!」

和尚
「面倒臭えなぁもう!」

ベル
「ブラジル国籍だからね、名前は長め。コレは仕方無い事よ?」

和尚
「ズイで良くね?」

ベル
「いいんじゃない? てか、お腹空いたなぁ」

和尚、公志、茉奈果
「はどーーーーーーーーーーーーーー!」