「無旦《むたん》王子を、高天原《たかまがはら》にて、しばらくお預かりしたいと思うております。」
金拆神《かねさくかみ》は、重ねて、若木神に言霊を捧げた。
すると、無旦《むたん》王子の時と同じように、天星山《あまぼしやま》から、風が吹き降りてきた。冷たい山風が天星宮《あまぼしみや》に吹き込み、「ぴゅう、ぴゅう」と音を立てた。風が連れて来た木の葉が、神籬《ひもろぎ》の中で舞い、さらに結界の外にいる豊玉之男《とよたまのお》の身体を包むと金の粉となって消えた。あたりは、水を張ったように静まりかえった。
金拆神《かねさくかみ》は、張り詰めた空気の中、豊玉之男《とよたまのお》に訊ねた。
「いかがであった。若木神《わかきかみ》の声は聞こえましたか。」
「いえ、声は聞こえませんでした。が、身体がこのように震えて止まりません。まさに、武者震《むしゃぶる》いで御座います。無旦《むたん》王子のこと、わが務めとして、やらせて頂きたくお願い申し上げます。」
「おう、そうか、そうか、それこそが、若木神《わかきかみ》の詔《みことのり》であるぞ。」
豊玉之男《とよたまのお》は、畏まって、胸の勾玉を手にすると、きらりと輝く光が、手元から漏れ放れた。
「しばらくは、休む暇もなかろうが、豊玉之男君《とよたまのおのきみ》の思い通りにやって下され。稲作《いなさく》のことは、その都度、土地土地の姫神《ひめかみ》の理解を求めるしかないだろうが、諏訪《すわ》の宇麻志之《うましの》ジン姫神に申しておくによって、相談するがよかろう。」
「ありがたき仰せで御座います。もう一つは、大陸の海賊対策《かいぞくたいさく》でございます。海賊の禍《わざわい》を防ぐための拠点を豊浦宮《とようらみや》に置き、華夏雄国《かかゆうこく》の動きから目を逸らさぬよう、策を講じなければなりません。われは豊浦宮、八潮男之神《やしおおのかみ》の代理で参っておりますれば、その務めを八潮男之神《やしおおのかみ》に仰せつけられますようにお願い申し上げます。」
金拆神《かねさくかみ》は、若き豊玉之男《とよたまのお》の言葉をしっかりと魂で受け止めた。
「分かっておる。高天原《たかまがはら》の主神《ぬしかみ》は、すでに、この件を大海原《おおわたはら》の豊浦宮《とようらのみや》に託された。豊玉之男君《とよたまのおのきみ》よ、八潮男之神《やしおおのかみ》を支えて、しっかりと務めを果たしてくれ。」
豊玉之男《とよたまのお》は、早速、八潮男之神《やしおおのかみ》に使者を出し、高天原の若木神《わかきかみ》の詔《みことのり》を伝えた。 つづく
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