その時、もう一人の使者、水鳥《みとり》が、前に出て申し上げた。

 「われ、津守《つもり》族長の補佐役でありまして、水鳥《みとり》と申します。知佳島《ちかしま》の昆迩《こんじ》殿とは、共に(こ、かしこねの海、精衛《せいえい》の海、黄海《こうかい》、渤海《ぼっかい》を航海させて頂いております。」

 「おお、昆迩《こんじ》を知っているのか。」
 
 豊玉之男の眼が輝いた。
 「知っているどころではありません。昆迩《こんじ》殿は、黒潮之渡神《くろしおのわたりかみ》と呼ばれて、西の海では、知らぬものはおりません。」
 「そうであったな。豊浦宮が大海原と呼ばれるようになったのは、知佳島《ちかしま》の奄美昆《あまみこん》一族のお陰である。松浦《まつうら》族が昆迩《こんじ》と懇意にしていることもまた、自然のことである。つまらぬことを口走った。」

 「われからも、もう一つ、鹿姫《しかひめ》の詔《みことのり》をお伝え申し上げます。『海の向こうの事情をお伝えして参れ』とのことで御座います。」
 「そうか、海の向こうのことは、昆迩《こんじ》や昆水《こんすい》に頼ってばかりであるので、是非にも、松浦衆《まつうらしゅう》からも聞かせて頂きたいものだ。」

 「われは、松浦の湊に集まる腰岳《こしだけ》の黒曜石《こくようせき》と共に、黒潮衆が運んできた南海の美しき貝や魚介の干物などを、済州島《ちぇじゅとう》や蓬莱湊《ほうらいみなと》に送り出しております。年に二、三度は、昆迩《こんじ》殿の黒潮回遊《くろしおかいゆう》の海路にご一緒させて頂き、大陸沿岸を山東からルソンの海までを南下し、そこから黒潮に乗って、宮古《みやこ》、縄島《なわしま》、奄美《あまみ》、知佳島《ちかしま》と戻って参ります。南海の航路では、この処、淮河《わいが》の黥王遜喜《げいわんそんき》殿との取引が増えております。」


 「ほう、倭人の黥王遜喜《げいわんそんき》とな。」


 「はい、遜喜《そんき》殿は自前の湊持ちませんので、もっぱら、長江口《ちょうこうくち》での取引となります。長江口では、このところ、急速に穀物船が増えております。河岸の倉庫群は、ほとんどが穀物倉庫であり、その大半は、黥王《げいわん》殿のものと言われております。」


 「なるほど、七雄の争いに上手く乗っかろうと言うわけだ。兵站穀物《へいたんこくもつ》であるな。」


 「中でも近頃、大陸の戦地では、兵糧米《ひょうろうまい》として、米《こめ》が注目されております。黥王《げいわん》殿の倉庫は全て稲米であると言われるほどであります。」                         つづく

 

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