人間がお互いに苦しめ合うくらい、ばかげたことはないんだ。ことに若い人たちがいっさいのよろこびにたいして最も開放的でありうる人生の春にさ、せっかくの日を二日なり三日なりしかめづらをして台なしにし合う、そうしてずっとあとになって初めてああばかなことをしたと悔むなんで実に愚劣きわまりない。…
…われわれ人間はいい日が少なくって悪い日が多いとこぼすが、ぼくが思うにそれはたいてい間違っている。もしわれわれがいつも、神が毎日授けてくださるいいことを味わう率直な心を持っていられたなら、たといいやなことがあっても、それに耐えるだけの力を持つことができるだろう、といったのだが、牧師夫人はこれにたいして、「けれどわたしどもは自分たちの心持を自分たちの力ではどうすることもできませんわ。からだの調子がかなりものをいいますからねえ。調子がよくないと、何事にたいしても不機嫌になってしまいますわ」というので、ぼくはそれはそうですと夫人の言葉を肯定した。‐「だからぼくらはそれを病気のように見て、何か薬はあるまいかとさがしてみたらどんなものでしょうか」‐「本当にさようですわ」とロッテが口をはさんだ。「わたくしは、どうも万事わたくしたちの心がけ次第だっていう気がしてなりませんの。現にこのわたくし自身がそうなんです。気がむしゃくしゃして機嫌が悪くなりそうなときには、すいと立って庭へ出ましてね、あちこち歩きながら対舞曲の二つ三つも歌いますのよ、そうしますとすぐ気持がよくなりますわ。」‐ぼくはいった。「それなんですよ、ぼくのいいたかったことは。不機嫌というやつは怠惰とまったく同じものだ。つまり一種の怠惰なんですから。ぼくたちはそもそもそれに傾きやすいんだけれど、もしいったん自分を振い起す力を持ちさえすれば、仕事は実に楽々とはかどるし、活動しているほうが本当に楽しくなってくるものです」‐フリーデリーケは一所懸命になってきていたが、シュミレット氏は、いや自分で自分が自由になるもんじゃない、少なくとも感情というものはそうだとぼくに反対した。‐ぼくは答えた。「つまり問題は不快な感情でしょう、こいつは誰にしたってありがたくない。それに自分の力は、それをためしてみるまではどれほどあるものか、誰にもわかりはしませんよ。だってそうでしょう、病気になると、方々のお医者のところをかけずりまわる、そうしてなんとでもして丈夫になろうと思って、どんなに苦しい節制でも、どんなに苦い薬でもいやがるということはない」‐好ましい老人もぼくらの議論の仲間入りをしようとして懸命にきき耳を立てていることがわかったから、ぼくはそっちの方に向いて声を大きくした。「たくさんの悪徳にたいしてはお説教があるけれども、ぼくはまだ不機嫌をいましめる言葉が説教壇から話されたのを聞いたことがないのですよ」‐
…また例の青年がやりだした。「あなたは不機嫌を悪徳だといわれるが、私はどうもそれはいいすぎじゃないかと考える」‐「どういたしまして。自分をもはたの人をも傷つけるものが、どうして悪徳じゃないのでしょうか。お互いに仕合せにすることができないだけでももうたくさんなのに、めいめいが時にはまだ自分から自分に与えることのできる楽しみまでも、その上なお奪い合おうというのですか。不機嫌でいてですね、しかもまわりの人たちのよろこびを傷つけないようにそれを自分の胸だけに隠しおおせるような、それほど見上げた心がけの人がいるんなら、おっしゃってみてくださいませんか。むしろこの不機嫌というものは、われわれ自身の愚劣さにたいするひそかな不快、つまりわれわれ自身にたいする不満じゃないんですか。また一方、この不満はいつもばかげた虚栄心にけしかけられる嫉妬心と一緒になっているんですよ。仕合せな人間がいる、しかもぼくらが仕合せにしてやったんじゃない。さてそういう場合に我慢ならなくなってくる、そういうわけじゃありませんか」‐ぼくがあまり熱心に話すもんだから、ロッテが見て微笑した。フリーデリーケの眼には涙が宿っているんだ。それを見るとぼくはまた勢いをえて話し続けた。‐「ひとの心を左右する自分の力を頼りにしてですね、ひとの内心から湧き上がってくる素朴なよろこびを奪ってしまうなんていう人間は許しがたい。この世のどんな贈り物も、どんな親切も、今いったように暴君によってやきもちまじりの不機嫌のために、だめにされてしまった楽しい自己満足の一瞬間を償うようなことはできないのです」不機嫌でいてですね、しかもまわりの人たちのよろこびを傷つけないようにそれを自分の胸だけに隠しおおせるような、それほど見上げた心がけの人がいるんなら、おっしゃってみてくださいませんか。むしろこの不機嫌というものは、われわれ自身の愚劣さにたいするひそかな不快、つまりわれわれ自身にたいする不満じゃないんですか。また一方、この不満はいつもばかげた虚栄心にけしかけられる嫉妬心と一緒になっているんですよ。仕合せな人間がいる、しかもぼくらが仕合せにしてやったんじゃない。さてそういう場合に我慢ならなくなってくる、そういうわけじゃありませんか」‐ぼくがあまり熱心に話すもんだから、ロッテが見て微笑した。フリーデリーケの眼には涙が宿っているんだ。それを見るとぼくはまた勢いをえて話し続けた。‐「ひとの心を左右する自分の力を頼りにしてですね、ひとの内心から湧き上がってくる素朴なよろこびを奪ってしまうなんていう人間は許しがたい。この世のどんな贈り物も、どんな親切も、今いったように暴君によってやきもちまじりの不機嫌のために、だめにされてしまった楽しい自己満足の一瞬間を償うようなことはできないのです」
『若きウェルテルの悩み』/ゲーテ
以前友だち(ひとみ)がこの部分を彼女自身のブログに引用していたのを読んで、ぜひ一度この本を読んでみたいと言ったら、彼女が日本から「第二弾の誕生日プレゼントね!」といって、この本と『椿姫』/ドュマ・フィスの2冊を送ってきてくれました。ありがたい。ありがとうひとみ:)
不機嫌って、周りの人たちも傷つけるし、そして結局自分をも傷つけるとてもやっかいなもの。もっと若いときに読んでおいたらよかったと思った。今も大人げないながら不機嫌になってしまうことがあるけれど、そのときはこれを思い出すことにする。むしゃくしゃした時は、ロッテがいったように、外へ出て何かお気に入りの歌でも歌おうとしよう、そうしよう。
…われわれ人間はいい日が少なくって悪い日が多いとこぼすが、ぼくが思うにそれはたいてい間違っている。もしわれわれがいつも、神が毎日授けてくださるいいことを味わう率直な心を持っていられたなら、たといいやなことがあっても、それに耐えるだけの力を持つことができるだろう、といったのだが、牧師夫人はこれにたいして、「けれどわたしどもは自分たちの心持を自分たちの力ではどうすることもできませんわ。からだの調子がかなりものをいいますからねえ。調子がよくないと、何事にたいしても不機嫌になってしまいますわ」というので、ぼくはそれはそうですと夫人の言葉を肯定した。‐「だからぼくらはそれを病気のように見て、何か薬はあるまいかとさがしてみたらどんなものでしょうか」‐「本当にさようですわ」とロッテが口をはさんだ。「わたくしは、どうも万事わたくしたちの心がけ次第だっていう気がしてなりませんの。現にこのわたくし自身がそうなんです。気がむしゃくしゃして機嫌が悪くなりそうなときには、すいと立って庭へ出ましてね、あちこち歩きながら対舞曲の二つ三つも歌いますのよ、そうしますとすぐ気持がよくなりますわ。」‐ぼくはいった。「それなんですよ、ぼくのいいたかったことは。不機嫌というやつは怠惰とまったく同じものだ。つまり一種の怠惰なんですから。ぼくたちはそもそもそれに傾きやすいんだけれど、もしいったん自分を振い起す力を持ちさえすれば、仕事は実に楽々とはかどるし、活動しているほうが本当に楽しくなってくるものです」‐フリーデリーケは一所懸命になってきていたが、シュミレット氏は、いや自分で自分が自由になるもんじゃない、少なくとも感情というものはそうだとぼくに反対した。‐ぼくは答えた。「つまり問題は不快な感情でしょう、こいつは誰にしたってありがたくない。それに自分の力は、それをためしてみるまではどれほどあるものか、誰にもわかりはしませんよ。だってそうでしょう、病気になると、方々のお医者のところをかけずりまわる、そうしてなんとでもして丈夫になろうと思って、どんなに苦しい節制でも、どんなに苦い薬でもいやがるということはない」‐好ましい老人もぼくらの議論の仲間入りをしようとして懸命にきき耳を立てていることがわかったから、ぼくはそっちの方に向いて声を大きくした。「たくさんの悪徳にたいしてはお説教があるけれども、ぼくはまだ不機嫌をいましめる言葉が説教壇から話されたのを聞いたことがないのですよ」‐
…また例の青年がやりだした。「あなたは不機嫌を悪徳だといわれるが、私はどうもそれはいいすぎじゃないかと考える」‐「どういたしまして。自分をもはたの人をも傷つけるものが、どうして悪徳じゃないのでしょうか。お互いに仕合せにすることができないだけでももうたくさんなのに、めいめいが時にはまだ自分から自分に与えることのできる楽しみまでも、その上なお奪い合おうというのですか。不機嫌でいてですね、しかもまわりの人たちのよろこびを傷つけないようにそれを自分の胸だけに隠しおおせるような、それほど見上げた心がけの人がいるんなら、おっしゃってみてくださいませんか。むしろこの不機嫌というものは、われわれ自身の愚劣さにたいするひそかな不快、つまりわれわれ自身にたいする不満じゃないんですか。また一方、この不満はいつもばかげた虚栄心にけしかけられる嫉妬心と一緒になっているんですよ。仕合せな人間がいる、しかもぼくらが仕合せにしてやったんじゃない。さてそういう場合に我慢ならなくなってくる、そういうわけじゃありませんか」‐ぼくがあまり熱心に話すもんだから、ロッテが見て微笑した。フリーデリーケの眼には涙が宿っているんだ。それを見るとぼくはまた勢いをえて話し続けた。‐「ひとの心を左右する自分の力を頼りにしてですね、ひとの内心から湧き上がってくる素朴なよろこびを奪ってしまうなんていう人間は許しがたい。この世のどんな贈り物も、どんな親切も、今いったように暴君によってやきもちまじりの不機嫌のために、だめにされてしまった楽しい自己満足の一瞬間を償うようなことはできないのです」不機嫌でいてですね、しかもまわりの人たちのよろこびを傷つけないようにそれを自分の胸だけに隠しおおせるような、それほど見上げた心がけの人がいるんなら、おっしゃってみてくださいませんか。むしろこの不機嫌というものは、われわれ自身の愚劣さにたいするひそかな不快、つまりわれわれ自身にたいする不満じゃないんですか。また一方、この不満はいつもばかげた虚栄心にけしかけられる嫉妬心と一緒になっているんですよ。仕合せな人間がいる、しかもぼくらが仕合せにしてやったんじゃない。さてそういう場合に我慢ならなくなってくる、そういうわけじゃありませんか」‐ぼくがあまり熱心に話すもんだから、ロッテが見て微笑した。フリーデリーケの眼には涙が宿っているんだ。それを見るとぼくはまた勢いをえて話し続けた。‐「ひとの心を左右する自分の力を頼りにしてですね、ひとの内心から湧き上がってくる素朴なよろこびを奪ってしまうなんていう人間は許しがたい。この世のどんな贈り物も、どんな親切も、今いったように暴君によってやきもちまじりの不機嫌のために、だめにされてしまった楽しい自己満足の一瞬間を償うようなことはできないのです」
『若きウェルテルの悩み』/ゲーテ
以前友だち(ひとみ)がこの部分を彼女自身のブログに引用していたのを読んで、ぜひ一度この本を読んでみたいと言ったら、彼女が日本から「第二弾の誕生日プレゼントね!」といって、この本と『椿姫』/ドュマ・フィスの2冊を送ってきてくれました。ありがたい。ありがとうひとみ:)
不機嫌って、周りの人たちも傷つけるし、そして結局自分をも傷つけるとてもやっかいなもの。もっと若いときに読んでおいたらよかったと思った。今も大人げないながら不機嫌になってしまうことがあるけれど、そのときはこれを思い出すことにする。むしゃくしゃした時は、ロッテがいったように、外へ出て何かお気に入りの歌でも歌おうとしよう、そうしよう。


























