ロッキングチェアで足を伸ばしながら本(くららちゃんから借りた本の中の一つ、『ロシアは今日も荒れ模様』/米原万里)を読んでるのだけど、ただいま膝の上でNovaが気持ちよさそうに寝ています。その顔が愛くるしくて、彼女に気を取られています。そしてあたりまえだけど、わたしの膝はしっかりと温かい。Novaも一匹のネコとして生きてるんだなって、またまたあたりまえなことを思います。うれしいときはゴロゴロいうし、お腹空いたときはわたしの周りをうろちょろするし、つまんないときはプイってどっかいくし、なんだかほんと人間と同んなじだなーって思います。

去年だったかな、わたしがまだ東京にいたころ、Novaは3匹の子猫を産みました。しばらくはうちに置いておいたのですが、4匹も飼えないということで子猫3匹をダスティンがペットショップにアダプトしました。それを聞いたときは、「そっか、4匹も飼うの大変だもんね。しょうがないか。」くらいしか正直思いませんでした。

そうだったのだけど。

こっちに引越してきて二ヶ月くらいたったある日、YouTubeでいろんな動画をランダムに見ていたときにたまたま子猫が出てくる動画を見つけ、おもしろそうだったのでそれを再生すると、子猫の鳴き声が流れました。すると、Novaが突然mew mewいいながらその子猫を探すようにわたしのパソコンに近づいてきてウロウロし始めました…そのときのNovaは、いつもわたしが見ていたNovaではなく、我が子を心配する母親の姿に見えました。きっと自分が産んだ子猫を探してるんだと、瞬時に思いました。そんなNovaを見たら、突然涙がポロポロ出てきました。前にある人が「ネコ(動物)にも感情はあると思う。」て言ってたのを思い出し、申し訳ない気持ちでいっぱいになり、ただただごめんねと心のなかで繰り返すことしかできませんでした。動物にも人間と同じように感情があるって、そんなあたりまえのこと心のどっかで知っていたはずなのに、なんで忘れてたんだろうって恥ずかしい気持ちでいっぱいになりました。その日から、忘れかけていた写真でしか見たことのないあの3匹の子猫が、すてきな人たちと一緒に元気に暮らしていることを毎日願わずにはいられません。

それからというもの、わたしはNovaにちっとも頭があがりません。それは後ろめたい気持ちもひとつあるのだと思うけれど、だって、彼女はわたしより先にもう出産という女性の大きな大きな仕事を経験しているんですもの。尊敬せずにはいられません。

わたしにもいつか子どもが産まれたら、そのとき、本当に“母”の気持ちがわかるのかもしれない。それまでは、それまでの少しの間はまだ子どもでいさせてください…

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