そして今日は3.11。日付またいじゃったけど…
忘れない9年前。
毎年書いてる気がするけど、長男妊娠25wで仙台市内の病院に前置胎盤で入院中でした。
部屋の中は棚から物が落ちてくるし、ベッドも部屋の中央に移動しちゃうし、点滴のバッテリーなくなるし、家に上の子を残して入院してるママさんは泣いてるし…とにかく不安でしかありませんでした。
当時はスマホもなくて、当日は全く情報が入ってこず、津波がきたなんて知る由もありませんでした。
普段はキラキラしている街中にある病院なのに、この日は部屋から見えるのは漆黒の街並みで、恐怖を感じました。
停電の中、不安で眠れない夜を過ごしていたら、廊下で電話している人の声が聞こえました。
「津波がきて、沿岸が大変なことになっている。何百人と流されたらしい。」
って。
うとうとしてはすぐに起きてを繰り返してましたが、一気に目が覚めて背筋が凍ってしまいました。
でも、今聞こえたのは夢かもしれない。そうも思いました。
うとうとばかりしてたので、夢と現実があいまいなのかも…と。
翌朝ワンセグ(時代を感じる…)を持っていた隣のベッドの人がテレビを見せてくれました。
夜中に聞いたことは本当でした。
夢ではありませんでした。
言葉が出できませんでした。
生きていることが奇跡のように思えました。
震災前までは同室の方たちとは挨拶程度でカーテンも閉めっぱなしで一切お話しすることはなかったけど、震災後はカーテンは自然とオープンするようになり、みんなで話しをするようになりました。
退院時は連絡先も交換して、産後は何度か集まったりしていました。今でも続いている友人もいます。
大変な日々でしたが、これはとても素晴らしい収穫だったなと思います。絆なのかなと。
入院して11日目に震災、3ヶ月間という長期入院の末、無事に長男が誕生してくれました。
毎年3.11になると今書いた光景を思い出します。
何としてでもお腹の中の子を守りたい、その一心でした。
全前置胎盤の上、切迫だったにもかかわらず、必死にしがみついてくれた長男。
医師や看護師さん、同室の方、家族の存在に助けられました。
奇跡が集まって長男は産まれてきてくれたんだと3.11になると思います。
子供達にも3.11のことを伝えて、精一杯生きていきたいと思います。