子供のどもりが治った! | リストラ先進国アメリカへ移住した母さんの地球人教育

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子供のどもりが治りました!

実は、長男うぉち君が2月から6月上旬までどもっていて母さんは内心心配していました。

どもるのはもっぱら日本語のみ。
 

「今日は学校で何したの?」


と聞こうものなら、


「ぼぼぼぼぼ、ぼぼぼくっは、僕は、」とどもってしまっていたのでした。


「え~、なんでだろう???」


と漢字の通信教育を受けている先生にスカイプで日本と繋がったときに聞いてみた所、


「お母さんは、お子さんに指摘しないでください。どもりを気にしないで接してあげてください。」


と言われてから少し安心して接する事が出来るようになったんですね。


この先生とは通信教育を受け始めてからのおつきあいで、5年程毎月お話しさせてもらっているのですが、先生に実は母さんも、どもっていたことをお話ししたのです。


母さんがどもっていたのは、19歳のときと出産後1年間程。


19歳のときと言えばアメリカに留学して1~2年目の頃ですね。

このころは一生懸命英語を話そう、理解しようと努力していた時期です。

学校も英語、ルームメイトも英語、24時間英語三昧でした。

で、疲れていたのか、なぜか日本語がどもっていました。


でも、英語はどもっていませんでした。




そしてどもっていたもう一つの時期は、出産後1年間。

2007年に長男、2008年に長女を出産し、

と~っても寝不足で、疲れていた時期です。

ここでも日本語がどもっていたんですね。

英語は口が動きませんでした。

しゃべれないんです。ろれつが回っていなかったですね。




とにかく疲れていて、身体がしんどくて、しんどくて、

オムツをする子供が2人いるって結構きますね。

というか当時の記憶がないんですよ(笑)

気絶していたのでしょうか?




ま、そんなこんなで、思うに、疲れているとき、もしくは自分の能力のキャパを超えそうなときに母さんは日本語がどもるようです。



2、3月頃はといえば、実は母さんのバセドウ病と坐骨神経痛で運転が出来なかったので、日本からじぃじとばぁばが来てくれていた時期だったんですね。



そして、長男うぉち君はいつも学校であったことは英語が半分、日本語が半分で母さんに話してくれていたのです。


が、じぃじやばぁばは英語が交じると分からないんですね。

で、どうやら彼らとやり取りをしているうちに、うぉち君、学校であったことを日本語で全部話そうとして、でも、うまく訳せなくて混乱してしまったのではないかと。。。



多分一生懸命頭の中で英語を訳そう訳そうとするうちにどもってしまったのではないかな~と思います。


結局4月になってじぃじとばぁばは日本へ帰国しました。



でもうぉち君はどもったまま、


「ぼぼぼっ、ぼくぼく、僕は、。。。」


のままで6月まで来ていたんですね。


「いつまで続くのかなぁ。」


とやっぱり心配し続けていた母さんでしたが、
日本に帰国して1~2週間程でどもりがなくなったんですね。



これは日本に滞在する事によって、言語が日本語のみの環境になったからとしか思えないんですよね~。


そして現在8月、アメリカに帰国して3週間以上経過しましたが、どもりはありません。


あんなにどもっていたのに、なんだったのでしょう。


母さんは専門的な事は分かりませんが、色々と思い返し考えさせられる事がおおい出来事でした。