当時から 父から折檻を受ける姉は可哀想だと思っていた

でもそのつぎの日には 必ず私が姉の標的になった


そんな風にしか 心のバランスを取ったり父との関係を築けなかったんだと思う

なので今となっては 当時の姉に対しては恨んだりする気持ちはない


姉との関係は もっと大人になってからの方が 深刻だから



前回書いた 小学校二年生頃の出来事は明日また


姉も同じく祖父母の家に住んでいたが

部屋は父親と同じで 私とは若干違ってた

私は祖父母と同じ部屋で夜も寝ていた 姉は父と同じ部屋で寝ていた


父親は事有るごとに 姉に暴力を振るっていた

今で言う幼児虐待に近い状態 しかし次の日には

姉は意味もなく 私へと暴力をふるって 「お前が居るからだ」と

永遠に殴る蹴るをしてきた

それを見かねた祖父が 姉を叱りつける

すると姉は帰ってきた父へ 「祖父にいじめられた それを操ってるのがアイツだ」と

私が虐められた振りをして 祖父を炊きつけて 姉をいじめるんだと言って

父へ泣きつくのだ すると前日 娘を折檻して罪悪感のある父親は 私を悪として

娘との愛情を深める 後日 父親は姉の機嫌取りだと言って 映画だ買い物だと連れて行く


姉はますますそんな形でしか父との関係を築けずに 事有るごとに

私を悪者にして 父との関係を深める


父親は 直接は言って来ないまでも 心の底から「娘をいじめる悪人」として私を認識する


学校でも家でも 心の居場所のなかった私にとって 祖父母の存在が唯一の家族としての温もりでした


ですが子供心にも 預けられてるという気持ちはどこかにあって

いつもどこかで遠慮してる私がいました 心の底からわがままを言ったり 

笑ったりとは少なかったように思います


ですがそれを解ってか 祖父母は本当の両親のように よりいっそう大切にしてくれました

それがあったので いじめや姉からの暴力 たまに父からの暴力にも絶えていられたんだと思います


しかし小学校二年生の頃 さらに大きなできごとがありました

それはまた次回

小学生の頃はずっと「おかま」と言う言葉でからかわれていた

時には担任の教師も一緒になってだった


私は「同性愛」という世界を知らなかったが

「おかま」と言う言葉は同級生や教師によって嫌というほど

頭に叩き込まれた


自分の様な人間が「おかま」なんだと・・・・


しかし大人になった時 ゲイの友人ができていく中で

私は「おかま」ではないと気付かされる

それはまた別の回に


それとは別に 私は「いじめ」にも遭っていた

私の家庭環境がその根にはあったようだ

現在と違い当時は 片親の家というのはあまり胸をはって言える世の中ではなかった

いろいろな事情もあり 祖父母の家で育てられることになった私は

片親であることを あまり意識しないほど祖父母には良くしてもらった

しかし小学校へ上がることによって 周りや同級生の親たちに陰口を言われたり

「片親のあの子とは遊んじゃダメ」なんて言われていた事を知っていく中で


自分の存在が どれほど周りの人にとって 不快なのかと考え始める


そんなにも不快を与えているならば なぜ生まれてきたのか

生まれてきたからには 何か役に立てるのか 意味があるのか

そんな事を 小学生時代はずっと悩んでいた


そんな小学生時代から 実の姉からの「いじめ」も加速度をあげていく

それはまた次回