栗木岳①②③④⑤
栗木岳を写生しました。局ヶ岳(後述)より少し高いとのこと。赤桶町の墓所が高台に在って、此処からの眺めが最高である。変な話であるが、車も駐車できるし、極めて清潔に整備されている。墓参りの人のみ、ここを訪れるので、写生が妨げられることが無い。赤穂橋の側からの眺めも良い。写生の日時を参考に絵を見てもらいたい。
栗木岳①
図 194 栗木岳 寒冷前線南下 油彩 F8 1994/08/18
物好きにも、寒冷前線の通過を狙って写生する。
栗木岳②
図 196 栗木岳(西岳)油彩 F20 1994/08/23~94/10/17
栗木岳③
図 197 栗木岳 油彩 F15 1994/10/18
異なった表現を試みた。
栗木岳④
図 203 栗木岳(新赤桶橋) 油彩 F4 1995/05/22
栗木岳⑤
図 204 栗木岳(向赤桶) 油彩 F4 1995/05/23
波瀬①
波瀬③
図 69 三重県飯高郡波瀬遷宮 油彩 F30 1989年11月4日 未完
絵の右側に、勘定阪なる、下りの小道がある。近くの食堂の料理は京風である。陶壁があり、小生と長男晴彦の署名の小タイルがある。陣屋、窯元、山野草の庭園もある。
波瀬②
図 92 飯高郡波瀬勘定坂(蔵の後方は神社) 油彩 F8 91/05/18
蔵の後ろに神社、遷宮の後、写生している。私の好みに描けていると思う。
小生は、この年になっても、このような蔵の持ち主でありたい。蔵の中に入れるものは何一つ無いのであるが、蔵の中で読書をし、疲れたら居眠りをしたい。
波瀬①
図 50 飯高郡波瀬、神社の森と勘定坂 油彩 F8 1987/11/08
画面中央の森が神社。和歌山街道沿いの波瀬の中心である。蔵のあるところから右に下る道は、勘定坂である。労働者が、給料を貰って、受領した金を頭に、この道を降りたのであろう。
ブログ初日追加
毘沙門天像は土の人形である。約30センチの高さ、彩色したものをスケッチし、これを自分流に描いたものです。元寇の役に出陣する三重県の武将が、武運長久を祈念し、金剛証寺に奉納し、九州に出陣した。彼の心情は、心の痛むほど推察できる。無事帰国したかどうかは詳しくは無い。








