本名不明。
国籍不明。
年齢不明。
経歴不明。

これは、すべてが謎に包まれたある天才探偵の話である。



2008年。春。

世は正体不明の連続殺人鬼に怯えていた。

日本中で原因不明の変死が続出したのだ。

人々は犯人を恐れ、その攻撃的な性格から「Sadist」の頭文字を取って「S(エス)」と呼んだ。


この事態を重く見た日本警察は、捜査本部を設置し、ある男とのコンタクトを取ることに成功した。


松木「エム?一体誰なんですかそれ?」

朝神「これまでに世界中の難事件を解決に導いている、正体不明の天才探偵だ。人前には滅多に姿を見せないのだが、今回は特別に我々捜査本部の人間とだけ顔を合わせることに納得してくれた」


この2人はS対策捜査本部の刑事、新米の松木安太(まつきやすた)と、ベテランの朝神謙一郎(あさがみけんいちろう)だ。


今まさに、協力を要請した天才探偵の潜伏するホテルへと向かっていた。


朝神「着いたぞ。ここだ」


それは都内の一等地に建つ高級ホテルだった。
2人はエレベーターで指定された部屋へと向かった。

室内にはすでに数人の捜査本部の人間が集まっていた。


松木「エムっていうのはどいつですか?」

朝神「どうやらまだ着てないようだな」


そのとき、部屋の奥の扉がゆっくりと開いた。

そして、全身真っ白な服を着た裸足の男が出てきた。

ひどく猫背で、髪はボサボサ、目の下には大きなクマがある。


室内の全員が息を飲んだ。


「皆さんはじめまして。M(エム)です」

男は静かにそう言った。


松木「あ、あいつがM…!?」

M「バーン!!バーン!バーン!!!」

Mは両手で拳銃の形を作っていきなり発砲するマネをしてきた。

朝神「な、なんだ!?」

M「皆さん。私がSだったらもう死んでましたよ?」

松木「貴様ぁ!!ふざけてるのかぁ!!!!」

M「いえ、大真面目です。要するに、常に警戒心を持って捜査に臨んでくださいということです。私の考えでは、Sは直接手を下さずに人を殺すことができます」

Mはそう言ってじゃがりこを食べ始めた。


朝神「直接手を下さずに?」

M「はい。地理的、時間的に考えて、それは間違いありません。やつは直接手を下さず、しかも一度に大量の人間を殺すことができます」

松木「そ、そんなことが可能なのか!?一体どんな方法なんだ!!?」

M「それが分かれば苦労しませんよ」

松木「……」


M「しかし、私は殺人にはある法則があることに気がつきました」

朝神「法則?」

M「テツヤ。皆さんに例の物を」


Mがそう言うと、部屋の奥からメガネで白髪の紳士的な老人が出てきた。


松木「警部、あの人は?」

朝神「彼はテツヤ。Mの側近で、唯一Mの正体を知る人物だ。もう相当な高齢だが、かなりのやり手という噂だ」


M「テツヤ。どうしました?早く皆さんに例の物を」

テツヤ「それより婆さんや。朝飯はまだかのう?」

M「落ち着くだテツヤ。朝飯はついさっき食べたじゃないか。それに、私は婆さんではありません」

テツヤ「おお~そうじゃったそうじゃった。それより婆さんや、朝飯はまだかのう?」

松木「ボケとるではないか。完全にボケてしまっておるではないか!!!」

M「テツヤ。もういいです。自分で配ります」


Mは自分で何か資料を配り始めた。


M「それは私が以前独自に集めたデータです。Sに殺された人間を一覧にしデータ化したものなんですが、Sの殺人対象は年齢も性別も地域もバラバラで、一見無差別のように見えます。しかし私はSの殺人に、ある傾向があることに気づきました」

朝神「ある傾向とは?」

M「貧富の差です」

松木「貧富?」

M「そうです。Sは中流階級かあるいはそれ以下の所得の人間しか殺さず、上流階級の人間はほとんど狙っていないのです」

朝神「…つまり金持ちは殺されていないということか…」

M「はい。これが逆ならまだ理解できます。貧しい人間が裕福な人間を妬んで殺しているということになります。しかし金持ちだけを殺さないというのは、何を意味しているのか私にもさっぱり分かりません」

松木「なんだ。なら結局何も分かってないんじゃないですか~」


するとそのとき、部屋のドアが勢いよく開いた。

そこには、大学生くらいの、容姿端麗な男が立っていた。


朝神「太陽!こんなとこで何をしてるんだ!?」


男の名前は朝神太陽(あさがみたいよう)。
謙一郎の息子で、大学で法学を学んでいる。
成績はかなり優秀だ。


太陽「父さん…実は…実は僕がSかもしれないんだ!!!」

朝神「な、何を言い出すんだ太陽!!?」

太陽「ぼ、僕は、実は父さんに隠れて、通販でムチを買ったんだ!それで彼女を叩いて、特殊なプレイを楽しんでるんだ!!!こんなドSな人間は、無意識のうちに殺人を繰り返していてもおかしくない!!!」

松木「それはおかしいだろ」

M「分かりました。ならばこれから太陽くんの両手両足を縛り監禁し、24時間我々の監視下におきます。いいですね?」

太陽「ああ。頼む…」

松木「強引な展開だな」


こうして、太陽はMたちによって監禁されることになった。



18日後。


太陽「…ど、どうだぁ?僕が監禁されてから、Sによる殺人は止まったかぁ?」

M「いいえ。全く止まりませんね」

太陽「M…よく考えたんだが、やっぱりこれは時間の無駄だよ。僕がSなんかなわけないし、無意識であんな大量殺人をできるはずない。今すぐここから出してくれ」

M「それを判断するのは我々です。まだあなたをそこから出すわけにはいきません」

太陽「だからSなんかじゃないって言ってるだろ信じてくれよぉ!!!」

M「ふふっ。まんまと罠にハマりましたね太陽くん。私はずっと前からあなたがそうなるのを待っていたのです」

太陽「何?」

M「今あなたはそこから出たがっている。その事実があなたがSだという何よりの証拠なのです。普通の人間なら、監禁なんかされたらたまらない快楽を感じるはずです」

朝神「それは普通じゃない」


そのとき、捜査本部に1人の男が勢いよく飛び込んできた。

松木安太だ。


松木「Sの正体が分かりましたぁ!!!」

朝神「なにぃ!!?」

M「誰です!?」

松木「ギョーザです」

M「……は?」

松木「実は中国から輸入していた冷凍食品のギョーザに、毒物が混入されてたらしいんです。それが連続大量殺人の原因です」

朝神「……」

M「……」


朝神「上流階級は…」

M「冷凍食品なんか食べない」


こうして、Mによってまた1つの難事件が解決されたのだった。




もう死んでも続かない