勢いに任せて出てきたものの、この時間は他の教室も当然授業中。

下手に校庭で遊んでも他の先生にみつかってしまうし、

どこか適当な場所を隆介は探していた。


ふらりと体育館を覗いてみると運よく授業をしてるクラスが無かった為、

隆介は体育館に入った。


体育倉庫に入り、バスケットボールを一つ取りだすと、

おぼつかないドリブルをしながら、リング目がけてシュートをする。


普段は他の子らが突いてるボールの音や話し声が

うるさいくらい聞こえているのに、

今は、投げたボールがゴールのリングに弾かれ落ち、

床を叩く音がやけに耳に障る。


落ちたボールを拾い上げ、またゴール目がけてシュートする。

シュートが決まっても誰も称賛してくれない。

外れても誰も責めてくれない。

隆介はすぐに飽きてしまった。


ふいに終業を知らせるチャイムが鳴り響き、

隆介しかいない体育館内を何度も反響する。


隆介はボールを体育倉庫へしまい、教室へ戻った。



教室へ戻ると、いの一番に走ってきた伸介を始め数人が隆介を取り囲んだ。


「溝、すげぇな。マジで出ていくと思わなかったよ」


「まあね、出て行けって言われたから出て行ってやったまでだよ」


ついさっき起きた自分の武勇伝を得意げに話す。


「出て行った後は、誰も居なかったから体育館に行ってさ、

 なんかむかついたからボールとか壁に思いっきりぶつけて遊んでやったよ」

 
ばれない程度の誇張と大げさなジェスチャーを加えながら

その後の様子を語っていると次の授業のチャイムが鳴り、

前のドアから岩崎が入ってきた。


教室内を一瞥し、隆介の姿を確認する。


「溝端、ちょっと来なさい」


そう言って、廊下に隆介を呼び出した。

クラス中の集まる視線に少し緊張しながら廊下へ出る。


後ろのドアからちょこんと顔を出した男子数名が、

興味津津といった風で見ていた。


「少し感情的になってしまって言い過ぎた。それについては謝る。」


てっきり怒られるのかと思っていた隆介は不意を突かれ、

自分も謝ろうかと考えたが、後ろで見られている事に気づき、

なんとなく恥ずかしかった隆介は


「いえ、別にどうでもいいです」


素直に謝る事も出来ず、憮然とした表情でそうとだけ答え教室に戻った。


その後の授業は、騒動の反動からか皆大人しく授業を受けて終わった。


しかし、ほとぼりの冷めた数日後、伸介が小声で隆介に囁いた。




「なあ、次の授業抜け出そうぜ」

例の学級会以降、岩崎に対する隆介達の態度が少しずつ変化し始めた。


伸介がみんなを笑わせようと授業中に隙を見て大声でおかしな事を言い、

それを隆介が突っ込み笑いを取るという構図は今までもあった。


ただ、子供なりに節度をわきまえていた。

注意されたら止めていたし、ここまでやったら怒られるな、

これくらいなら大丈夫というのを無意識に分かっていた。


しかし、徐々に注意されてもヘラヘラ笑うだけで、

またすぐ繰り返す事が多くなっていく。


「おい、川上くん静かにしないか、授業中だぞ」


岩崎に注意された伸介に向かって笑いながら隆介が言う。


「伸介、なんか黙れって言われたぞ」


「男、川上伸介、ここで黙っちゃ男がすたる。溝端殿、助太刀頼む」


何かのTVドラマで覚えたセリフを得意げに言う。

ドッと沸くクラス。


最初こそ、岩崎も笑いながらたしなめていたが、

日に日に同じようなシーンの頻度が増えていき、笑顔もひきつり始める。


伸介達の行為は次第にエスカレートしていった。

ふざける頻度が増え、やがて授業を全く聞かなくなった。


同じようにふざけ続け授業を聞かなくなった隆介に向かって、

ある日岩崎は机を強く叩き、声を荒げながら言った。


「溝端、授業聞く気が無いなら教室から出ていけ!

他のみんなの邪魔になる。」


一瞬、教室内は滝に打たれたように静まり返る。

机が叩かれた音の余韻だけが残った。


今まで怒られる時の中心は大体が伸介だった。

まず、最初にふざけ出すのは伸介でそれを隆介や他の子らが囃したてる。

それがお決まりだったからだ。


その日はたまたま隆介が目に付いただけだったのだろう。

だが、普段率先して怒られていたわけではない隆介としては、

少し考えた後、目立つチャンスだと思い、


「はーい、じゃあ出て行きまーす。」


調子に乗って思わず出た言葉だった。

その後どうなるかとか深く考えていなかった。


依然として静かなままの教室の後ろのドアを勢いよく開け、

廊下へ出て行った。


隆介は英雄にでもなったような気分だった。

1か月も経つと、教室内も落ち着きを取り戻した。


窓から見える桜も花はとうに散り、青々とした葉が枝一杯に茂り始める。
まだ肌寒い日もあったが、

それでも日に日に気温も上がり始め、少しずつ感じる初夏の匂い。
クラス内でも半袖の子らが増え始めていた。


そんな日の午後。
月に一度の学級会が隆介のクラスで行われていた。


議題は”おもちゃの学校への持ち込み”について。


隆介の学校は公立の小学校だった事もあり、

校則もあって無いようなものだった。
休み時間には男子はこぞってトランプやカードゲームを家から持ってきては、
仲良しグループで夢中になって遊んでいた。


ある休み時間の事だった。

男子が休み時間が終わっても夢中になって遊びを止めなかった所を
岩崎に見つかり、トランプを取り上げられてしまった。


彼は以後学校に玩具を持ってくる事を禁止としたが、

しかし、クラスからは反発の声が多かった。


”田村の時は禁止されなかった”


”授業中はやってないじゃんか”


先導して大声で文句を言うのは決まって伸介だ。


伸介は少年野球をやっていて、ケンカも強くクラスのガキ大将だった。
彼に続いて、隆介を含む仲のいい数人もそれに続く。


前任の担任だった田村先生は女性でもあったし、

結構な年配の先生だったので同じようにゴネられた場合、

なし崩し的に黙認していたのだった。


その為、とりあえずゴネておけば何とかなるだろう、

という考えが隆介らに浸透していた。


しかし岩崎はそれを良しとしなかった。
話し合う事で解決をしようと、学級会の議題に上げたのだった。


「この議題について意見のある方はいますか?」

学級委員の女子が言うと、
一部の女子からは、


「学校には必要ないと思います。」


「授業の妨げになります。」


といった意見が挙げられたが、
男子からは、


「授業中にやってないから問題ないじゃないか」


「休み時間なんだから何して遊んだっていいじゃんか」


「女子だって遊んでるやついんじゃん」

という意見が大半だった。


どちらが正しいかなんて一目瞭然だったが、
人数の多さ、男子の圧力に負けて女子の勢いが弱まっていく。

岩崎もまだ若く、上手く舵取りが出来なかった為、
この圧力に飲まれていってしまった。


結局、その日の学級会では玩具の学校への持ち込みは、


・休み時間以外では決して遊ばない事
・あまり高価なものは持ち込まない事
・授業の邪魔になるものは持ち込まない事


を条件に容認された。


隆介は「よっしゃー」と勝ち名乗りを上げるかのように叫んだ。
小さい声で「ちょろいな」と隣で伸介がニヤリと笑いながら言った。


岩崎は仕方ないという様な表情をしながら、
学級会を閉めた。


恐らくここからだったのだろう。
隆介達の頭の中で、

岩崎先生より自分たちの方が上だと思うようになったのは。