☆前日リハ。

すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。
わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。
わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである。
(マタイ11:28-30)


前日リハ。
リハの間中、ひたすら『わたしの荷は軽いのである…』とリピートされ、語られていました。

それが、天の御座にてとりなしていて下さっているイエス様だと分かりました。

弱っちい私のためにとりなして下さっているイエス様…。


それと同時に主の栄光の前に、見えてくる自分の罪…。
それでもう…。
涙が溢れてきました。

悔い改めと感謝の涙。

サタンが巧に私を騙し、落ち込ませようとする…。
この世の価値観で生きる事の素晴らしさを見せ、神様から私を離そうとする…。

今日、ある事があって一日…考えてた。
人間の幸せ。
女としての幸せ。
この先の不安。


そして…今。
ずっと、羨んでいた、ずっと、妬ましく思っていた、
でも、今、自分が同じ場所に立っている…自分には何もないくせに。
それを徹底的に見せられた。
『私にはこの奉仕がある』『私はここの場所に遣わされたんだ』主に仕える事の動機が決して心からの純粋なものではないことを気付かされた。
主に帰すべき栄光を知らず知らずのうちに自分に受けていた。

『あなたには何があるのか?何か持っているものはあるのか?』と神様に語られたようでした。

主の御前であらわになる自分の姿。

『私にはなにもありません…。』
そう答えるしかありません。

デジャブかと思ったけどw

思い出しました。
数日前の聖会のメッセージで語られた事でした。

若い時には、勇気があり、人々から人気があったダビデ。信仰的にもゴリアテを倒すくらいの強い信仰を持っていました。
しかし、神様はそれらのものをことごとく取り去られたのです。

神様は愛する者を懲らしめられる。
神様は人を用いる前に訓練される。

それらは、全て愛を動機としての事。
感謝です。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
☆当日。

ハレルヤ!でした。
あんまり覚えてないけどw

初めてシンガーズで参加して…自分向きではないな(笑)なんて。
いらんことを考え過ぎる(笑)←必要な事ですが…あくまで私の価値観です。
もちろん、音楽的にフォローアップしていく必要はあるけど…。
私の思いとしては、たとえ音楽の技術的にはイマイチだとしても、『(霊的に)分かる人には分かる』ものをやっていきたいと改めて思った。

終わってからMさんと音楽の話しをしたけども…
私がやりたいのは音楽じゃないんだよね。
歌じゃないんだよね。

ただ、主のために主の働きのために賛美してるだけなんだよねぇ…。

そこに霊的な動きがなければ、それが生きたものでなければ…私は意味がないと思ってしまうのよ。

そのためにやるべきことは…私がやりたいことは…音楽的な事ではないのよ。
音楽を追求するよりかは、聖書を知りたい。
神様の事をもっと知りたい。

でも、確かに今日は天の窓が大きく開かれたのが分かった。
終わった後に撮影をしていたNさんが『撮影しながら、もう賛美したくてたまらなかった。こんなことは初めて!』と話してくれたのが印象的だった。
百人から称賛される働きものよりも、一人の人生が変わる働きの方がいい。
今回のイケゴスで、もしかしたら『イマイチだったな…』と思った人がいるかもしれない。(ミュージン多いしね)
でも、Nさんの言葉でもう私には十分です。
主が働いて下さったのが分かるから。

ハレルヤ!主に栄光。