第二集会の賛美リードと特賛の奉仕。
奉仕の後にはいつも自分との闘いになる。
賛美は楽しい。
礼拝の時間は楽しい。

でも…

その後はいつも自分との戦いになる。

やっぱ私の声、嫌い。
“私自身”を外に出すとまだ好きになれない自分がいる。
なんでだろ…反動がくる。
今回はきつい。
“私”で申し訳ないような思いになる。
自己嫌悪。
ああ…落ちる。

神様、あなたが私をあるがままに愛して下さっているように…私もそのままの私自身を愛することができますように。

やばい。
心が雲ってきた…

「立派な信仰者」「あの人の賛美はすごい」とか評価されている人だって…結局は人の目からみた賞賛。

そんなその人の心の内側なんて分かりゃしないでしょ。
トゥルーワーシッパーじゃなくても歌が上手きゃ、賞賛されるっしょ。
逆にトゥルーワーシッパーでも歌が下手じゃ、“キモい”…で終了でしょ。


私、何のためにやってるんだろうね…
よく分からなくなってきた。

“主のためにやってる”

そんなきれいごと、言い訳、負け惜しみにしか聞こえないわ!!

上手く生きたいわ…