マジ寝れん…。
日吉pph&ws。
仕事休んで、昼間は家でバイブルスタディして、賛美して、祈りまくって…教会の仲間が来るって言ってたから、余計に強く祈って備えた。
WSは何だか今日はあっという間に終わった。
知っている曲ばっかだったかな…!?
ソプだったので、音取りの迷いもなく(笑)ただ自分をからっぽにするのと主の臨在を求めて賛美した。

終わった後、感謝の祈りをみんなでして…
突然、“秋葉原の事件について祈りましょう”ということになった。

でも祈れなかった。
どう祈っていいか分からなかった…。

容疑者が事件を起こすまでに書き込んだブログのコメントや証言、親との関係、彼の回りの環境…いろんな事をメディアで見聞きして、私の中に彼に対する“同情”や“かっこいいなという思い”があった。
そんなこと思っちゃダメだと思いつつも、この思いを否定できない。

私も同じような事を思ってしまうのだ。
“自分は負け犬…”
“みんな死んじゃえよ…”“テメー殺してやろうか…”
でも今だにふとした時に現れる黒い思い。
自分の中の破壊的な思い。自分でも怖い自分をコントロールする思い。
勝ち組と負け組という儒教的な考え。
悪魔的な思いになってしまう。
実際に“やる”か“やらない”か…それだけの違い。ヤツとは何も変わらない…。
“神様、ごめんなさい…”
“私を愛する者へと変えて下さい…”
憐れな自分の姿に神様に顔向けもできなかった。


その後、おいしいラーメンを食べ…勢いで?流れで?曹洞宗の大本山総持寺にとりなしに行った。
導きだね…完全に。
実際の寺にとりなしに行ったのは初めて。
しかもそれが、私と関係がありまくりの寺とは…。
実際の場所にみんなで行くって事は、その場所が“イエス様のものである事を宣言し、取り返すため”であり、クリスチャンがその場所に行って、神様を賛美し、祈る事は“教会”が来た事になる…行って賛美し、祈るだけで意味があるのだ。教えてくれた。

私の家は曹洞宗。
そして、去年、親がもう一つの曹洞宗の大本山永平寺に拝みに(禅をしに)行っていた。
一人暮らししてから、実家の事はなるべく避けていた。つーか、嫌だから見ないようにしていた。

総持寺…デカイ。広い。
建物が見えてきてマジ気持ち悪くなった。
ラーメン出るよぉ…。

着いてからあんまり覚えてないんだけど…祈って、私と私の家族のためにも祈ってくれた。
低い重い“ウー”という声?気配?があって…それからは私、倒されて何か叫んでたけど…後は全く覚えてない(笑)
自分の中に自分でも見られない、隠されてきたものが、容赦なくえぐられた感覚。
すごく恥ずかしい…。
霊的に裸にされたというか…。
家とか、親とか、自分とか…恥ずかしいもん。
ドロドロなんだもん。黒いんだもん。
秋葉原のヤツと変わらないんだもん…自分。
断ち切っても断ち切ってもしつこく付きまとってくる奴ら。
嫌になることがある。
何であんな親のために祈んなきゃいけねーんだよって正直思う事もある。
でも、それが奴らの戦略なんだよな…

砕かれた。
今、からっぽ。

誘惑に陥らないように、目をさまして祈っていなさい。心は熱しているが、肉体は弱いのである。
(マタイ26:41)

奴らは吠えたぎる獅のように嗅ぎ回っている。
いつも目をさまし、霊的アンテナを張り、奴らにすきを見せない。
主の道は狭く細い。滅びへの道は広い。
そしてこの世は悪の支配下にあるのだから。

「イエスキリストの名によって…おまえ(サタン)の頭を踏み砕く!」
「おまえらが諦めるまで私は闘い続ける!」

悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。
(ヤコブ4:7)


みことばを信じます!
ハレルヤ!
アーメン!!