三日間、クリスマスイベントが終わりました。
私的には、いいのか!?
…ってほどにクリスマスという実感がないのです。
イエス様の誕生…それはクリスマスだけではなく、いつでも感謝する事なのです。
だから、「今日はクリスマスだから、気合い入れて賛美する!」ということはないのです。
これがいいのか、悪いのかわかりませんが…。
“いつでも最高の賛美を”
これに尽きます。
主の前に立つと、最近特に、賛美が溢れてきます。
今日、キャンドルサービスで賛美して…凄い感じました。
“思いきり賛美したい”
ICGCで歌っている時、賛美に集中出来ない自分がいます。
キャンドルサービスが終わって、信仰の先輩、Kさんと話をしました。
聖霊が働くと、賛美が溢れてくる。
それは…溢れてくるんだからしょうがない。
聖霊に満たされている時、賛美し終わったら、その状態で祈るといいよ。
賛美は“祈り”“感謝”。
やかんの中のお湯のようなもの。
賛美が熱くなって、沸騰しても火を消したら次第に冷めて、冷たくなってしまう。でも、賛美の時が終わって、祈る事でぬるくても冷める事はない。
いつも冷めないように「祈る」事。
そして、次の賛美につなげる。
言葉を大切にする事。
メロディにも意味がある。
それを思って、「自分の賛美」を歌う。
そうすると、賛美に幅と深みが出てくるよって。
ゴスペルではなく、聖歌の方が満たされるという事も相談しました。
あまり、ゴスペルとか良く思ってないのかなーっつ思ってたけど、そんな事なくて…賛美者として、賛美をリードする者の姿勢をきずかされた。
キャンドルサービス中、ウズウズで主と話していました。
いやいやぁ…。
私の中から溢れる賛美。
どうしようもないです…。
これを止めてはいけない。燭台の下に隠すような事をしてはいけない。
主が私に与えて下さったものは主のために磨き、主の栄光のために用いるべきだと強く感じました。
“賛美したい…”
“聖歌隊でも賛美したい”
でも、いろんな事に手を出したらな…出来るかな…。
不安がある。
でも…主の“GOサイン”だよなぁ。
祈ろう。
とにかく祈ろう。
私的には、いいのか!?
…ってほどにクリスマスという実感がないのです。
イエス様の誕生…それはクリスマスだけではなく、いつでも感謝する事なのです。
だから、「今日はクリスマスだから、気合い入れて賛美する!」ということはないのです。
これがいいのか、悪いのかわかりませんが…。
“いつでも最高の賛美を”
これに尽きます。
主の前に立つと、最近特に、賛美が溢れてきます。
今日、キャンドルサービスで賛美して…凄い感じました。
“思いきり賛美したい”
ICGCで歌っている時、賛美に集中出来ない自分がいます。
キャンドルサービスが終わって、信仰の先輩、Kさんと話をしました。
聖霊が働くと、賛美が溢れてくる。
それは…溢れてくるんだからしょうがない。
聖霊に満たされている時、賛美し終わったら、その状態で祈るといいよ。
賛美は“祈り”“感謝”。
やかんの中のお湯のようなもの。
賛美が熱くなって、沸騰しても火を消したら次第に冷めて、冷たくなってしまう。でも、賛美の時が終わって、祈る事でぬるくても冷める事はない。
いつも冷めないように「祈る」事。
そして、次の賛美につなげる。
言葉を大切にする事。
メロディにも意味がある。
それを思って、「自分の賛美」を歌う。
そうすると、賛美に幅と深みが出てくるよって。
ゴスペルではなく、聖歌の方が満たされるという事も相談しました。
あまり、ゴスペルとか良く思ってないのかなーっつ思ってたけど、そんな事なくて…賛美者として、賛美をリードする者の姿勢をきずかされた。
キャンドルサービス中、ウズウズで主と話していました。
いやいやぁ…。
私の中から溢れる賛美。
どうしようもないです…。
これを止めてはいけない。燭台の下に隠すような事をしてはいけない。
主が私に与えて下さったものは主のために磨き、主の栄光のために用いるべきだと強く感じました。
“賛美したい…”
“聖歌隊でも賛美したい”
でも、いろんな事に手を出したらな…出来るかな…。
不安がある。
でも…主の“GOサイン”だよなぁ。
祈ろう。
とにかく祈ろう。