これらのことをあなたがたに話したのは、わたしにあって平安を得るためである。あなたがたは、この世ではなやみがある。
しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている。(ヨハネ16:33)
これはイエス様が語られたみことばである。
私たちが生活していると悩みがある。闘いがある。
私たちはよく落ち込む。
自分がどこにいるかも、本当の自分がどれなのかも、わからなくなる。
しかし、どんなに悪魔から支配されてもイエス様にあって勝利が約束されている。
揺さぶられて本当の私がどこなのか分からなくなっている。
悪魔が攻めてきたら私は逃げてきた。イヤ、逃げるどころか自ら固い殻に閉じこもって悪魔が逃げ去るのを待っていた。
篭っているし、周りも暗い(悪魔の力)ので神様の光も見えない。
神様に助けを呼ぶ事もできずに…
そんな時、いつも聞こえてくる。神様の声…
「私がそんなに信頼できない?」
それで祈れるようになる時もある。
「ゴメンなさい…」って。
馬鹿だなー。
いつも同じ事。
これの繰り返し。
だけど今回は違った。
強烈な悪魔の力。
祈れないし、聖書開けないし、人が嫌いで人に祈ってもらうのも拒否してたし…いっぱいの刺ありの鎧で身を固め、誰も近寄らないように呪いの言葉を吐き、死の支配にいる私だった。
世俗的音楽を聴き、世俗的な物を見、世俗的な悪魔的な事に思い巡らす事に快感を覚えた。自分を強くみせて、自分がこんなにも危険な奴で、汚くて、生きるにも値しなくて、“神様”なんてもってのほか。
“私は何でもできる”
“人を殺す事だってできる”
悪魔からの囁き。
でも唯一かっこよくて聞いていたKiki sheardのアルバム。
その中でWarという曲で気付かされた。
“悪魔からも神様からも逃げているのだ”
と。
イエス様は公生涯に入られる前に悪魔から試練を下された。
“何でもできる”と。
それと同じだ。
人間を滅ぼそうとする悪魔の力。
憎むべき相手は人間じゃない。悪魔だ。
闘う相手は人間じゃない。悪魔だ!
私は相手を間違えていた。
こんなにも思い祈ってくれる友を私は思いの中で殺した。
ゴメンなさい…。
でも、相手が分かった。
奴の戦略が分かってきた。
私を滅びへと導くにっくき奴ら。
闘うよ!
しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている。(ヨハネ16:33)
これはイエス様が語られたみことばである。
私たちが生活していると悩みがある。闘いがある。
私たちはよく落ち込む。
自分がどこにいるかも、本当の自分がどれなのかも、わからなくなる。
しかし、どんなに悪魔から支配されてもイエス様にあって勝利が約束されている。
揺さぶられて本当の私がどこなのか分からなくなっている。
悪魔が攻めてきたら私は逃げてきた。イヤ、逃げるどころか自ら固い殻に閉じこもって悪魔が逃げ去るのを待っていた。
篭っているし、周りも暗い(悪魔の力)ので神様の光も見えない。
神様に助けを呼ぶ事もできずに…
そんな時、いつも聞こえてくる。神様の声…
「私がそんなに信頼できない?」
それで祈れるようになる時もある。
「ゴメンなさい…」って。
馬鹿だなー。
いつも同じ事。
これの繰り返し。
だけど今回は違った。
強烈な悪魔の力。
祈れないし、聖書開けないし、人が嫌いで人に祈ってもらうのも拒否してたし…いっぱいの刺ありの鎧で身を固め、誰も近寄らないように呪いの言葉を吐き、死の支配にいる私だった。
世俗的音楽を聴き、世俗的な物を見、世俗的な悪魔的な事に思い巡らす事に快感を覚えた。自分を強くみせて、自分がこんなにも危険な奴で、汚くて、生きるにも値しなくて、“神様”なんてもってのほか。
“私は何でもできる”
“人を殺す事だってできる”
悪魔からの囁き。
でも唯一かっこよくて聞いていたKiki sheardのアルバム。
その中でWarという曲で気付かされた。
“悪魔からも神様からも逃げているのだ”
と。
イエス様は公生涯に入られる前に悪魔から試練を下された。
“何でもできる”と。
それと同じだ。
人間を滅ぼそうとする悪魔の力。
憎むべき相手は人間じゃない。悪魔だ。
闘う相手は人間じゃない。悪魔だ!
私は相手を間違えていた。
こんなにも思い祈ってくれる友を私は思いの中で殺した。
ゴメンなさい…。
でも、相手が分かった。
奴の戦略が分かってきた。
私を滅びへと導くにっくき奴ら。
闘うよ!