今、私の内側が熱い。
何なんだろう…痛い。胃も痛い。でも確かに何かが変わった。

*この事を忘れないために(忘れたくない)ためにこのblogに書こうと思う。

今日、ゴスペルアワーで特別賛美をした。
曲は『Hallelujah,Salvation and Glory』で、たまちゃんギターで最初ソロ、後半はたまちゃんと掛け合い(?)
自分一人での賛美はこれが初めて。だから『私』の賛美がしたかった。だから何も考えずに賛美した。
だけど終わって反動がきた。『私は賛美するには相応しくない奴だ。』
どうしようもなく辛くなった。

教会を出て、そんな私を察してかたまちゃんと満喫へ。
何も話してないのに既に半泣き状態の私。
自分でも見たくない、触れたくない嫌な自分。最低の自分。ドロドロの自分。
いっぱいいっぱい何重にも蓋をしてきた。逃げてきた。
どうしてユースセレブレーションでうまくいかないのか?どうして誰かを愛する事ができないのか…自分では分かっていた。だけど、核心から逃げてきた。自分で逃げてきたのに一生懸命言い訳をしていた。

だけど…。

もうごまかせないのも分かっていた。核心に向き合わなければそれに連なる様々な問題も解決できないことを。

苦しい…怖い。
痛い。
『蓋を開けるのは自分だよ。そうすれば主が取り上げて下さるよ。』
そう。
自分との闘い。でも主は勇気を与えて下さる。
たまちゃんはただハグして待っててくれた。
『大丈夫だよ。』
心をえぐられるような痛み。

…でも言えた。
(両親や他者に対しての殺意など)

涙が止まらない。こんなに辛いのか…。

鳴咽。

しばらくたまちゃんの目を見れなかった。怖かった。
自分や他人を含めた世界が変わってしまうのではないか。
だけど、たまちゃんはそれでも私を愛してくれた。
本当の自分を出すとみんな私から去って行く気がしてた。自分自身も本当の自分が大嫌いだった。
本当の自分を隠した方が人との付き合いも他人の評価もうまくいく事を知っていた。
だからいい事も嫌な事も深い部分の自分を全て封印していた。深い部分を出すのが恥ずかしいし、自分を出さずに他人に合わせる方がいいと思っていた。
それが今までの私。

みんな私の事を知れば知るほど遠ざかっていく。嫌いになっていく。
だけど、たまちゃんは逆。
今までの人と違う。
『〇〇〇(私)を知れば知るほど愛おしい』って。
私には不思議でたまらなかった。

『うざったくない?』
「全然。」

『重くない?』
「軽い。」
(笑)。

「イエスキリストの愛で〇〇〇(私)を愛してる。」って。
でも私は“愛してる”とは口に出せなかった。
また自分が裏切るかもしれないから。
なんと自分の心は頼りないんだろう。
だけどこの瞬間心から…

“愛してる。たまちゃんに出会えて良かった。”

と思った。
嬉しいよ。本当に嬉しい。
まだ心がジクジクするけど、確実に心の中が変わった。
神様が知って下さっている。そして祈る事ができる。
ありがとう。
この日を、この時間を、この出会いを…ありがとう。