うちは、夫婦共に野球好きだ。かなり好きだ。
昨日、DeNAの山本祐大選手がトレードされたというニュースに衝撃を受けた。
私は夫と共に阪神ファンなのだが、彼が打席に立つと、たとえ優位な試合展開であってもドキドキしたものだ。
そんな、苦手意識すら持っていたはずの選手のトレードに、ホッとするどころか、一抹の寂しさまで覚えているのだから、不思議だ。
夫と夕食を食べながら、敵チームのはずだったそのチームの勝利を見届けた。
ふと、「あ、これ山本祐大の応援歌じゃん」と夫。
そこで初めて、賑やかに演奏されている応援歌が耳に入ってきた。
…聴いたことあったっけ?バッターボックスで構える山本選手の姿は思い浮かぶが、その時流れているはずの応援歌はぜんぜん出てこない。
山本選手の応援歌を覚えていないのは、まだいい。
私は、夫がよほど頻繁に歌ったりクイズにしたりしてくれない限り、阪神の選手の応援歌すら、覚えられない。佐藤輝明選手がバッターボックスに立つ前から、佐藤選手の姿を観て解説を聞くことで精いっぱい。バッテリーと佐藤選手との駆け引きに、私の全ては奪われていく。
その代わり、趣味のピアノで練習している曲は、一音一音漏らさず脳内で再生される。夜中は無限ループに悩まされることもしばしば。
脳内ピアノ練習できるのはいいが、鬱陶しい。
夫は、阪神の選手の応援歌を、当たり前のように歌える。駅の発車メロディや、スーパーのイメージソング、哀愁漂うCM音楽、といった、自然に耳にする音楽を、ちゃんと記憶していて、それを楽しんでいる。
羨ましいと同時に、ありがたい。
私が聴き逃してきた音を、夫はなんでもない顔で拾ってくれる。最近は、夫が「あ、これ」と口ずさんだメロディに、私も耳を向けて、楽しめるようになってきた。
夫の耳は無段階。
私の耳には、on/offしかない。
だから、ちょうどいいのかもしれない。
またひとつ、夫に音を教えてもらった。