東京電機大学・東京千住キャンパス(私立・東京都足立区)

 

(文章と写真を全面的に入れ替えました)

 

ある程度の年齢の人は町屋から南千住、北千住にかかるあたりについて、曰く言い難い印象をお持ちだろう。

 

今や再開発が進み、駅前をちょっと見ただけでは、かつての面影は(あまり)感じられない。

 

そんな北千住の駅前に神田から、2012年に移転してきた東京電機大学だ。設計は槇文彦。

 

 

駅を降りて東口(電大口)を出ると、すぐそこ。

 

 

開放型のキャンパス。塀と門で敷地を囲うのではなく、街中に中高層の校舎や研究棟が立ち並ぶ。

 

 

中庭や遊歩道は、自由に立ち入ることが出来る。というか、公道と公開空地だ。

 

 

丸の内のオフィス街のように、低層階は飲食テナントが入って一般にも開放され、オフィスエリアに相当する部分は、ゲートで区分されている。

 

 

緑も、かなり豊富。

 

 

そんな作りだ。 

 

歩いていると、いわゆる「大学っぽさ」はほとんど感じられない。

 

こぎれいな作りと言うこともあって、ショッピングモールや公共文化施設を歩いているかのような気分だ。

 

 

大学っぽさを感じさせるのは、生協と食堂ぐらいなものだろうか。その生協もおしゃれなコンビニスタイル。

 

 

大学グッズはネクタイピンとロゴ入りボールペンだけで、いささか寂しい。

 

 

ジオラマ用のスポンジやモーターキットなど、ちょっと珍しい品ぞろえは、理系の大学らしさという所か。

 

とはいえ、少し褒めすぎたかも。

 

 

丸の内のように低層階がすべてテナントになっているのでは無く、所々、ぽつんと入っている、程度に過ぎない。

 

まあ、中庭や遊歩道は、日陰に腰掛けて本でも読むのにはぴったりだ。

 

 

学生数約5000に対し、面積は2万6200平米。5~14階建ての校舎5棟がにょっきり伸びたキャンパスだ。

 

 

もともとはホテルとして再開発される予定の土地だったが、足立区長が剛腕で話をひっくり返し、大学を誘致してきた。

 

 

ホテルには申し訳ないが、町にとってはいい結果になったとおもう。

 

 

東京電機大学。

 

「秋葉原を育てた大学」だという。

 

明治日本で帝大工学部を卒業したあと、科学先進国ドイツに旅立ち、シーメンス社に入社した二人の青年技術者がいた。

 

 

広田誠一と扇本真吉だ。

 

二人は日本の科学力を高めるため、帰国後の1907年、神田に夜学の「電機学校」を設立。実践的な技術教育で評判を高め、やがて電機大に発展していった。

 

ちなみに広田は、ググればわかるが、なかなかの華麗なる一族だ。

 

本人も電機大だけでなく、神戸高等工業学校(現・神戸大工学部)の創立者として有名だ。

 

でまあ、なぜ電機大が「秋葉原を育てた」かというと、学生が使う電機部品を扱う店がたくさんで集まってきたのが、秋葉原部品街のルーツだから。

 

 

あと、理系御用達の専門出版社「オーム社」は、電大出版局が大学から独立してできたものだからでもある。

 

ついでにサブカルチャーの面でも、東方プロジェクトを生んだZUN氏と、歴史的マッドサイエンティストの鳳凰院凶真氏は、ともにここの出身者だ。

 

そういう意味でも、秋葉原を育てたと言って間違いない大学だろう。

 

 

はたして100年後、電大は「北千住を育てた」と言われるようになるだろうか。

 

それはさておき、いささか狭いキャンパスなので、散策対象としては少し物足りない。

 

川の方に向かって歩く。

 

ああこれこそ、と思わせる、北千住の古い町並みに切り替わる。別世界のようだ。

 

こちらには公立中学校を居抜きで転用した、電大(東京電機大)の企業・地域連携オフィスもある。

 

さらに進むと、日の出町団地だ。

 

 

こちらこそ、昔ながらの大学キャンパスのように見えるかもしれない。

 

 

もう少し進むと、荒川に出る。川向こうには小菅拘置所が見える。

 

 

歩き足りなければ川沿いをもう少し。

 

舎人ライナーの足立小台駅や東武線の堀切駅から帰るのも、悪くはない。

 

 

  交通メモ

 

東京電機大学・東京千住キャンパス

 

場所: 東京都足立区千住旭町

 

大手町から千代田線で15分少々。北千住駅前に校舎がそびえたつ。あてどもなく北千住の木密地域をぶらついてみてはいかがか。近くに東京未来大学、帝京科学大学もある。この2校、チープな校舎とみるか、そこがプラスティッキーで良いんじゃないか、と思うのか。僕は好きですよ。