■北陸学院大学(石川県金沢市三小牛町イ11番地)

大学を運営する私学団体としては、私学としては北陸地方最古の歴史を持つという。お嬢様学校として知られてきたらしい。

 



キャンパスは金沢駅からバスに乗って35分ぐらい。山に囲まれ、町を見下ろし、眺めの大変良いエリアにある。

 



小規模なミッション系大学で、キャンパスのしつらえも全くその通り。

 



併設の小学校はレトロ風味(木造風)で、品の良い感じだ。

 



1883年に、アメリカ人女性宣教師(プロテスタント長老派系)のメリー・K・ヘッセルが女子教育をはじめたのが起源。

 



1884年に私塾の形を取り、1885年に金沢女学校として正式に開設した。1950年に女子短大「北陸学院保育短期大学」を開設。

 



67年に現キャンパスに移転し、2008年に4年制の北陸学院大学(人間総合学部)を開学した。

 



最近は経営評論家・大前研一氏との業務提携を打ち出し、話題を呼んだ。

少子化で経営の先行きが懸念される中、大前氏の経営企業との支援を受け、インターナショナルスクールの開設に着手するらしい。

★交通メモ★
北陸学院大学
住所: 石川県金沢市三小牛町イ11番地
まあ、とにかく眺めの良いところだ。金沢駅からバスで35分。なのだが、本数が微妙。キャンパスから30分も歩いて下山すれば、それなりにバスも走っているので、帰れなくて困ると言うことはないだろう。

 

■内灘町役場・石川県(石川県河北郡内灘町大学1丁目2−1)

 

なんだかすごい住所だ。というのは、金沢医科大学に隣接して建てられているから、こういう住所になったのだろう。

 

 

内灘町(うちなだまち)は、石川県の中西部に位置する町。金沢市の北西に位置するベッドタウンとして発展してきた。

 

 

名物は砂丘。

 

 

砂丘があったおかげで、戦後の一時期、米軍の射撃練習場として使われていたことがあり、その補償として、早くからインフラ整備が進められた。

 

 

砂丘からは古墳時代の物が多数発掘されており、昔から発展していたらしいが。

 

設計はよく分からない。建物的には90年代後半以降のモノと思われるが。

 

★交通メモ★

内灘町役場・石川県

住所: 石川県河北郡内灘町大学1丁目2−1

金沢医大とその付属病院のとなり。金沢駅からバスで30分ぐらい。

■金沢医科大学(石川県内灘町大学1-1)

 

場所的に言うと内灘町役場の隣だが、金沢市の郊外部と行って差し支えないエリアだ。

 

 

 

 

1972年設立で、当時のモノとおぼしき校舎が大分に残っている。さすがにAクラスとは言えないが、良い感じの昭和モダニズム感だ。嫌いでは無い。

 

 

 

 

ちなみにこの学校、評判の方はググるとすぐ出てくるが、なかなか香ばしい。

 

 

 

 

地元に有力国立大医学部があるのに、有力政治家をトップに据えて開設され、開学早々にスキャンダルで大いに揺れたりと、なかなかアレだ。

 

 

 

 

とはいえ近年は改善されて、立派な大学になってきたと信じたい。

 

 

 

 

★交通メモ★

金沢駅からバスで25分ぐらい。2008年にはお隣の富山県氷見市で、病院運営を開始した。

 

■愛知県立芸術大学(愛知県長久手市岩作三ケ峯)
 
徳川家康と豊臣秀吉が激突した、小牧長久手の戦い。その古戦場からほど近い丘陵地帯に広がるのが愛知県立芸術大学だ。
 


東京と京阪神の中間で独自の発展を遂げた名古屋圏。「東西の中間に特色ある文化圏を築き、地方文化の向上発展に寄与することを目的に1966年に開学」したというのが公式発表。

 


 
「独自の」というだけあって、キャンパスも実に「独自」。個性的だ。

 


 
開学時のキャンパス設計は、アントニン・レーモンド門下の東京芸大教授(当時)の吉村順三を中心に、山本学治、天野太郎、奥村昭雄、茂木計一郎らがかかわった。

 


 
特徴はとにかく長い講義棟。キャンパス中央部、でーんと鎮座している。長さ110メートル。

 

 


 
剃刀(クラシックな手動タイプ)型の白い日よけが印象的。

 

 


 
両端には片岡球子が手掛けた壁画。富士山や人物像で知られ日本画家だ。県立芸大開学に合わせ、美術日本画専攻の初代主任教授となった縁で、ここに絵を描いた。

 


 
かなり癖の強い、いわゆる「独自の画風」の持ち主だが、まあ僕はかなり好き。特に、この大学への就任が一つのきっかけとなって書き始めた人物画「面構」シリーズが好きということもあって、キャンパス拝観に出かけた次第だ。

 


 
さて、キャンパスの大部分は、開学当初のかぐわしき昭和モダニズム建築が残されている。

 


 
一部は現代校舎への置き換えがスタートしいる。

 


 
まあ、全面的な建て替えは行わないようなので、やや安心だが。
 


★交通メモ★


愛知県立芸術大学


住所: 愛知県長久手市岩作三ケ峯


JR名古屋駅から地下鉄東山線で30分、藤が丘駅で下車。リニモに乗り換え10分、芸大通駅で降りて徒歩15分。名古屋市郊外の丘陵地帯である長久手エリアは山と森、湿原に囲まれ、豊かな自然に恵まれている。大学近くに愛・地球博記念公園(ジブリパーク)もある。
2・10 新潟国際情報大

■名古屋市立大学・滝子キャンパス(愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町)

名古屋市立大学のメーンキャンパス、という位置づけで良いのだろうか?

 



この大学は8大学4キャンパスに分散しているので、何とも言い難い。

 



中でも最も学生数が多くて面積も広いのがここだが、圧倒的に、というほどではない。

 



ということはさておき、文理4学部が入っているので、メーンはメーンだろう。

 



市大はもともと、医学部と薬学部からなる医療系大学だったが、1964年に経済学部を増設。

 



初年度は医学部キャンパスに間借りしていたが、翌65年に滝子キャンパスを開設した。

 



その後、逐次学部を増設し、現在の総合大学に発展したというわけだ。

 



キャンパス内の建物は割と古めなものが残っている。開学当初のものが使われ続けている、ということだろう。

 



一部では建て替えも始まった、建て替えつつある、そんな感じかな。

 



古い団地好きの人なら、一度は見に行く価値あり。

 



すべて建て替えられてしまう前に。

 

 




★交通メモ★


名古屋市立大学・滝子キャンパス


住所: 愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町


JR名古屋駅から地下鉄桜通線で15分、桜山駅下車。徒歩15分。医学部の桜通キャンパスとは徒歩20分ぐらいの距離か。
 

■名古屋市立大学・北千種キャンパス(愛知県名古屋市千種区北千種)

メーンの芸術工学棟。設計は名古屋大とここ私大で建築を教えた栁澤忠。

 



8学部を擁する、市立大学としてはトップクラスに大型の名古屋市大。その芸術工学部が単独入居するキャンパスだ。

 



旧制の名古屋女子医学専門学校と名古屋薬学専門学校(ともに現在の大学相当)が改組統合される形で、1950年に発足した。



1964年に経済学部を増設し、文理にまたがる総合大学として発展していった。

 



1996年の教養課程改革で、教養部を廃止して人文社会学部と芸術工学部が発足。

 



芸術工学部は95年に次第に併合された市立名古屋女子短大のキャンパスを受け継いで独立する形で誕生した。

 



芸術工学部ってなに、というとまああれだ。

 



かんたんに言えば、グラフィックデザイナーやウェブデザイナー、動画編集者などを養成するコースと、工業デザイナー養成コース、それから建築系の3本立て。

 



アートではなく、実務なデザイナーだ。

 



この大学の特徴は、何といっても学生食堂。

 



ずらりと並ぶラムホルツのイスとテーブル。

特にキャンパスチェア。至高の座り心地だと思う。これ見よがしではない、控えめで自然で、しかしながら存在感のある曲線。


★交通メモ★


名古屋市立大学・北千種キャンパス


住所: 愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町


ナゴヤドームから南へ徒歩10分ぐらい。街なかだ。名城大とセットで見に行くのがお勧め。ちなみにキャンパス南側に名古屋工大のグラウンドや学生宿舎が広がっているのは、元々ここは名古屋工大の分校地が名古屋女子大に分割され、市大に引き継がれた、という歴史的経緯があるからだ。
 

■名古屋商科大学・日進キャンパス(愛知県日進市米野木町三ヶ峯)
 
キャンパス全体の崇高さ、荘厳さ?というか「でらすげー」という基準で見れば、西の(中部だが)名古屋商科大、東の東京工科大をもって本邦の両巨頭とすべきだろう。

 


 
何がすごいかというと、まずは規模。キャンパスが広く、個別の校舎もデカい。その中に計画性を持ってシンボル性を持った大型校舎が配置されている。

 


 
ただ、それだけではない。

 


 
なんというか、トップの強烈なリーダシップというか存在感というか、まあ、ありてい表現するのははばかられるような個性を感じるということだ。

 


 
でもまあ、名古屋の県民性なのだろうか。名古屋は何というか、よく言えばスケールのデカいキャンパスが多い。

 


 
中京大、県立芸大、南山などなど、よその大学キャンパスと比べると「どえりゃー」としか言いようのない物件が多すぎる。

 


 
そんな名古屋商大は1935年創立の名古屋鉄道学校が源流。1950年に光陵短期大学を設置。53年に名古屋商科大学を開学。68年から日進キャンパスに移転を開始した。

 


 
その歴史や創業者の経歴については、ググってみても詳しいことがわからない。ネット情報の限界を思い知らされた。
 


90年代から刮目すべき経営戦略の活発さを見せ始めたが、そのことについては触れない。あくまで建築さんぽだから。
 


キャンパスの設計は、68年開学時は竹中工務店。その後もいろいろ増改築、建て替えはしているようだが、60年代後半においを濃厚に漂わせた昭和モダニズムな校舎がてんこ盛り。

 


 
もちろん、現代風の校舎もてんこ盛り。

 


 
設計料金はケチっていないようで、良い。お世辞抜きに、見に行く価値があるキャンパスだと思う。手入れも行き届いている。

 


 
正門・裏門のゲートも、とにかく「どえりゃー」としか言いようがない。

 


 
うん。
 
でまあいいキャンパスなのだが、どうだろう、ここの大学も都心部移転を進めている感じがある。
 
残して欲しいキャンパスだ。(他人だから勝手なことが言える)
 
★交通メモ★


名古屋商科大学・日進キャンパス


住所: 愛知県日進市米野木町三ヶ峯


JR名古屋駅からいろいろ乗り継いで名鉄豊田線米野木駅まで1時間。そこからバスで15分。バスの本数は時間帯によりけりなので要注意。
 

■番外・奈良県庁(奈良市登大路町)
 
塔屋から怪光線を発しそうだ。洗脳ビーム、的な。

 


 
実際はパラボラアンテナと思われる。つまり、怪音波を発しているということか?

 


 
1965年落成。設計は建設省近畿地方建設局の建築課長(当時)の片山光生。旧国立競技場なども手掛けた、戦後の官庁営繕の中では知られた名前だ。

 

 


 
見ての通り、58年落成の香川県庁舎(丹下健三設計)をリスペクトしたというかなんというか、な設計だ。

 

 


 
当初は興福寺の五重塔(約50メートル)を超える高さになるはずだったが、ケシカラン!と景観論争が巻き上がったため、高さを半分以下の23メートルに落とした。塔屋部分は48メートルを維持したが、それでも五重塔より低い。

 

 


 
結果として、幅広な建物になった。「水平方向にのびやか」ともいう。

 


 
高層棟と低層棟がロの字型で、中庭を配置。

 


 
寺院の伽藍配置と同じ構成になった。

 


 
ということで伝統建築との調和を図ったとして、景観論争を乗り切った(のか?)というわけだ。

 


 
まあいろいろあるだろうけれど、決して嫌いではないですよ。この建物。
 
日建が改修工事を手掛けたため、総じて内外、状態は悪くない。
 
ちなみに屋上は展望庭園として開放。怪音波発信塔も、途中まで登ることができる。上った先は展望室だ。
 
 
★交通メモ★


番外・奈良県庁


住所: 奈良市登大路町


奈良駅からバスで10~15分。ここを見たら鹿と戯れ、しかる後に奈良教育大へ向かいたし。
 

■天理大学(奈良県天理市杣之内町)

天理教の総本山である奈良県天理市に位置する、教団直営の大学だ。

 



元々は海外布教師養成のため、1925年に設立された天理外国語学校がルーツ。

27年に旧制専門学校(現在の大学に相当)に昇格した。というわけで、外国語学部(現在は国際学部)が私学としては群を抜く充実ぶりだ。


英米仏独露に中国・韓国、タイにインドネシア、ブラジルポルトガルコースまである。

でまあ、キリスト教系ミッションスクールを見ればわかるとおり、シャクソン系(仏教系)もそうだが、宗教系の大学は校舎に力が入っている。

ここもそうだ。具体的に言うと、内田祥三(東大・関東閥のドン)と武田五一(京大・関西閥の父)という東西両巨頭がかかわっている。

キャンパスは南北に分かれている。

北側がここまでの写真。教庁と一体化した巨大和風?建築。

という過去のデザインが天理教の基本デザインだそうで、街なかいたるところで目にすることができる。

デザイン原案は超大物。東大総長で、東大本郷キャンパスを大体ひとりで設計した内田祥三。

教団の二代目と親しかった縁で、旧制天理中学の校舎を設計。その後も教団の建築設計部門の顧問として教団施設の基本コンセプトを固めた。

そのデザインを一言で言えば、破風がハフハフ、って感じだ。

そのインパクトは、村野藤吾の大阪新歌舞伎座にだって負けるものではない。むしろ圧勝。規模感の勝利。

でもってキャンパス南側は京大建築を立ち上げた武田五一が線を引いた。

 



1号館は典型的な校舎建築。1928年。スパニッシュ風味という解説もあるが、スパニッシュというほどスパニッシュではない。

 



設計は武田五一と、その傘下で実務面の大部を担った岩﨑平太郎。

 



図書館は1930年。「ロマネスクを基調に、フランク・ロイド・ライトのデザインを取り入れた」と解説されていたが、まあ、ふんわりロイドが入ったと言えばそうかもしれないかなあ、という程度。

 



基本設計は京都帝大助教授の坂静雄、実施設計が島田良馨。坂は構造設計の専門家なので、デザイン原案は坂のボスである武田五一説があるが、島田説もある。

 

 



あと他に、天理大学創設者記念館(若江の家)というのもある。

 



教団の2代目が大阪で住んでいた洋館を移築した。この建物、1924年築なのはともかく、なんと「あめりか屋」だ。

 



日本初?の住宅販売会社で、米国から資材を直輸入した建売住宅を施工・販売した。

 



そばにある天理市役所もなかなかユニークだし、天理は行く価値、大いにあり、だ。

 



 

★交通メモ★


天理大学


住所: 奈良県天理市杣之内町


JR天理駅から徒歩20分で市役所、さらに10分で天理大。だまされたと思って天理へGO。行く価値あり。


 

■流通科学大学(兵庫県神戸市西区学園西町)

 

神戸、とはいってもみんなが考えているのとは違う、山の中にある。山の中、とはいっても、みんなが思うような山の中ではなく、かつてはジェームス山と呼ばれた高級住宅街に近いと言えば近いし、今は立派なニュータウンだ。

 

 

創立者はダイエー創業者の中内功(本当は工に刀)だ。

 

 

流通小売業を科学するために作られた。

 

 

ご存じかどうか知らないが、ダイエーは神戸の家族商店「サカエ薬局」に生まれた功氏が創業した会社。

 

 

創業後も長らく神戸の三宮店が旗艦店として位置づけられていた。

 

というわけでここに大学を作ったわけだ。

 

 

ちなみに、千葉~茨城にかけて展開する流通経済大学は、日本通運が物流経済を科学しようと作った。まったく別の大学だ。

 

 

さて、こちらの大学は1988年開学。南海ホークスがダイエーホークスに衣替えした年でもある。

 

 

ダイエーが日本最大の小売業グループとしてブイブイ言わせていた時代で、当時はダイエー>7&i>>>イオンという格付けがあった。

 

盛者必衰の理あり、である。

 

 

キャンパスの設計は日本設計。打ち放しコンクリで幾何学的モチーフが満ち満ちた、絵にかいたようなポストモダンだ。

 

出来はなかなか悪くない。

 

 

キャンパス奥の方には2006年に増設した国際交流棟があるがこれも日本設計(たしか)。

 

キャンパス内には中内功記念館とダイエー資料館がある。見学は事前予約が必要。

 

 

なお、主なOBには長島☆自演乙☆雄一郎がいる。

 

 

★交通メモ★

 

流通科学大学

 

住所: 兵庫県神戸市西区学園西町

 

神戸の中枢、三宮駅から地下鉄・西神山手線に乗って25分、学園都市域で下車。そこから徒歩10分。近くには、駅をぐるりと取り巻く形で、神戸市看護大、兵庫県立大、神戸市外大、神戸芸術工科大がある。どれもなかなかの出来栄え。見に行く価値あり。