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しんしんと
冬枯れの
イボタの垣根に 雪の降る
明滅の
赤信号に 雪の降る
配達の
幌の上に 雪の降る
天をさす
あの子の指に 雪の降る
仰ぎ見る
この子の髪に 雪の降る
街路樹の
凍(こご)える雀に 雪の降る
止まらぬ
川の流れに 雪の降る
涙目の
貴方の肩に 雪の降る
降り頻る
雪の上にも 雪の降る
行き暮れて
行き先が判らないのではない
方向を失ったのでもない
道に行き暮れたのだ
あの時 あれ程 懸命に机に向かったのも
あれ程 無邪気に製作したのも
あれ程 真剣に言葉を集めたのも
「あなた」がいたからだ。
ある日の「あなた」は毎朝バス停で見かける
名も知らぬ 白いリボンの似合う少女だった
ある日の「あなた」は爽やかな
グレーの瞳の涼しい 異国の女性だった
ある日の「あなた」は寂しさをどこか誤魔化す
敬愛する優しい初老の恩師だった
今 何に向かって
誰に向かって
筆を持てばいいのだろう
笛を作ればいいのだろう
言葉を集めればいいのだろう
寝ているわけではない
目覚めているのだ
やらねばならない事も沢山あるのだ
予定より20分先に
ハッキリ目覚めてしまった布団の中のように
起きるには億劫で
寝直すには中途半端で
ただ悪戯に 天井を眺めている
敬母
思考も感覚も無い闇の中から生を受け
本能のままに貴方の乳房をただ求め
貴方の身体の養分を徹底的に吸い尽くし
それでもまだ足りないと
ムヅがっては泣き叫び 足で蹴り
歯を弱らせ 骨を細らせ
寝不足に堪え 乳首を噛まれ
それでもなお 貴方は僕らを
育てたのだ
ズルイ僕らは
無邪気とは言え
ホンのつかの間の微笑で
貴方に全てを許させた
幾年経っても変わらない
煙たい時には 冷たくあしらい
口煩いと 罵倒して
困った時だけ優しく甘えた
いい歳をした今でさえ
僕らはちっとも変わらない
ちっちゃな恨みは駄々事で
老い行く貴方を軽く見て
それでも貴方は まだ僕らに
小遣いをくれようとするんだ
僕らを救おうとするんだ
僕らを慰めようとするんだ
あぁ
ありがとう おかあさん
小紀行
ゴロリと横になり
内側に付いたコーヒー渋を眺めては
肘枕で
乳白色のカップの淵を一回り
時間をかけて二回り
仰向けになって
天井の模様を目で追いながら
まだ行ったこともない
遠い街を散歩してみる
僕はクルーハットで
大きなカバン
あちらを覗き こちらを覗き
猫がゆっくり通りを渡り
道脇のお店は甘味やで
向かいのお店は瀬戸物屋
割烹着のおばさんが
優しくハタキを掛けている
隣りの果物屋でよもや話
愛想で貰った柿をかじって
花屋の娘さんには
帽子を取って会釈をし
懐かしい古本屋に入って
カウンターを見たら
君が僕を見て 笑ってた
落葉のうた
Ⅰ
あぁ なんと言う 風情
なんと言う 情景
私の前の 山道を
尽きるともなく 次々と
降って来る 降って来る
カサコソと カサコソと
さようなら さようなら
ごきげんよう ごきげんよう
あぁ なんと言う 優しさ
なんと言う 儚さ
悲しい舞台の カーテンが
後を引きつつ 終わるよに
降って来る 降って来る
ハラハラと ハラハラと
またこんど またこんど
おたっしゃで おたっしゃで
私の前にも 後ろにも
私の右にも 左にも
赤いカエデや山モミジ
黄色のイチョウやダテカンバ
終わることなく アルペジオ
Ⅱ
午後の遅い西日を受けて
無造作に 明るく鮮やかに
絞り出された 色絵の具
クッキリと
パレットに落ちる シルエット
長く伸びた 画家の影は
逆光が作った 白樺林
枯れ立ちの 芒(すすき)が
凛と真面目に立ち並び
強い蒼さを失った
淡く晴れた秋空に
白パステルの絹の雲
ケケケと鳴き行く山鳥に
一人の秋の美しさ
冷え行く季節(とき)に
陽の翳り始めた庭傍(にわはた)の
水鉢にある睡蓮は
身をおく水の温もりが冷えて行くのを
感じてる
歓喜に満ちた夏の陽を
水面(みなも)満たす
喜びと
祝福する蜻蛉(せいれい)に
花弁で応えた日々は過ぎ
触れれぬ程に熱かった
鉢もすっかり冷え切って
今では自分の熱さえも
失せてゆくのが悲しくて
暮れぬ日差しが無い事も
季節が変わり行く事も
その日がいつか来ることも
分かっていたとは言いながら
今、この時に身をおいて
誰をうらやむ事もなく
暮れ行く季節に 溜息と
摂理の適った儚さに
褪せゆく空の蒼ささえ
いじましくも 悔しくも
思いを込めるべきもの
捨てなくちゃならないものが 山ほどある
捨てられないものが幾つかある
忘れたい事が 五万とある
どうしても忘れられない事が少しある
やりたくない事が 目白押しで
本当にやりたい事は そう多くは無い
後ろめたい気持ちで会う人が 星の数ほどいる
何があっても離したくない人が 一人いる
見たくもない光景が そこここで展開する
見つめなきゃならない事は 目の前の一点なのに
行くべきじゃない所が 点在している
留まる所は ここだけなのに
余力も スペースも 時間も無いのに
何故大切なものだけを守ろうとしないのか
小さな好日
少し黄ばみかけたレースのカーテンから入ってくる
柔らかな午後の陽射し
煙草の煙のように流れている たおやかなピアノ
ベランダの枯れかけたペチュニア
通りを渡る日曜の市営バス
洗い上がりの洗濯物を掛ける時
ランドレットに広がる洗剤の花園
シンクには昨夜の足跡
お米がコビリ付いたしゃもじ
まだ 行儀良くソーサーにのったままのティーカップ
画架で微笑む描きかけの女性には まだ瞳が入っていない
傍らのノートには 散らかした言葉と
こちらを向いているHB
僕の毎日が 一休みしている
憎むだろう
嘆くだろう
微笑むだろう
何が起ころうと 静かに訪れる今日のような日々
あと数百回の日曜日に
こうした僕に会おう
今こそが果て
頑(かたく)なに 前かがみになって
被ったフードの隙間から
前方の一点だけを見据えて 歩き続ける旅人は
風雨の中が好きなのか
周りを取り囲む 木々の普遍さ
空の高さ
小川の清(すが)しさを 気づかぬままに
向こうの山並みから聞こえてくる
季節の羽音も耳に届かず
今しがた 脇を過ぎた
木洩れ日の優しさに 心安めず
目的の地に着いたとて
疲労の果ての表情に
旅の意味を見出せるのか
顔を上げて、フードを掃い
大きく胸いっぱいに 大気を吸えば
歩き続けた泥濘の向こうに
広がる草原が見えるはず
暖かい雨に感謝を覚える
背を押す風に 明日を誓える
朝日が 夕陽が 雲並みが
夜ともなれば 月星が
鳥が 花が 虫たちが
旅の道行き そのものなのだと
気付いて進める 歩調の度に
全ての一歩が 目的地だと
穏やかな歓喜が教えてくれる