これから紹介する文言は、虚業をしていた僕が独断と偏見で刺激を受けた言葉たちの羅列だ。(もちろん、本来の意味とは大きく相違しているのはよく理解している)

 

・危険と喜びは同じ枝に実る。(スコットランドの諺)

⇒「同じ枝に実るか」確かにそうかもしれない。僕の場合は同じ場所で二つの実が実っていた。虚業をすることが下地となって、虚業をやり易くするために、あれやこれやと画策していたのだが、そんな事実は露にも知らず店長は僕の働きぶり(一生懸命さ)を過大評価してくれた。結果、店長代理というお題目がついてきた。正直当初は有難迷惑だったが、その立場?を利用して、さらに巧妙に虚業を実行するようになった。日々虚業を実行して、バレればそれが身の破滅になることは理解していた。だが、密かに実行して、店長の目の前で嘲笑い欺き続ける快感は言いも知れぬ恍惚感があった。虚業を続けていくなかで、自分の判断力も養われていたのだと思う。「今、動くは簡単だが、不自然な動きをして不審がられないだろうか」とか「今のはちょっと危なかったな、次は〇〇を意識してやってみよう」とか考えたものだ。常に「危険」と「喜び」の感情を行ったり来たりしていた。

 

・何かをしない能力には、何かをする能力に等しいだけのものが含まれている。(アリストテレス)

⇒今更きれいごとを言うつもりはないが、虚業を実行しないことも選択肢としては存在していた。虚業を実行するかしないかの二律背反の可能性があった。だが、後悔はしたくないし、たとえ一時の激情だとしても、そのとき身体の中から沸き上がった感情をそのときの僕は無視できなかった。虚業の方法論は明確には思いついてはいなかったが、だがこの内から打ち寄せる今までにない感情にも戸惑ってもいた。この激情を鎮める方法は皆目見当もつかず、感情の赴くままに虚業を実行するに至った。あの時、自分の感情を内側に封殺しそのままモヤモヤとした感情を抱いたまま、店で働いていたら、たぶん早期に店を辞めて別の道を歩んでいたことだろう。そして虚業で得られたはずの成功体験や人を欺く快感、自分の感情に素直になることの実勢を得る機会を失うところだった。選択しなかったほうを選んだほうが少しは真っ当な道を歩けていたのかもしれない。店を辞める選択肢と同様に辞めない選択肢もあって、人はつねに選択肢に翻弄されているのかもしれない。

 

・偽善こそ徳に対する最大の賛辞であると言われるように、嘘をつく行為こそ、真理の持つ力を最も尊重しているのである。(ウィリアム・ハズリット)

⇒逆説的なことを言うようだが、「世の中には知らなくてもいい真実も存在する」虚業を行っていくら着服したのかを当事者(店長)は知る必要はない。正確な額を知ったところで、決して良いことはない。巻き上げられた金額を着服するだけの時間とスキが存在したことをまざまざと知らしめられるだけだ。それに秘密裏に虚業をしているからこそ、それが露呈しないように一生懸命正業に精を出していたところもある。それが果たして「徳」なのかといわれるとそれはまた別の話だ。店長の目からは何の打算もなく、一生懸命に働く優等生に見えていたことだろう。勤怠もしっかりしていて早朝に出勤し、閉店の片づけも手伝いそれなりにちゃんと仕事もし、どうすれば売り上げが伸びるのかも提案する。それらはすべて虚業を覆い隠すためのかりそめの姿でしかないのだが、店長にはその姿は勇ましくも危なげにも見えていたことだろう。その姿の裏に潜む野心?など察知することもできなかったに違いない。

 

・ある理念によって拡張された人間の精神は、決して元の次元に戻ることはできない。(オリバー・ウェンデル・ホームズ・ジュニア)

⇒その通りだと思う。ある瞬間に必要以上に嘲け笑われて、深く傷ついた場所に留まることなど普通はしない。だが、この同じ屈辱を店長に味わわせるという大義名分が心の中に瞬間的に芽生えたので、その思いを一心に抱いて仕事を続けていた。言葉は適切ではないかもしれないが、恨みを持つ以前の精神状態ではなかった。あの出来事の前、後では精神的支柱は大きく違って、全くの別物になってしまった。それに先に目標みたいなものが頭の中に浮かんでいたので、その道程をどう構築させていくのかということに意識が移っていた。そこで虚業をするという手段を思いついて、日々それを実行して、それが露呈する時がこの虚業の最高潮を迎える。露呈されあの出来事のように今度はこちら側が店長をあざ笑い同じ思いを味わわせる。冷静に考えれば虚業が露呈すれば、いずれにしても店にはいられないが、僕が受けたように店長に大きな精神的な傷を負わせることができる。そのことを目標に日々虚業に勤しんでいた。虚業を完了したら、燃え尽き症候群になっていた可能性も否定できないが、少なくとも虚業を始めるまえの自分には戻れないだろう。それが良くも悪くも「決して元の次元に戻ることはできない」ということなのだろう。

・些細なことが完璧をもたらす。完璧は些細なことではない。(ミケランジェロ)

 

⇒頭の中で構築された虚業は所詮砂上の楼閣だ。それは重々理解している。何から何まで計画通りにすんなり行えてしまうと却ってこちらが不安になってしまう。もしかして店長の掌のうえで踊らされているだけなのではないかと疑心暗鬼に陥ってしまう。自分の判断が絶対だとは思っていないし、行動に移さず静観して難を逃れたという場面も多くあるし、行動を起こさなかったからこそ、次に虚業をする絶好のチャンスに巡り合えたこともある。自分ではそんな気はさらさらなく何気なくしていた行動が、後々虚業を実行する際のカモフラージュになっていて伏線回収につながったこともある。ほんの些細な行動や慣習が、思いもよらない結果を招く。それは虚業をしていて気づいたことだ。率先して行動することも大事なのだろうが、外部からの不確定要素?も度々入り込む。そこまで計算して行動するのは至難の業だろう。ある種の「アソビ」も計画には盛り込んでおく必要もある。アソビとまではいかなくても選択肢?も用意しておく「この矢がダメなら、二の矢三の矢を放つ」心持ちが必要だ。