急ですが、きのうお詣りして来ました。
遍路道から見た様子。
松並木の参道を抜けると
左手奥に閻魔堂があり、その手前に弁財天像があります。
(右の大きな松の根元です)
去年9月に来た時にも目がとても鋭かったのですが、やはり射るような目をしていらっしゃいました。
銅鐘の向こうに見えている建物が旧大師堂です。
係争中の空海様の再現大日如来像は、昨年11月29日に(とりあえず)このお寺へ引き渡されていると最近知ったことと、嵐雪さんに泰範(たいはん)ー実恵(じちえ、じつえ)のわだかまりのことを教えていただいたこともあり、二度目の参詣にまいりました。
旧大師堂前の看板には↑
『旧大師堂の保存・改修工事のお知らせ
このお堂は安永七(1778)年に、大師堂として建てられたものです。
発願した住職は完成前に亡くなり、次の住職が引き継ぎ完成させました。
世界遺産登録を目指す上で、四国遍路の歴史を物語る貴重な文化財として、
建築的価値を守りながら保存のための改修工事をしています。
改修後は史上初の再現となる「弘法大師が思い描いた大日如来像」をお祀り致します。
四国遍路文化遺産の未来への継承に、ご協力を宜しくお願い致します。』
お堂の中に御鎮座された、再現大日如来像の写真もありました。
(上の看板の写真を大きくしました)
合成写真なのでしょうか、でもとてもしっくり馴染んでいます。
内部は光沢のある黒漆のようで、像の神々しさ素晴らしさがとても引き立っています。
お堂の両側の戸は開け放たれて風も通り抜け、仏様もとても気持ちよさそうです。
このように据えられるのでしたら、一日も早くお目にかかりたいと思ってしまいました。
(*´ω`*)
漆黒の宇宙空間に浮かんでいらっしゃるかのようです。
それから本堂へお参りしました。
お賽銭を入れて自己紹介と御挨拶を申し上げ、
千手観音様の御真言、
「エイム バザラタラマ キリク ソワカ」を何度も唱えました。
「新しい大日如来像が一日も早くお披露目されることができますように」
<(_ _)>
失礼いたします、お写真を撮らせて下さい。
中央は、御本尊の千手観音像の御前立です。
実際は丈六の像とのことで、
御開帳は60年に一度で、次は2040年だそうです。
弁財天、七福神も祀られていました。
寺務所へも行ってみましたが、昨日は住職さんのお姿は見かけませんでした。
前回は寺務所の障子が開けてあり(残暑がとても厳しかったので)、奥で何か書き物をされている様子が拝見できました。
もう一度、
大日如来像が祀られる大師堂の前に立ち、心を込めて
祓詞、清祓、前言を唱え、神言を何度も唱えました。
気持ちの良い風が吹きつけて来ました。
寺域にたくさん残されている礎石の方から、大師堂を写しました。
おじゃまいたしました。
失礼いたします。
<(_ _)>
帰り道、前回見かけて違和感のすごくあったこの大きな看板がなかったのでは?と思いました。
(前に撮ったものです)
お寺の新着情報のいちばん新しいものが、この看板のことでした。
現在のご住職がとても大事にしていらっしゃる思いを表した言葉で、ご自分が住職をしている間はずっと掲げ続けること、丈夫な素材で作っていることなどが書かれているのを見たばかりです。
撤去されるはずはないし、あんなに大きな看板が目に入らなかったのも不思議だし、、
大師堂のことばかりに気を取られていたせいかしら、とは思いますが。
いずれ大日如来像がお披露目される時が来たら、また出かけて行って、確認ができたらと思います。
(^O^)
ありがとうございました。
<(_ _)>
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追加しました。
〈京都東寺講堂の立体曼荼羅諸尊配置図〉
〈讃岐国分寺境内MAP〉
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〈北斗七星〉
七つが並んで斗(ひしゃく)状をなすのでいう。
斗柄(とへい)にあたる第7星を揺光(ようこう)といい、
一昼夜に12方を指すため、古来これによって時を測った。
こぐま座のこびしゃく(*´ω`)かわいい💕
(天城東急リゾートのスタッフさんのブログよりお借りしました)
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河内長野市の観心寺のリーフレットを保存していたので再度掲載します。
(令和2年だったのですね)
日本唯一の星塚霊場・〈星塚めぐり〉をアップにしました。
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おまけです。
ご参考までに(*´ω`)