くせ毛の男は受け取った。
広げて見ると、一枚の便箋だった。震えるような筆跡のキリル文字が空白の多い紙面の数行を埋めていた。この国の言語に通じない(正確に云えば、地球上に数千存在すると云われる言語の中で英語の他に一切通じない)男にとって何の意味も成さなかった。
「これは?」
「それは昨夜、例のアパートの部屋に行ったときに、リビングのテーブルの上にあったものだ。ざっと読んで取りあえず回収してきた」
赤毛の男は答えると再びゆっくり歩き出した。
くせ毛の男も歩調を合わせた。
「部屋に入ったのか」
「誰もいない上に、全部鍵が開きっぱなしだったからな。きょう支社の者が『掃除』に行って、リョーカがアパートにいた痕跡などは全て回収してきたから、私が取ってこなければ恐らく彼らが取ってきただろうが」
「あの死んだ女が書いたものかね」
「リョーカの筆跡ではない」
「奥歯に物が挟まったみたいだな」
「どういう意味なのかと思ってね・・・」
「それを俺に訊くのか?」
くせ毛の男は赤毛の男に向かって文字の書いてある面を示しながら便箋をヒラヒラと振って見せた。
それで赤毛の男は、すっかり失念していたその辺の瑣末な事情を思い出した。便箋を受け取るために片手を差し出し、「役に立たないな」と毒づいた。
くせ毛の男は便箋を返した。
「面目ないとは思うが、その件についてはさっき話がついた。訳して聞かせてくれ」
「おい、帰って支社の他の連中に見せる気もないんだろう?昨夜の件なら、俺が一番詳しい。聞かせてくれたら感想くらい云うよ」
赤毛の男はつかの間考えて、しまいかけていた便箋をもう一度広げた。
その便箋の上に乾いた雪が舞い、幾つかの雪の粒が文字の上に留まってじわりと滲ませた。赤毛の男はくせ毛の男に分かるように声に出して読んだ。
――(便箋の内容)
『あなたのためにできることは何もなかった。
あなたの眼。
私と同じ。
どこから間違ったのでしょう。
初めから間違いだったのでしょうか。
あの幸せな時間も。
私があなたに出会う前。
私の中で眠っていたころ。
あなたはどんな夢を見ましたか。それは幸せな夢でしたか。
形など。証明など。
もう戻れないのでしょうか。
あの時間をもう一度戻して。
やり直して。
神よ、どうか彼に祝福を。
どうか。』