白 1 | Glaciation Limit

Glaciation Limit

-When a blaze occurs in the driftless area-

 栗毛の少年は、広場の向こうの大通りから一本入った並木の緑が茂る坂道で首尾よくタクシーを捕まえた。後ろを振り返ると、くせ毛の男はついてきていなかった。

 急いで走ってきてしまったし、向こうは人間一人運んでいるので少し遅れたのだろうと考えた。乗るのか乗らないのかと迷惑顔のタクシーの運転手に待つように云って、来た道を戻ってみた。くせ毛の男は少し遅れたどころか金髪の同僚もろとも消え失せていた。

 栗毛の少年は青くなった。広場の真ん中まで走って引き返し、辺りをぐるりと見回した。広場の周りの樹木は葉を落として裸木同然であり、見通しはよかったが、探す相手はどこにも見えなかった。落ち葉を熱心に掃く何人かの姿があった。凍っていた滝は大分融けて、少ない水量ながら流れ落ちるようになっており、見物人の数は減ってきた――だが、そんなことはどうでもいい。

 先ほどのカフェで、長い黒いエプロンを着けた店員の一人が、先ほどの電話で呼ばれてすぐそばの交番から駆けつけたらしい二人の制服姿の警察官と会話していた。今となってはそれもどうでもよかったが、向こうは少年に用事があった。

「すみません」

 あてもなく再び走り去ろうとした栗毛の少年に、二人の警察官のうちの一人が声を掛けた。話していたカフェの店員と一緒にこちらへ近づいてきた。

 栗毛の少年は聞こえないフリをしたものか一瞬迷ったが、足を止めた。

「はい」

「先程ここで何かがあったらしいんですが、ご存知ですか?」

 二人のうちの若い警察官が云った。

 栗毛の少年はこなれた営業用の微笑を浮かべた。

「何かがあったかどうかと訊かれても困りますね」

「あなた方は先程ここで食事をしたそうですね。グラスや瓶をいくつか割りましたか?つまり、わざと」

 若い警察官は質問を変えた。

 栗毛の少年が答える前に、カフェの店員が、「そうじゃなくて」と口を挟んだ。

「云ったでしょう。木の葉っぱが全部散って、滝が凍って、グラスや瓶が割れたんですよ。このお客さんの連れの方が席を立った直後でした。目立つ方たちだったので、何となく見てたんです。若い方の方が、具合が悪くなったようでした――お酒を飲まれてたせいですかね。そしたら――つまり、タイミング的に――急にものすごく寒くなって、信じられないことがいっぺんに起こったんです。寒いやら痛いやらで気が遠くなりかけました。死ぬんじゃないかと」

「暑くて死にそうだったというなら分かりますよ。どの道、何もなかったわけでしょう。店としては、グラスと何本か未開封の酒が割られた、というだけで」

 もう一人の年配の警察官が汗を拭きながら云った。

「冗談じゃない。店を見てくださいよ。窓があちこちヒビがいってるし、しばらく営業できませんよ」

「ああ、まあ、そのようですね。でも、この人(と栗毛の少年を指差して)がやったわけじゃないんでしょう?誰がやったんですか?」

「誰が・・・というか、勝手に割れたんです」

「それはおかしいですね。割られた、と電話してきたじゃないですか?」

「僕は少し急ぐんですが・・・」

 栗毛の少年が控えめに云った。

 二人の警察官は、カフェの店員から栗毛の少年に視線を戻した。

「昼間からお酒ですか」

「ええ、まあ・・・連れの希望で・・・」

「若い方の具合が悪くなった方は未成年?」

「いいえ」

 栗毛の少年は当然ながら嘘の返事をした。二人の警察官は「ふーん」という顔で、こだわらない様子だった。ついでのように、「連れの方はどちらに?」と尋ねた。

 栗毛の少年は頭痛を覚えた。だからそれを探しているところだ、邪魔しないでくれと叫び出しそうになるのをどうにかこらえた。

「さあ、どうでしょう。僕らは一緒に食事をしただけで、彼らの予定は知りません。僕はちょっと忘れ物をして戻っただけです」と我ながら月並みだと思う出まかせを云った。

 ああ、とカフェの店員が思い出した。

「連れの方から預かりましたよ」と黒いエプロンのポケットから携帯端末を取り出した。

 たちまち栗毛の少年は理解した――自分がまんまと追っ払われたことを。

 くせ毛の男は端から自分を邪魔にしていた。今頃さぞかし満足だろう。

 それにしてもいつの間に携帯端末をとられたのだろうか。椅子に引っ掛けた上着のポケットからか。考え事や気になることが多かったとはいえ、注意が足らなかった。そこをあのくせ毛の男に見透かされていたのだ。

 男の目的はその友人を誘拐することであったのだろうか。いやまさか、そんなことではないだろう。

 では今のこの事態はどうしたことなのか、わけが分からなかった。