くせ毛の男と栗毛の少年は、8階のエレベータホールからエレベータに乗った。一階へ降りる短い時間、お互い何も云わなかった。
一階に着いてエレベータのドアが開くと、こぢんまりとした喫茶スペースの向こうに正面玄関が見えた。誰もいないように見えたが、喫茶スペースに置かれたソファのひとつに、観葉植物に隠れるようにして金髪の同僚が、だらけた姿勢で座っていた。
彼は、緑の葉っぱ越しにエレベータから降りた二人の人間を確認し、興味がなかったのか、向こうを向いた。飲み物のカップを口に運んだ。
「氷河。きみに客だ」栗毛の少年が声を張った。
呼ばれてようやくカップをテーブルに置き、金髪の彼はソファから立ち上がった。栗毛の少年とその横に立つくせ毛の男の前に歩いてきた。黙って二人を交互に眺めた。
「今からこの人に話を聞くんだ。きみ、知っている人なんだろう」栗毛の少年が云った。
「話を聞く?」金髪の彼は怪訝そうな声を出した。くせ毛の男に向かって、「何をしにきた?」と訊いた。
くせ毛の男は大げさにため息をついた。
「久しぶりに会った友だちに対する態度か、それが?」
長身を屈めたと思うと、比較して小柄な金髪の彼の上半身を抱きすくめた。
「捕まえたぞ。生きてたな」と破顔した。
栗毛の少年は見慣れない眺めに面食らった。
くせ毛の男は、たっぷり十秒ほど濃厚なスキンシップを展開した後、ようやく相手を解放した。
解放された金髪の彼は、心持ち眉間にしわを寄せていた。
「きみ、ずっとここでコーヒーを飲んでいたのかい?上の騒ぎに気が付かなかった?」
栗毛の少年がつっけんどんに云った。
金髪の彼は首を傾げた。
「少しバタバタしてたな」
「『少しバタバタ』ね。気が付いたんならどうして様子を見に来ないんだい?他の階にいた連中は、皆来たよ」
「行かなきゃいけなかったか?」
「上では紫龍が怪我したり、レムナントがミンチになったりしたんだ」
「紫龍がミンチになったんじゃなくて良かったな・・・」
果たして心配しているのか、分かりにくい口調だった。
栗毛の少年は深呼吸した。理性を総動員して笑みを作った。
「勿論、きみが来る必要はなかった。持ち場を動かないのは、当然だよね」
「・・・」
「怒ってるんじゃないよ。気に入らないけど」
栗毛の少年は正直に云った。
金髪の彼は、何が、という顔をしたが、少年は答えなかった。傍らの『アンバー』を見た。気に入らないどころか、凄く気に入らない。
先刻は凄惨とも云える現場に居て、「見慣れている」と云い放った凶悪な人物である。それが、金髪の彼には手のひらを返したような態度でもって、過度に――欧米式としても――親しげな挨拶をしてみせた。
金髪の彼にしても、その人物のことを「タチが悪い」とか「変だ」と評して、善人ないし常識人とは程遠い人となりをとっくに了解しているようだ。にも関わらず、当り前のようになれなれしい態度を許している。
この二人に、どんな過去があるのか知らない。知らないこと、理解できないこと――つまり、それが全部気に入らないのだが、そう云ってしまうと子供っぽい気がして、云えなかった。
くせ毛の男が「問題でも?」と栗毛の少年に訊いた。眼の前の二人のやり取りが日本語だったので、内容がさっぱり分からなかったのである。
栗毛の少年は、「いいえ」と返した。