永遠に今が続けと願いながら
まだ見ぬ体験に期待する
それは矛盾している
だから頭の中はますますこんがらがる
でも、多くの場合
それすら気がついていない。
そう、"気が付かない"というとが
やばいんだ。
まず、
永遠に今が続け
という願いを持っていることすら
あなたは気がついていない。
それでいながら
頭では将来ああなりたい、こうなりたいと
思考をめぐらしている。
その前に、心がなんと言っているのか
あなたの心に聞くことをしていない。
こころの声が届かないんだ。
思考が忙しすぎて、
正解を探して、
誰かに認めてもらうための(安全)セーフティゾーンを作り上げるから。
こころの声が届く前に打ち消しているんだ。
だから、
矛盾が葛藤となり
頭とこころのバランスが崩れている。
そのことに
こころが苦しんでもがいていることに
気を止めることができるだろうか?
あなたは
暖をとりながら燃える薪を何時間も見続けることができるか?
そんなことして何になる?
時間の無駄。
そんな暇はない…
そう、それだ。
その考えが
あなたがこころの声を聞けなくしている。
ただ、みる。
これができない人がいかに多いことか。
なるほど火の前にいることはできるかも知れない。ところが、頭の中は大忙し。
目に映っている目の前のことを見ず
つまり、心ここに在らずをつくっている。
ただみる。
ができない。
火の熱がじんわり伝わり
体をいかに温めてくれるか
薪がどのように燃え
色の移り変わり
熱の変化
その力強さや優しさのエネルギーを
見たり感じたりしているうちに
生かされてることをみる
これは頭で思考で理解することではない。
体験でしか知り得ない次元がある。
全くの別物だ。
だから、
頭で知ろうとしたりわかったつもりでいると
頭と心の隔たりは大きくなる。
