7/1の通院時のことです。
別の記事にしようとあえて書いていませんでした。

大学病院では、「入院時の大部屋でお世話になった方々に会えないかな」と、周りの人を観察している時があります凝視
最初はそれで、よく会えていたので。

今はもう2年近く会えていません。
連絡もとっていません。

また縁があれば会えるだろう、とその日も思っていたら…

ストレッチャーに乗ったお孫さんのDちゃんと、付き添うBさん(私はばあばと呼んでます)が小児科外来前に現れましたポーン

もう何も考えず、条件反射で
「ばあば!!!!!!!!!〇〇(私の名前)です!!!」
と声をかけました。

Bさんはびっくりされていましたが、ちゃんと私のことを覚えてくれていました。

「今日はDちゃんの調子が悪くて外来に来たの。たぶん、これから入院。今から診察で、ゆっくり話せなくてごめんね悲しい」と。

「Dちゃんは絶対大丈夫!パワーを送ります!!」とばあばの腕をギュッとして、その場を去りましたが、

娘の診察が終わった後、たまたまDちゃんの診察が終わって入院手続きをしているばあばに会えて、ゆっくりお話しすることができました。

「Dちゃんは、退院してから支援学校にも通っていたんだけど、急に昨日から体調が悪くなってね。いつもなら外来は金曜日選んでくるんだけど、急だったから水曜に来たの。だから会えたのは奇跡ニコニコ」と。

私は退院後も、大部屋の仲間たちのことを毎日のように考えていました。
だから、今調子が悪いとはいえ、退院後、Dちゃんが支援学校に通えていたことが、すごく嬉しかった悲しい

1人で良い方にも悪い方にも想像するしかなかった空白の世界に、ちゃんとピースがはまったように思えて、希望に感じました。

入院中って、本当に状態が悪い時。
そんな時に出会った仲間だから、普通の生活を想像することは難しくもあるしぐすん

でもやっぱり、こうやって会うと人間の生命力を感じます。医療技術はもちろんです。でもそれよりも、人が生きていく力の方を強く感じる。付き添うばあばを見ていても思います。

実は、ばあばに会って伝えたいことがありました。

詳しくは伏せますが、難病児と母親にとってとても大切な施設が、住んでいる市の意向でなくなるかもしれない事態にあります。
私は今年の春から、それを撤回するための活動に参加していました。

つい先日、その件で取材を受け、報道もされました。

毎日お腹下していたのはそういうこともあって。
いろんな視点がある中で、私は難病児の母親の視点で主張ができるから、
やり方がこれであっているのかもわかりませんが、役に立ちたいという思いでやってきました。

病気の子供を持つことは、誰の身にも降りかかることじゃない。
でもマイノリティな子供を抱えるお母さんは、今後も絶対にいるわけで…。
声を上げないと、施設も消されてしまう。
マイノリティの気持ちを汲みたい。
私は1人では生きていけなかったから不満

一生懸命な気持ちになれていたのも、ばあばが「私はね、こういう状況にあるのは、きっと意味があると思うの」と、以前話してくれたことがあると思っています。


私の経験にもきっと意味がある。
この経験を別のお母さんたちがひとりぼっちにならないために役立てたい。

そう思ってやっているんだ、とばあばに伝えました。

「そんな話したね。覚えてるよ。そうやって言ってくれて、今日からの入院の励みになるよ」と優しく言ってくれました。
私の自宅保育期の辛さも、「そうだよね」と理解してくれて…。

大きくなった娘の成長に驚き、喜んでくれたばあば。難病児を抱えて、それが当たり前の反応じゃないこともわかってる。
本当にありがとうぐすん

ばあばは、またあの辛い付き添い入院の生活が始まるのです。前回は半年だったから、すぐに出れるかわからない。
入院って、子供はもちろん、付き添いも本当にしんどい無気力
その気持ちを考えると、胸が張り裂けそうです。
ばあばに会えてよかっただなんて、簡単には言えないのだけれど…悲しい

神様、ばあばとDちゃんが、どうかはやく退院できて、いつもの生活に戻れますように。